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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
201/202

資質だけならば外れ値

 霊長四類・妖精種。

 古い種族の一つであり、人よりも魔導への適性が高いとされる。

 魔導を探求する純血の妖精種ともなれば、人間では為し得ぬ奇跡をいくつも扱う。文化祭で天魔付属を異界に沈めた朱い妖精は、上澄み中の上澄みであるが、似たようなことが出来る妖精種は多い。

 では、純血でなく混血ならば安全かと問われれば、違うと答える。


「……うん、大丈夫。このまま上に、できる限り静かに」


 感染者の囲いは、幻術を用いて突破した。

 五感を騙すこと自体は容易い。簡単なものとして、壁にドアを絵を描いて人を欺く騙し絵などがある。精巧な騙し絵は近付いても分からないが、触れれば一発で露見する。魔導を用いた幻術も同じだ。

 五感の一つだけを騙すのであれば容易い。だが、触れても分からない、近付いても分からないなど、複数の感覚を同時に騙すのは難しい。

 ライカは、その難しいことを行っていた。


「……ひゅっ」


 移動経路を限定ために配置された感染者に触れ、押しのけ、一人分の道を拓く。

 自我を奪われていても、生物としての本能を消し去るほど強い呪詛ではない。触れれば反撃するし、押しのければ反発する。だというのに、感染者は気付かない。


「見事だね。本家の魔導師に見せれば、解析させてくれと営業されるよ」


「光栄ですが、監禁されそうでイヤだな……」


「興味深い程度だから、監禁はされないね。混血の妖精も、精霊も、本家にとっては珍しくない。あくまでも、術式を解析したいだけだ」


 天乃宮の魔導師が興味を抱くほどの幻術を、魔導師の卵が扱う。

 普通ならば考えられないが、魔導とは適正の世界。混血の妖精種であり、精霊ヴォルケーノを宿したライカは、資質だけならば外れ値だ。

 また、魔導戦技での乱戦や、異界攻略の経験もある。

 真っ当な人間を完璧に騙すことは出来ずとも、自意識を奪われた傀儡ならば才能のゴリ押しで騙せるだけの技量を持っていた。


「兄さん、ライカさんを怖がらせてどうするの」


 沙織は、伊織を小声で責める。

 平時でも避けるべき話題は、緊急時でも出すべきではない。


「すまない。思ったよりも、参っているようだ」


「仕方ありませんよ。昨日から逃げ続けて、今日がコレです」


「…………でも、兄さんが万全なら、ライカさんを矢面に立たせるなんてこと」


 今のライカ達に、呪詛の感染を防ぐ術はない。

 魔導一種持ちの伊織ならば呪詛の浄化や除去はできるが、即座にとはいかない。

 浄化に特化した火界咒で、己を焼き続けるフレデリカがおかしいだけだ。


「ライカさん、次の階で廊下に出ましょう。おそらく、気付かれました」


 伊織の助言に従い、廊下に出る。

 異変はすぐに起こった。階段に配置された感染者が、揃って雄叫びを上げた。

 雄叫びは階段だけでなく、廊下の感染者からも上がった。

 恐怖をかき立てる不快な声はすぐに止み、廊下の感染者がライカ達に向かって走り出した。


「マクロ、サテライト!」


 術式の展開はすぐに完了した。

 前後に一〇〇ずつの光弾を配置し、即座に撃ち出す。


「突破します、走って!」


 射程と精密さを犠牲に、威力を引き上げた光弾は、感染者達を吹き飛ばす。

 減った光弾はすぐに補充され、前後で計二〇〇の光弾を維持。近くに起き上がろうとする感染者がいれば、再度光弾を撃ち込む。

 人の群れを強引に突破し、ついに屋上へと繋がる階段へとさしかかり、足を止めた。


「これは、さすがに……」


 三〇以上の感染者が、屋上への階段に詰まっている。

 被害を考えなければ突破は出来る。単純な行動しか取れない感染者に、光弾を避けるすべはない。問題は、感染者を押しやるスペースがないこと。

 階段のような不安定な場所で撃ち抜いてしまえば、人の雪崩が起こり、下敷きになった何人かは死んでしまう。死ななくとも、腕や足は折れるかも知れないし、指のような細い部位は簡単に砕けるし欠けてしまう。

