星詠みに選ばれる
奥伝相手に近接戦をするのは、自殺と同義だ。
魔導戦技部においてこれは共通認識である。いや、相手が中伝であれ初伝であれ、剣人会の剣士相手に近接戦をするのは自殺なのだ。ライカや成美はもちろん、フレデリカも初伝相手にまともには戦わない。
では、どうするか?
バレットを牽制し、徹底して距離を詰めさせない。
これが魔導戦技部の基本戦術となる。
(……まともには当てられない、か)
一〇〇を超える光弾が撃ち出され、消費した側から補充されていく。
フレデリカも似たようなことをしているが、あちらが近接戦を絡めた運用に対し、ライカのは近寄らせない、中距離以上で仕留めることを意図した制圧射撃。弾幕の密度も、選択肢の幅も、消費量も、フレデリカとは比べものにならないほど激しい。
当然、ライカ個人でこれを処理しきるのは不可能。これを可能としているのが、バレット制御に特化したオリジナル術式――サテライト。
デバイスも、この複雑怪奇な情報を処理しきれるようにカスタマイズ済み。
魔導戦技部の研究成果と言っていい魔導術式を、奥伝は踏破する。
「――っ、ヴォルケーノ!」
中伝でも、踏破には二人以上を必要とする弾幕群。
自我を奪われ、操られようとも、これを越えるからこその奥伝。良く研がれた刃と、肉厚で重い刀身は、ライカの線の細い胴を容易く斬り裂く――ことなく、炎によって阻まれる。
牧野ライカの最大の武器は、フレデリカ以上の呪力量ではない。
精霊ヴォルケーノという、ライカの意思とは関係なく活動する自立存在そのもの。
指示にもなっていない、とっさの呼びかけに応じるという、最新鋭のAIでも出来ない高度な判断能力。暴走の危険をはらんでいるが、一人では対処できない状況にも対処できる。
これこそが、精霊使い――召喚士の最大の武器なのだ。
(……む、むりぃ……やっぱり、むりぃ……)
今のライカは、死の気配を感じ取れる。
魔導戦技で、数え切れないほど殺された。
胴を輪切りにされる、竹のように縦切りにされる、などは優しい部類だ。
死因の九割は、知覚外からの攻撃。すなわち、いつ殺されたのか分からない。誰に殺されのか分からない。どこから攻撃されたのか分からない。故に、殺された後は「どのような手段で」殺されたか「どこから攻撃されて」殺されたのかを確かめ、どのようにすれば防ぐことができるかを徹底的に研究する。
対抗策を考えると同時に「自分たちでも出来ないか」を検討する。
再現可能だと判断すれば、魔導術式に落とし込む。
この泥臭く、牛歩のように遅々として進まぬ歩みを続けることで、少しずつ順位を上げていったのだ。
(こわいよ……少しでも斬られたら感染するし、そもそも殺す気だよ……手加減なんてしてくれないよ…………でも、勝ち筋はある――……すっごい細いけど)
内心では泣き叫び、喚き散らしながらも、計算通りと口角をつり上げる。
目元が若干濡れ、足がガタガタと震えていても、強がれなくなった時点で負けるのだ。
「……に、い……さん。本当に、ライカさんに任せて何もしないの!? このままじゃ」
「死んでしまうかも、かい? その時は、皆諸共に冥府に旅立つだけだ」
「そんな簡単に――」
「もう一度言う――手を出すな。呪力を巡らして、術式を使おうとした時点で殺される。ライカさんはもちろん、こちらもね。彼女――いや、こちらの勝機はそれほどにか細いんだ」
奥伝がライカばかりを狙い、沙織や伊織に手を出さないのは、傀儡状態だから。
攻撃をする個体を優先的に排除するプログラムに従って動くだけで、ライカを手助けするそぶりを見せれば即座に標的にされる。
奥伝相手に近接戦をすることは自殺と同義だ。
近寄らせずに勝つ手段を持たなければ、標的にされた時点で死ぬのだ。
「……だからって、…………だからって!」
