空虚
(自惚れたつもりはないが、古種は桁が違うな)
古種とは、一〇〇年以上を生きる者共のこと。
化け物のほぼ全てが古種であり、人の域を超える条件の一つとも言われている。
古種の恐ろしさを語る上で外せないのは、経験の絶対値。
悠太は剣聖であるが、剣を振り出しから十数年。この短い研鑽の期間で、絶刀を修め、理に至ったことは驚嘆に値する。
しかし、十数年は十数年でしかない。
鍛錬の質はともかくとして、戦闘経験の積み重ねでは劣る。
(破城剣の剛柔に対応できたのは、術理を開示されたから。それがなけば、何をされたかも分からずに)
鬼面が武仙に弟子入りしたのは、徳川三代将軍が就任する前後。
すなわち、四〇〇年前以上に渡り剣を振り続け、戦い続けたこととなる。現代では使われることのない技術、歴史に埋もれた武の奥義、滅ぼされた化け物や、観測されること自体が厄災となる例外など。
たかだか十数年では遭遇しきれない経験を積み上げ、この場にいる。
悠太の技術がいかに珍しかろうと、似たようなことをした者達はいる。当代において唯一無二の技術だとしても、歴史を振り返れば振るった者はいるのが、人という生き物だ。
経験したことは既知となる。
既知であれば対策を立てられる。
鬼面の既知は、悠太とは比べものにならないほどに多い。
故に、悠太から動くことが出来ない。
(なら、より深く潜るしかない)
沈むような感覚のままに、踏み込み、腕が消し飛ぶ。
瞬きを一つ挟むと、元の場所に佇んでいる。
踏み込みの距離を変えれば、足がズレ落ちる。位置を変えれば、腹に穴が空く。
木刀を振りかぶれば、首が落ちる。間合いに一歩踏み込めば、頭蓋が破裂する。
死んでも、死んでも、死んでも、死んでも、沈み続ける。
世界を俯瞰し、より深く世界を直視する、悠太の空の目は、相手すらも巻き込む。
神造兵器相手に数百、数千と殺され続けた末に勝機を見いだした戦闘シミュレーション。
五〇ほどの敗北を積み重ねるが、まだ序の口。より深く沈み込み、
――破城剣
鬼面の一刀により浮上した。
現実という浅瀬に意識が追いつくと、振り下ろされた剣を紙一重で躱していた。
「……これが空の目。異界の創造にも匹敵しうる共同幻想。……魔導を用いずにこれとは、剣聖の座に押し込める以外の道はないか」
「困りました。剣界を破られるとは、予想もしませんでした」
「その割には、動きに迷いがなかったな。――剣界、言い得て妙だ。剣士であれば現実と見分けが付かぬ幻想、まさに世界と謳うに相応しい。現実に戻るのに時間がかかった」
「この世が空であるならば、人が認識する全ては脳が作り出した幻想に過ぎません。闘争という共通認識があり、双方が読み合う術を持つならば、そこに余人は必要ないでしょう」
互いの剣が触れ合う距離で、木刀を下段に構えた。
「剣界は破られましたが、代わりに一足一刀の極みと、祓魔剣の柔をお見せしましょう」
理想を言えば、剣界で勝利の道筋を見出したかった。
故に、この剣は次善の策。剣界を破られるほどに追い詰められなければ使わない剣。
危険だからでも、切り札だからでもない。
単純に、使いたくないという心情から、使わない剣である。
「絶招――空虚」
首を斬った。
振るったのが木刀であるので、叩いたが正しいだろうが、確かに斬った。
祓魔剣にて、精神の一端に傷を付けた。
――祓魔柔剣
返す刀で戦意を斬った。
祓魔柔剣は、精神を斬ることに特化した剣。
ただ、鬼面の精神は強靱だ。四〇〇年以上、剣技を研ぎ続けた精神は、一度や二度、斬られた程度では揺らがない。
――破城剛剣
三太刀を振るう前に、悠太は逃げざるをえなかった。
戦意を斬られる寸前に剛剣が振るわれた故に。
頬の裂傷から流れる血を手の甲で拭い、木刀を正眼に構える。
「……視界の盲点ではなく、意識の盲点に潜り込んだか。祓魔剣の柔も、並の化け物では一度で意識ごと斬られる。まさに絶招に相応しい――が」
