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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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視野が狭いと、どうなるか?

 ライカがデバイスを起動したのは、開始時間ギリギリだった。

 準備する時間などないに等しく、起動すると同時に暗転し、すぐに視界が開けた。


(……ここは、荒れ地?)


 キョロキョロと首を動かすと、剥き出しの地面がまず目に入った。

 何日も雨が降っていないような乾燥した空気と、まばらに生えた背の低い木。サバンナと呼ばれる環境が近いとライカは感じた。


(えっと、何かしないと……まずは、隠れる?)


 サバンナは平原であるが、ここは魔導戦技の会場。

 荒れた大地を基本としながら、岩でできた塔や台地、荒れた山によって高低差がある。

 ライカは台地の影に入った背の低い木を近くに見付け、急いで木下に入った。


「マクロ七四、スニーキング」


 存在感を薄くする術式を起動。

 この術式に、姿を透明にするような直接的な効果はない。

 ただ、消費呪力の少なさや、難易度の低さから、ライカはこの術式を選択している。


「マクロ〇四、サーチバタフライ」


 術式で見つかりにくくしたライカが次に使ったのは、呪力を蝶に加工する術式。

 使い魔に分類される魔導で、どの魔導科でも教える基礎でもある。日本では陰陽道から派生した呪符を核とした術式がポピュラーだが、ライカが使用したのは幻術を応用したもの。

 幻術は高度な術式だが、ライカにとっては最も相性が良い術式である。


(皆、散って)


 魔導師としてライカの特徴を上げるなら、精霊ヴォルケーノがまず出るだろう。

 精霊と契約している召喚士というのは、魔導師として大きなアドバンテージだが、ライカにはもう一つ、大きなアドバンテージを持っている。

 それは、混血の妖精種という血筋。


(んー……っと、思ったより広いな。半径二〇〇メートル圏内に人影はない)


 現在では霊長四類に数えられる妖精種だが、元々は幻想から派生した魔導災害の一種。

 妖精のイタズラと呼ばれる現象に名前を与え、妖精という形を与え、ついには実体である現体を獲得したことで霊長類として認められた。

 現代社会で生きている妖精種に魔導災害としての歪さはないが「かつて幻想であった」という原点は魔導的に大きな意味を持つ。過去にあった事例は現在でも起こりうる、という前例の法則に照らし合わせれば、ライカは形を持った幻想そのもの。

 幻想から幻想が生まれることに、どれほどの困難があるだろうか?

 幻想が幻想と繋がることに、どれほどの不自然があるだろうか?

 実体を持った幻想としての性質をフル活用し、ライカは幻術の蝶を媒介に感覚を広げていった。


(半径三〇〇メートルに到達……でも、穴は大きいな。感覚を呪力視に切り替えた方がいいかな? 一度壊して作り直す必要あるけど、大した手間じゃないし)


 半分の蝶を霧散させ、呪力視の蝶を再生産。

 蝶を通して自分の呪力を知覚できることを確認し、飛ばそうとしたところで気付いた。


(……あれれ? もしかして私、呪力垂れ流しだった)


 背中を汗が伝う。

 魔導師にとって呪力視は基本中の基本。呪力を垂れ流しにすることは、大音量で自分の居場所を宣伝しているようなものだ。

 ライカほど莫大な呪力を保有しているならなおさらに。


「――ひゅぅっ!」


 首を絞められるような感覚に襲われ、即座に転がり跳んだ。

 先日、フレデリカに首を斬られたときに味わった感覚と同じ、つまり死の気配を察知したのだ。

 無様に転がり、止まると、肩が熱帯びていることに気付いた。


「つぅ……ぅぅ……ぅっ」


 痛覚を抑えているのに、熱を伴う痛みが思考を鈍らせる。

 周囲を漂う呪力視の蝶は、ライカの呪力のみを映している。


「はぁー、やるな嬢ちゃん。本気で隠形したのに、気付かれるなんて」


 だが、ライカの目には大柄な男が映っている。

 三キロはあろうかという大剣を片手で持ち上げており、身体強化の術式を使用していることに間違いない。だが呪力視に映らないということは、大男が呪力を体外に一切放出していないことの証左であり、格上であることを物語っている。


