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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
204/206

呪詛の共振性と同化性

 妖刀《綿霧》の呪詛は非常に感染しやすいが、対策もしやすい。

 斬られなければよいのだから、鎧を着込んだり、盾を構えたり、そもそも近付かなければ感染したりしない。街中で感染者が衝動に呑まれ、通り魔的に感染が拡大するリスクはあるが、綿霧と対峙することが分かってさえいればいくらでも無力化できる。

 天乃宮香織も、当然のように対策をしていた。


「別にね、いいのよ。分かってたし、こうなるように準備してたから。でもさぁ、こっちの想定を下回るって、どういうつもり? 逸らしたり弾いたりする必要はあると思ってたのよ、さすがに」


 鬼には不死性がある。

 茨木童子は、大江山の鬼退治から逃げ延び、渡辺綱に腕を斬られても逃げ延びた。

 大嶽丸は三明の剣の加護により殺すことが出来なかった。

 物語に語り継がれる鬼は、通常の手段では殺すことのできない不死性を帯びている。ならば、語り継がれるような特別な鬼には不死性が宿る。

 では、天乃宮香織はどうだろうか?

 一〇〇〇年、消えることのない大江鬼の呪詛をその身に封じ、混血の鬼種となった香織が、特別でないはずがない。故に、香織には不死性がある。

 この逆説の不死こそ、香織の対策。

 鬼の呪詛を触媒に、不死の概念を鎧のように纏った香織には、剣や拳銃、魔導一種に満たない魔導師では傷一つ付けられない。


「でもさ、蓋を開けたらなに? 軽く撫でるだけで吹き飛ぶ、当たるのが難しいほどヌルい連携、当たってもただの障壁で事足りる。あまりにも可哀想すぎてわざと攻撃を受けてあげたってのに、かすり傷一つ付きやしないわ。戦技部なら、傷ぐらい付けてくるのに」


 酷い絵面が広がっている。

 三〇人以上が壁に叩き付けられ、一〇人ほどが積み上がって放置され、二〇人が振るった剣は香織の肌に触れた時点で止まっている。

 首謀者の鏑木は、期待外れだとため息を付く香織を、にらみ付けることしか出来ない。


「まるで、斬られたがっているように、聞こえますね」


「リアルで無双しても、作業型の虚無ゲーやってる気分になるのよ。負けるのは論外だけど、困難ってスパイスがないとやりがいとか、やる気がね。もちろん、頑張ってくれてるのは分かるんだけど、求めてるのは結果だから」


 握りしめた指先が、紫がかる。

 鏑木にとって、これは全てを賭けた戦いだ。

 鏑木にとって、もう終わった戦いだ。

 目的は達した。上振れを狙ったが必須ではない。逆転の目などどこにもなく、ここで殺されたとしても支障はない。

 だというのに、諦めることができない。


「そう言えば、破城剣が使えるのよね?」


 使えるに決まっている。

 破城剣の再現術式こそ、鏑木を奥伝候補に押し上げた要因なのだから。


「なら、使っても良いわ。準備が必要なら待ってあげる。鬼種に特化した武器を用意しても良いし、周りのお友達から補助を受けてもいい。使うまでに息を整える時間が必要ならいくらでも待つ。だから、使いなさい」


「……何を」


「そのままの意味よ。裏なんてないわ。――ああ、魔導障壁? これも解除しましょう。あなたの全力を持って、鬼の不死性を突破して見せなさい」


「…………なぜ」


「詰まらないから。このまま蹂躙しても、なーんにも楽しくないから。南雲くんやフーカが死闘を繰り広げてるのに、私だけヌルゲーなんて不公平じゃない。だから、難易度調整のために縛りプレイをするの」


 ゲームと、遊びと、言い切った。

 侮る侮らないではなく、純然たる事実としてかすり傷一つ付けられていない。

 死ぬ危険どころか、怪我の危険もないなら、確かにゲームと変わらない。言われても仕方ない隔絶した力量差はあるが、その傲慢さに腹の奥底がグツグツと煮えたぎった。


「……――後悔、させてあげます」


 ワタクシ達に指示を出し、魔導センターに保管されている武器を持ってこさせる。

 二重のカギで厳重にしまい込まれたそれは、一振りの刀だ。

 魔導災害への対処のために用意された、魔導的に価値のある武装である。


「波紋のない実用品ね。古さ的に、昭和中期? 古刀には及ばないけど、良いわね。鬼を殺したいって殺意に満ちているわ」


「無銘ですが、鬼種の現体を二〇ほど斬り殺しています。ここに保管されるに当たり、鬼種殺しの概念を付与されていますので、あなたには猛毒ですよ」


「おまけに刃物だから、綿霧の呪詛も重ねがけできるわけね。――楽しみだわ」


 無銘の刀を上段に構える。

 両手持ちによる膂力、重力を味方にした加速、踏み込みによる体重の活用など、一撃に全てを込めるのであれば、これがもっとも合理的だ。さらには、鬼種殺しの刀と、人斬りの呪詛、そして術式による奥伝技・破城剣の再現。