 躊躇は仕方がない。

 しかし、時間がない。

 数秒の迷いが命取りになる状況で、伊織がライカの前に出た。


「これは大人の仕事だ。任せなさい」


「……で、も……皆、被害者で」


「大丈夫。呪詛の解析は完了している。それに、君達が頑張ってくれたから、打てる手がある」


 懐から、二枚の呪符を取りだした。


「呪怨招来、急急如律令」


 前後それぞれに投げられた呪符は、大量の呪詛を放出。

 呪詛は網状の黒いモヤとなり、感染者達を捕らえてその場に縛り付けた。


「しばらくは動けないはずだ。急ぐとしよう」


「こんなことが出来るなら、最初からして!」


「残念だが無理だよ。呪詛の解析が終わらないうちに使っては、こちらが浸食されかねない。呪詛の共振性、同化性に基本なんだから、沙織も知っているだろう?」


「知ってるけど、兄さんならもっと早く終わったんじゃないの? それこそ、逃げ回ってる途中とかに」


「呪符はもう、一〇枚も残っていない。使いどころを考える必要があるし、なにより即興で術式を組むのは苦手だ」


 魔導一種なのに即興が苦手なのかと思うが、珍しいことではない。

 そも魔導とは学問であり技術だ。武器や兵器として用いられる以上に、社会基盤の一部に組み込まれている。魔導資格を取る者の多くは技術者として働き、戦闘のための魔導術式を使用する者の方が少数派だ。

 まして、伊織が扱う呪詛は危険な代物。

 ニトログリセリンのように不安定で、ちょっとしたことで爆発してしまうものを扱う専門家としては、即応性よりも安全性を優先するのは仕方ない。


「えっと、そこまで、そこまでにしよう。本番は、ここからだから」


 兄妹の言い争いを諫め、屋上のドアをひねり――光弾で破壊する。

 カギがかかっていたので、仕方なく破壊したのだ。


「……ぅぅ、ごめんなさい」


「魔導災害だ、仕方ない。――それに、術式を解くヒマなんてないようだ」


 ビルやホテルの屋上というのは、人を入れる施設ではない。

 給水設備、空調設備など、建物を運営するのに必要な設備が置いている空間だ。

 ある種の無機質な空間に、一人の男が佇んでいる。


「中伝……ううん、奥伝かな? 下の方だと思うけど……」


「剣士の目利きができるとは、いい目をしているね」


「魔導戦技で生き残るために色々やっていたら、自然と。……でも、下の人達と同じで、自意識はほとんど残ってない」


 魔導資格と違い、剣人会の認定はそのまま戦闘力に直結する。

 鏑木家のように名誉や権威目的で奥伝を求めるケースは存在するが、それでも最低基準は存在する。

 ライカは魔導戦技で奥伝や魔導一種と幾度となく遭遇し、殺され続けてきた。

 そこで学んだことは、下位の奥伝が相手でも勝ち目はほぼない、という冷たい事実。


「なら、勝ち目はあります。付け入る隙はあります」


 奥伝の強さとは、戦闘思考と観察眼。

 相手の強みや弱みを見抜き、やりたいことをさせず、やられたくないことを押しつける技能こそが、弱者に逆転を許さぬ強さに繋がる。

 逆を言えば、自意識を抑えつけられた奥伝は、強さの多くを失うということ。


「強気だね。でも、大丈夫? さっきも言ったけど即応は苦手だから、援護は期待しないで。代わりに、後続が入ってこないようにはするけど」


「え? ……援護、ないんですか?」


 魔導一種とは思えない情けない回答に、ライカは冷や汗が止まらない。

 強みを失ったとしても、達人の技に対処できるかは別だ。軌道を知り尽くしているフレデリカの一足一刀とて、一〇回に一回防げれば御の字。


「ああ、沙織、絶対に手を出しちゃダメだよ。冗談抜きで殺されるから」


「分かってる! ……でも、ライカさんが」


「……だ、大丈、夫……多分、きっと…………ううん、絶対に大丈夫!」


 己を鼓舞しながら、デバイスを握りしめるライカであった。

お読みいただきありがとうございます。

次回は、3月28日(土)1:00 を予定しております。


執筆の励みになりますので、ブックマークや評価、感想などは随時受け付けております。よろしければぜひ是非。

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