「…………っ、散って!」


 杖型のデバイスは、まだ蝶の使い魔を生成するマクロ術式が起動している。

 呪力を注ぎ込み蝶を生成し、大男に殺到させた。


「うおっ、見えなっ」


「――ぅ、っ――ぅ!」


 蝶による目眩ましは、見事に大男の視界を奪った。

 だが、奪われる寸前に振るわれた大剣により、ライカの右腕は切り飛ばされた。

 魔導の使用を補助する杖型デバイスも右腕と一緒に飛ばされてしまったが、ライカは気にせずに呪力を放出した。


「……――マクロ〇二、バレット。リピート・サウザンド!」


 自力で組んだ術式は、不完全で不格好だった。

 そもそもデバイスの補助を前提とし、汎用魔導とも呼ばれるマクロ術式は、人単体で使用出来るほど単純ではない。汎用魔導と呼ばれるだけあって、誰でもある程度の結果を出すことができるのだが、処理の大半をデバイスが代行しているのだ。

 術式自体も、効果範囲や威力、発動条件や安全性を保証するために複雑で、デバイスが発明される前であれば儀式用術式に分類されてもおかしくない。

 だから、発動するはずがなかったのだ。

 不発で終わるはずの術式は、万にも届く呪力によって無理矢理――起動した。

 起動して、しまった。


「――ファイッ」


 頭蓋を何かが突き抜け、視界に赤い血が飛び散る。

 起動したはずの術式は制御を失い霧散を始め、銃声が耳に届いた。


「……落ち込む必要はないぞ。俺一人だけだったら負けだったからな」


 意識が途切れる前に、大男がそんなことを言った。

 負けだったなら、なぜ自分は倒れているのか? 視界が暗闇に染まる前に、答えは出た。


(そっか、他に仲間がいたんだ)


 一対一だと思い込んだ自分が恥ずかしく、勝てたはずの勝負に負けた悔しさ。

 荒れ地の世界から現実に戻り、無機質な天井を眺めながら、右腕を伸ばす。ぎゅっと握りしめ、ゆっくりと心臓の上に振り下ろした。


「……ヴォルケーノ、私、すごい弱いね」


 ライカは、自分が強者だと思ったことはない。

 だが、人の域を超えた呪力を保有している自覚はある。暴走させたら大きな被害が出ることも理解している。研究室という隔離された場所で寂しい高校生活を送ったことも、納得している。

 だから、初めてなのだ。

 自分が勝てると思った相手に、完封されるという経験は。


「…………強く、なりたいな」


 胸の奥が、焼けるように熱くなった。

 それが自分の感情なのか、それとも精霊の意思なのかは、どちらでも良かった。


「私、頑張るから。手を、貸してね」


 熱に促されるように、身体を起こす。

 台のある部屋にいても仕方ないと外に出ると、顎を手に載せながらディスプレイを注視する成美がいた。


「……成美ちゃんも、負けちゃったんだ」


「ええ、ええ。開始三分も経たないうちに、狙撃されましたよ。音が遅れたので一キロは超えてましたね」


「私も、同じ。剣士の人と戦おうとしたら、後ろから。音も遅れた」


 成美の対面に座り、ディスプレイを除くと、荒れ地が広がっていた。


「リアルタイムの映像?」


「ええ。あんまり近づけませんが、個人を追えます。今はパイセン固定ですね」


「フーカちゃんじゃなくて?」


「フーカ先輩は、ほら。思う存分戦ったじゃないですか。でもパイセンは、何するか分からないですからね。呪力がないのにどう戦うか、予想出来ないので、参考にしようかと」


「……参考になるのは、フーカちゃんじゃないかな? 魔導三種を持ってるプロなんだし」


 成美は顔をディスプレイに固定したまま、黙った。

 ライカも一分ほど黙って答えを待った。


「………………あれです、あれ。パイセンは、いつか乗り越えなきゃいけない壁じゃないですか? パイセンに対抗出来るなら、いえ、対抗出来ないなら、きっと課題を達成出来ないと思うんです!」


 自分で言いながら、無理がある理論だと感じていた。


「そ、そうだね! 南雲くんなら、狙撃もどうにかしただろうし!」


 ライカは、無理がある理論に同調した。

 呼吸を荒くしながらもディスプレイを凝視し、悠太の技を盗もうと集中し始める。

 だが、直後。悠太の行動をドン引きすることになることを、二人はまだ知らなかった。

お読みいただきありがとうございます。


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