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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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ジェットコースター

 魔導戦技・荒れ地フィールド。

 乾いた岩と地面、背の低い樹木が生える、高低差一〇〇メートルの大地だ。

 砂漠ほどではないが砂が目に入るのと、遮蔽物が少なく隠れにくいのが難点。相対的に遠距離持ち有利とされるフィールドを、悠太は一〇〇メートルの高所から見渡していた。


「まさか、ここまで見えないなんて、ちょっと困った」


 世界を俯瞰する技法、観の目。

 町中では意味がないが、人口密度が低ければどこに人がいるかを探すことができる。一〇〇人しかいない空間であれば、個々人を判別することさえ可能。

 だが、結界世界の中では上手く機能してないのだった。


「参加者のほとんどが隠れんぼが得意、な、わけないか……なら、問題は俺か」


 柄を右手で握ったまま、切っ先を左手で包み込んだ。


「頭痛くなるから、使いたくないけど……やるか」


 ふっ、と全身から力が抜ける。

 瞳孔が広がり、開いた口からは唾液が垂れ、視界が切り替わる。

 視野を広げたまま世界をより深く視る、悠太のたどり着いた境地、空の目である。


「………………行こう」


 身体がぐらり、と傾き崖から落ちた。

 また、自由落下では速度が足りないのか、崖を蹴って加速していく。

 加速をし続け、挽肉にどころか潰れたトマトになる速度で地面に接触し、消失した。


「なあ、何か聞こえ」


 参加者の首が飛んだ。


「――え、いま」


 参加者の顔が半分になった。

 参加者の身体が縦に裂けた。

 参加者の――……。


「……――、一〇人が限度か」


 悠太が行ったことは単純だ。

 落下で得た速度を移動速度に変換し、参加者を殺し回っただけ。

 原理としてはジェットコースターと同じなのだが、普通は身体が耐えられない。魔導を使う達人でも五体満足で着地するのが精一杯。

 不可能を可能にした妙技こそが、空の目である。


「物理法則、魔導法則の再現度は八割ってとこか? 後三回も繰り返せば適応出来るだろうけど……したら不味いよな。戻ったときの狂いが洒落にならなそうだ」


 視野を広げたまま、世界の理を知覚する荒技。

 例えるなら、魚眼レンズを覗きながら顕微鏡を見るようなもの。およそ人の所業ではなく、悠太の師である武仙でさえドン引きしたほど。空の目に至ったと知ったときには、免許皆伝と剣聖の称号を渡して悠太を放逐している。


「ま、不足はあるけど最低限の探知精度は確保できたし、落下からの移動でも練習するか。死んでも死なない世界なんて鍛錬にはもってこ――っと、狙撃か」


 切っ先に手を添えたまま、弾丸を逸らした。

 発射音は着弾から遅れて届いたことから、狙撃手は一キロオーバーの位置にいると分かる。


「腕も良いし、残した方が鍛錬になるな。――うん、見逃してあげよう」


 狙撃手がいる地点に顔を向け、手を振ってからまた落ちる。

 今回、悠太は加速しない。自由落下のまま接着し、ほとんどロスすることなく移動速度に変換した。


(三、四、五……近場は斬り尽くしたし、次はどっちにするか。狙撃手がいたのは西だから、反対の……)


 目の奥がズキリと痛んだ。

 次に、首筋がチクリと騒ぎ、背筋がヒヤリと凍る。


(……進路は西、離れて様子見だな)


 位置エネルギーへの変換を優先し、高度一〇〇メートルの地点に急ぐ。

 着地と同時に狙撃されたが、危なげなく逸らし、狙撃手に笑顔で手を振った。


「あー、なるほど。時間経過によるフィールドの縮小化か。過疎状態で一〇〇人もいるから、こうでもしないと決着がつかないんだろうな」


 観の目を使うまでもなく、世界が削れているのが見える。

 悠太は軽くストレッチをしながら、くるりと変えた。


「方針決定。適当に荒らしながら、最後は中心部で待ち。コレが一番、戦えそうだ」


 また、自由落下で加速を得る。

 地面に着く前に三度、狙撃による妨害があったが、危なげなく逸らす。


(狙撃手は一人だけど、精度が良すぎる。腕の良い観測士がいる、ってレベルじゃないな。観測や情報収集に特化した魔導師が、統率してる? ……ついでに探そうか)