戦意を斬られた鬼面は、剣を握る意義を見失っていた。
長年の習慣から握り続けているに過ぎず、今にも踵を返しそうになっている。
「少しばかり、貴殿の内心が見えた。貴殿が否定するモノの正体、貴殿が進む道の一端を、確かに見たぞ」
(…………だから、使いたくないんだ)
恥ずかしい秘密を吐露した後のように、顔が熱くなる。
絶招・空虚は、悠太が初めて編みだし、即座に封印した絶招だ。
己が否定した理にあまりにも近く、察しの良い者なら見せた時点で悠太の秘め事を暴かれると、本能と理性が同時に叫んだ。
「絶招は理より生ずるもの。であれば、理から業へと道標と見ることができる。貴殿の絶招は確か、虚空、旋空、空虚、であったな。空を付けるのは色即是空か、空を斬りたい故かは分からぬが、否定という観点で見れば分かるものがある」
戦意はなくとも、興味はある。
戦いから意識が逸れたことで、悠太個人へと思考が集まる。
「まず虚空だが、これは分かりやすい。素手で三剣を振るう、つまり剣そのものの否定。使う意義のないデバイスや、真剣でなく木刀を握る姿勢に出ている。普通であれば人を斬るのが怖いと置くのが正解であるが」
「剣に頼れば腕が鈍ります。斬るだけなら三剣で事足ります。絶刀であれば、木刀でも神が斬れます。空を斬るための道が見えない以上、腕を鈍らせるわけにはいきません」
真剣を握る機会は、幾度かあった。
ゴールデンウィークでは、無銘の名刀を。
文化祭では、天乃宮が死蔵する武器を。
悠太は決して、握ろうとはしなかったが。
「次に旋空。三剣を纏う絶招だが、こちらは解釈が広い。虚空の範囲を広げただけであるが、わざわざ分けている。意味があると考えれば、魔導の否定あたりか。報告書では断流剣を纏い呪毒を無効化したとあったな」
「呪力不足で使えませんが、あっても剣で使う気はありません。腕が鈍る以上に、魔導を用いて斬っても意味がない。剣ではなく魔導で斬っただけだ。俺はあくまでも、手にした剣で空を斬りたいだけです」
強がりが多少含まれているが、九割本気だ。
おそらく、一度や二度は魔導を用いて斬るだろう。しかし斬った後に「何か違う」とやり直し続け、最終的には魔導を捨てると、確信していた。
「最後に空虚。魔導なし、三剣なし、の純然たる技術の粋だ。ぜひ術理の講義をして欲しいところだが、後にしよう。これが否定するものは――闘争。相手に何もさせず、何をされたかを理解させず、一方的に終わらせる」
「…………俺の目的は、あくまでも空を斬ることです。人を斬ることで空が斬れるなら、喜んで斬り捨てますが、現実は違います」
自身の言葉に虚しさを覚える。
心にもないことを言ってしまった、と。
「これらを踏まえた上で、南雲悠太殿。貴殿は、孤独でありたいのだな」
柄を握りしめる。
同じタイミングで、奥歯を噛みしめる。
「考えれば自然なことだ。空を斬るだけならば、今言ったどれもがいらぬ。届かぬ刃に意味はなく、魔導を用いれば無意味となり、一人空と向き合うだけなら闘争にはならぬ。まさに、現代の剣術を否定し尽くしている。否定の探求とはよく言った――」
「――違う」
キッパリと、否定した。
「俺にとって無意味なことは否定しませんが、剣そのものを否定していません。俺の否定はあくまでも俺自身に向けたもの。他者は関係ありません」
「迷いなく、か。確かめるために結論をズラしたが、やはりか」
片手で持ち上げた剣を、悠太に向けた。
「正直に答えよ、最弱の剣聖。貴殿は――絶招魔剣に至っているな」
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次回は、4月15日(水)1:00 を予定しております。
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