 これを振るうのが奥伝候補であることを加味すれば、天乃宮の呪鬼といえど無傷ではすまない。


「――きききいいいややややああああああっっっ!!」


 獣のごとき咆哮と共に鬼種殺しの刀が振り下ろされた。

 香織の目から見ても、達人の一線……であるが、あまりにも凡庸だ。

 重さ、鋭さ、殺意、全てが一級品なのに、型通りでしかない。道場剣法と言えば聞こえは良いが、剣道の試合でも容易く対処できる。初動を隠す努力も、威力も高める工夫も見て取れる。練度は間違いなく奥伝級であるが、中伝程度も対処ができてしまう。

 端的に言えば、センスがない。

 対人戦に必要な才覚が、致命的なまでに足りていない。

 それでも、センス以外は達人の剣。奥伝技・破城剣を再現した鬼種殺しの一刀だ。

 香織はそれを、避けることも防ぐこともせず、己の眉間で受け止めた。


「…………コメントに、困るわね。南雲くんがボロクソ言うわけだわ。……悪いこと言わないから、奥伝を目指すの辞めなさい。指導者として後進の指導に邁進する方が、剣人会にとって有益だし、あなたの人生的にもプラスに働くわ」


 無傷では済まなかった。

 鏑木の破城剣は鬼種の不死性を突破し――かすり傷を負わせた。


「……なんで、なんで……!」


「こればっかりは、戦いの妙が足りないとしか」


「違う――なんで、ワタクシ達の呪詛が効かない!? 間違いなく、通ったはずだ!!」


「あ、そっち。呪詛の共振性と同化性の問題よ」


 事例として良く出されるのが、映画鑑賞だ。

 優れた呪詛とは、出来の良い映画と同じだ。恋愛映画を見れば、恋をしたくなる。ホラー映画を見れば背筋が凍り、アクション映画を見れば気分が高揚する。

 これが呪詛の共振性だ。

 ごく当たり前の人の機能であり、呪詛の基本。

 優れた呪詛使いは、これを使い上手く活用する扇動家なのだ。

 戦争高揚の映画を見せた後に、戦場へと誘う演説をする。周囲には呪詛という大量のサクラがおり、演説を肯定し煽りに煽る。すると、どうだろう。戦争に否定的でも、だんだんと肯定的になる。

 呪詛とは、この流れを強く促す魔導なのだ。


「呪詛への親和性がないのなら分かる! だが、鬼種の呪詛に適応したあなたが、ないはずがないだろう!」


「それは人と呪詛の話。今しているのは、呪詛同士の問題よ。世界の敵になるほどの呪詛は確かに濃いけど、一〇〇〇年モノに対抗するには薄いのよ。特に鬼種の呪詛なんて、とっても暴力的なんだから」


 映画と扇動の例えを流用するなら。

 演説中に軍隊で取り囲み、扇動家を見せしめに殺した上で、戦争反対を叫ぶようなモノ。

 反対するモノは容赦なく容赦なく殺し、肯定するなら例外なく軍隊の一部に組み込んでいく。これが呪詛の同化性。どちらが勝つかは呪詛の相性や強度によって異なるが、天乃宮家や草薙家が管理する大江鬼の呪詛は、呪詛の中でも最上位。

 神々の呪詛に匹敵する強度を誇っている。


「それで、どうする? もう出し尽くしたんでしょう? 諦めるって言うなら、一発殴って終わらせてあげるけど」


「……――ここで諦めるなら、草薙家なんて襲いませんよ」


 続ける理由など、感情以外にはない。

 だが、理屈だけで動く人間などいない。

 感情とは、戦争を続けるに値する理由たり得るのだ。


お読みいただきありがとうございます。

次回は、4月8日(水)1:00 を予定しております。


執筆の励みになりますので、ブックマークや評価、感想などは随時受け付けております。よろしければぜひ是非。

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