 減速することなく、悠太は駆ける。

 特に思考することなく、近くにいる敵に近付き斬りかかった。隠れる気などさらさらないので、腕の立つ者は迎撃を試みる。だが誰一人、悠太にかすり傷一つ付けられない。

 悠太からの攻撃は、例外なく一合。

 一瞬の交差で大体が死ぬが、二割ほどは生き残る。重傷か軽傷か無傷かは別にするが、悠太は決して追撃をしない。結果など興味ないとばかりに、先へ先へと駆け抜けてゆく。


「見ぃ~付け、た」


 誰もいない場所で、急停止する。

 誰もいない場所に、左手を添えて寝かせた剣の切っ先を向けた。


「初めまして、あなたが観測手ですね。聞こえてるかどうか知らないので、勝手にしゃべります。答える必要はないので、聞こえてたら聞き流してください」


 剣を向けた先には、小さな結晶が浮いている。

 悠太の目はその結晶が、使い魔の一種であると見抜く。


「あなたが誘導した狙撃ですが、見事なものでした。短時間で三発も当ててきたのは驚きですが、露骨すぎます。おかげであなたの存在に気付きました」


 結晶に向けていた切っ先を、静かに下ろす。


「あなたにはきっと、他にも仲間がいるはずです。だから伝えてください。何十人集めようと構いません。俺は逃げも隠れもしないので、ぜひ徒党を組んでかかってきたくださいって。――あと、次に狙撃をしてきたら優先的に斬りに向かいますので、決戦まで温存することをオススメします」


 言いたいことを全て言ってから、加速を開始する。

 結晶から充分に距離を取ったところで、停止した。一〇〇メートルからの自由落下と等速になるには時間がかかりすぎることと、急ぐ理由が消えたことが理由だ。


(あそこまで言えば、大丈夫か?)


 自身の不利になる行動を取れたのは、悠太にとって行幸だった。


(狙撃手の仲間ってのも、他にもいるってのも、根拠のないハッタリ。でも、仲間がいるのは確実。つまみ食いするみたいに斬り捨てて見逃してってしたから、焦燥感は出たはず。呉越同舟しなきゃ俺は殺せないし、俺を殺さなきゃ生き残れない。そこにまとめ役を投入すれば)


 悠太の頬が緩む。

 緩んだのを自覚するが、緩んだままにした。


(集団戦の経験なんて滅多に積めないし、俺は基本的に一人で完結してるから苦手。でも、これからを考えるなら経験を積むことは必要。――楽しみだ。俺をどうやって殺すんだろうか)


 自分の殺し方については、常日頃から考えている。

 格上の殺し方以上に、考え続けている。

 自分の殺し方を考えるとは、自分の弱点を見つめること。

 自分の殺し方を考えるとは、自分の強みを見つめること。

 だが、一人の考えには限界がある。


(……中心部まであと少し、顔を戻すか)


 剣を地面に刺し、むにむにを顔をほぐす。

 わざと隙を作る一環でもあったのだが、襲撃はなかった。

 内心残念に思いながら、表情を引き締めた。


「意外だな。まさかそっちに協力するなんて」


「するわけないじゃない。現実ならともかく、ただのお遊びよ? 信条を曲げる気はないわ」


 荒れ地フィールドの中心部にはフレデリカと、短杖を手にした女性がいた。

 悠太はフレデリカが彼女と手を組んだと邪推したが、きっぱりと否定された。


「嬉しいような、寂しいような、複雑な気分だ。プロを目指すなら初対面の人とも手を取らないとダメだぞ。利害が一致してるならなおさらに」


「わたしの師匠は兄貴よ? 遊びとか趣味に全力になるのは当然でしょ」


「それを突かれると、何も言えないな。でも、遊び以外なら本気で検討しろよ。俺を殺せる存在なんて五万といるのがこの業界だ」


「心配しなくても、手を取る相手は考えてるわ。とりあえずは、部活のメンバーってとこね。兄貴に一度勝つまでは、曲げるつもりなんてないわ」


 二人は切っ先を向け合った。


「なら、勝ってみせろ。師匠越えは弟子の義務だぞ」


「当たり前よ。魔導剣術じゃ反則で使えない術技を惜しみなく使うから、覚悟しなさい」


 短杖を持った女性は、いつの間にか消えていた。

お読みいただきありがとうございます。


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