「覚えておきなさい。信じて待つ、これもまた戦いだ。何もしないことが最大の援助になることは多々存在する。考え無しの善意はね、下手な悪よりも人を殺すんだ。それこそ、呪詛で死ぬ人よりも多い。呪詛を扱うのならば肝に銘じなさい」
それに、と伊織は続ける。
「ここで死ぬ器なら、死んだ方が幸せだ」
「――っ」
呪力を込めた平手打ちを――伊織が掴んで止めた。
額に脂汗を浮かべなるが、幸いなことに奥伝は沙織を標的にはしていない。
「呪力を巡らせるなと、言ったばかりだろう」
「死んだ方が幸せってなに!? 殺された方が都合が良いってこと!?」
「今よりも酷い戦場に、奥伝以上の脅威に対処しろと送り出されると言うことだ。それが――星詠みに選ばれるということだ」
天乃宮の星詠み。
世界滅亡の回避を最優先にする怪物であり、天乃宮家の繁栄さえその手段でしかない。
それこそ、滅亡の回避に天乃宮家が邪魔と判断すれば、躊躇なく天乃宮家を滅ぼす存在。
分家の当主にとって常識であり、星詠みが動くことは滅亡が近いことを意味する。
「……なんで、星詠み様が出てくるのよ……」
「都合が良いからだ。頑張れば勝てる格上がいるなど、本来ありえない」
綿霧のカース・パンデミックは、専門家から見ても見事しか言えない。
拡散しやすい呪詛であるが、斬るという手順は警戒されやすい。ねずみ算式に増えるといっても、一〇人も斬れば警戒される。バリケードを張り、バレットで牽制し続けるだけで、感染は防げるのだ。
ホテルならば、部屋のカギをかけて籠城するだけで事足りる。魔導省や警察に連絡をすれば、一晩で収束してしまう。その程度の呪詛でしかなく、だからこそ剣人会で使用が許される。
わずか数分でホテルを呪詛で埋め尽くすそうとすれば、数日がかりの準備が必須。
ここまで大規模に準備が出来る組織が屋上に戦力を置くなら、絶対に勝てない戦力になる。奥伝をあと一人増やすだけで、勝機はなくなったのだ。その手間を省くなどありえない。
「香織が星詠みの指示で動いている以上、都合の良い出来事は全て星詠みの計算だと思いなさい。考えすぎでないことの方が多い」
「本当に都合が良いことなら、ここには誰もいないんじゃないの? 頑張れば勝てるって、負ける可能性が高いってことでしょ!」
「頑張れば、が重要なんだ。頑張って倒して欲しい、勝って欲しい、それが星詠みの意図。なぜこのようなことをするか、分かるか?」
「分かんないよ! 分かるわけないでしょう!!」
感情的になっても、沙織は暴走しない。
伊織が手首を掴んだまま、鬼の呪力を制御しているからだ。
「考えなさい。思考放棄は許されない。頑張っているライカさんへの侮辱だ」
伊織は別段、沙織を甘やかしたわけではない。
呪力や呪詛を制御するために、厳しく指導してきた。自己評価ではない。家の人間から見ても、外から見ても、厳しすぎると言われるだろう鍛錬を課した。
だが、鍛錬以外は別だ。
感情で鬼の力を暴走させる人間を縛り続けるなど、怖くて出来ない。
適度に感情を発散させ、ストレスを溜めすぎのないようノビノビと育ててきた。
重要なのはメリハリだ。必要なとき、厳しく指導できるように。
「…………今よりも、成長して欲しい?」
「そうだ。成長した上で、成長しなければ対処できない困難を乗り越えて欲しい。星詠みはそのために試練を与える」
ライカは今、奥伝を打ち倒すべく策を巡らせている。
一太刀でも受ければ死ぬ重圧の中、僅かな隙をたぐり寄せ一手ずつ準備を積み重ねる。
並の魔導一種では枯渇するほどの呪力を消費し、準備は整った。
「ヴォルケーノ、道を敷いて」
ライカを基点に、炎の縁が二本引かれた。
線は瞬く間に高く燃え広がり、三メートルほどの高い壁となった。
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次回は、4月1日(水)1:00 を予定しております。
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