焼肉宣言
幻術から現実に帰還した面々は、焼き肉屋に集った。
「えー、色々あって殺し殺された仲ではありますが、試合が終わればノーサイド――というわけで乾杯!」
「か、かんぱーい!」
集まったといっても、全員ではない。
音頭を取る成美と、控えめにカップを掲げるライカの二人。
それに、悠太、フレデリカ、香織の三人を加えた計五人の集まりだ。
「ちょっとー、お三方-。ノリ悪くないですか-?」
「俺は飯食いに来ただけだからな。消費したカロリーを摂取したいし、偶の贅沢だ。好きに食わせてもらう」
「私も同じよ。面倒な後処理が終わって、元凶に制裁を加えてスッキリしてるの。だから、好きにやらせてもらうわ。そもそも私のおごりだし」
悠太と香織の二人でタッチパネルを独占し、好き勝手に注文を送信する。
注文内容は二人の独断と偏見によって決定されている。
「じゃ、じゃあ、フーカ先輩はどうなんです!? 一緒に乾杯しましょうよぉ!」
「ごめん、だるい」
フレデリカは背もたれに身体を預け、目を閉じていた。
「フーカちゃん、大丈夫? 幻術酔いでもしたの?」
「そんなところです。ちょっとばかり、身の丈に合わない出力で術式起動したのに、実際には使ってないとか、頭が狂う……」
車酔いや3D酔いを一〇倍にしたような気持ち悪さが、フレデリカの胸を渦巻いていた。
「普段からイメージ通りに身体を動かせてる証拠だな。関心関心」
「……うっさい。てか、兄貴はどうなのよ。全然、酔ってないけど……」
「もちろん酔いはしたけど、すぐに調整した。魔導を使わなくても感覚をズラしてくるのはいるからな。調整に秒もかけてたら死ぬぞ」
「……この、化け物が……」
論じるまでもないが、規格外なのは悠太の方だ。
だが、奥伝に至った武人であれば標準装備している技能でもある。
「師に対していい度胸だ。――ちょうどいい時期でもあるし、これから土日は部活動禁止。代わりに俺と一緒に魔導戦技に参加しろ。死なないのに殺し合いが経験できて、感覚調整の訓練もできるなんて、最高の環境だしな」
「お、横暴! 横暴にもほどがあるわ!?」
「お前を一人前にするためだ。横暴なのは仕方ない」
納得ができないとばかりに、フレデリカは食い下がる。
だが悠太は気聞く耳を持たず。議論にすらならない従兄妹ゲンカは、注文した肉が届いてからもしばらく続いた。
「そこの二人、肉が焼けたからやめなさい。やめないなら呪うから覚悟なさい」
呪いに負けたのか、食欲に負けたのかは判断が付かないが、二人は香織の指示に素直に従った。
「値段の割に上質だな。ちょっと舐めてた」
「あら、味が分かるのね。ならこの店を教えてくれた古竜に伝えとくわ。最弱の剣聖は味の違いが分かるって」
「嫌がらせはやめろ。……というか、古竜って。この前のはまさか」
「言わぬが花ってヤツよ。……てか、少しは愚痴らせなさい。そんで聞かなかったことにしなさい」
防音結界を張り、香織は訥々と語り出す。
固有名詞や詳細はボカシながらの語りであるが、ある程度察しが付いている悠太からすれば、厄ネタそのもの。耳を塞いで回れ右して逃げ出したいところだが、焼肉代の代わりだと思い聞き流すことにした。
「うーん、パイセンと会長さんは内緒話モードみたいですし、三人でガールズトークをしましょうか」
「ガールズトークって、肉食いながら? デザートじゃなくて?」
「甘いですね、フーカ先輩。ガールズトークは何を食べるかではありません。女の子が駄弁ってれば何食べててもガールズトークなんです! もちろん、話の内容も問いません!!」
フレデリカは内心で「いや、違うだろう」と突っ込みを入れる。
ただ、成美の宣言をライカが受け入れているため、口に出すことはできなかった。
「というわけで、何を話しましょうか? やっぱり、感想戦ですか?」
「ゾンビアタックによる力押しに対して、言うことがあると思う?」
第一の話題は、瞬時に終わってしまった。
「な、ならフーカ先輩は何にするんですかっ!?」
「そうね……仏像談義、とか」
成美とライカは固まった。
冗談の類いかと思ったが、照れくさそうに頬を染めているので本気のようだ。
「魔導師としてはやっぱり不動明王がいいと思うんだけど二人は仏像初心者よね? だったら分かりやすい千手観音とか雷門で有名な風神雷神像――いや仏像と言えば大仏よね? 近場は鎌倉だけど奈良の大仏の方が馴染みがあるしけどおっと金剛力士像をあげるのを」
「フーカちゃん、仏像が好きなの?」
息つく間もないマシンガントークが、ピタリと止まった。
自分が何をしていたのかに思い至ったようだ。
「まあ…………好きです」
どう誤魔化すかを考えて、無理だと結論づけたようだ。
「意外ですね。魔導と剣以外には興味ない系かと思ってました」
「間違ってないわよ。火界咒の精度を上げるために、不動明王を調べたのが切っ掛けだから。自分で彫ったりしてるけど上手くいかなくて。それで実物見ようと色々回って……ハマったの」
理解を深めるアプローチとして、絵画や彫刻などに手を出すのは王道だ。
万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチなどは、研究のために数多くの精密なスケッチを描いている。
魔導を極めるには、現象や法則、対象に関する深い理解が必要だ。自分で彫った仏像がいかに下手だったとしても、彫るために積み重ねは血肉になる。
そう、どれだけ珍妙で奇っ怪な仏像を彫ったとしても、火界咒の精度に悪影響はないのだ。
「なるほどなるほど、納得です。でも残念ながら、仏像には興味ありませんね」
「私も、同じかな。特に火は苦手だから……不動明王はなおさらに……」
「そうよね、やっぱり。……仏像談義はオフ会まで我慢するか」
愁いを帯びたため息が、フレデリカの本気度を示していた。
「さてさて、フーカ先輩の好きなことが分かったところで、ライカ先輩――本命の話題をどうぞ!!」
「え、えっ? いや、成美ちゃん。ハードルを上げないで、欲しいな」
話題を考えていたが、上がったハードルにどう答えればいいかと頭を悩ませる。
うーんうーん、と頭を抱えるライカを前にした成美は「やべーエモい」と心の声が漏らしていた。
「……適した話題かは分からないけど、それでもいい?」
「もちろんですよ、ライカ先輩。あたしはオールオッケーです」
「なら――香織ちゃんを除いた四人で、部活を作らない」
ライカの提案を受け、成美が三秒ほど固まった。
「……部活って、魔導剣術部みたいな、あの部活ですか?」
「そう、それ! 中学に入る前から隔離されてて、憧れてたの。いつか入るか作るかするために、いろいろ調べてて。それで、作るには部員が四人と、顧問が一人いればいいの。これまでは人を集める当てなかったし、隔離が解けたのも三年になってからだから、諦めてたけど……でも、今なら顧問を見付けるだけだから」
「もちろん、あたしはオールオッケーですけど……」
「わたしが受けるメリット、ないわね」
天魔付属に、部活の掛け持ちを禁じる規則はない。
ただ、全国大会を目指す生徒が、掛け持ちをする事例はほぼない。
「フーカちゃん、忘れましたか。南雲くんの言ったことを?」
「言ったこと? 土日に魔導戦技に参加しろ、だったわね」
「そうです! 南雲くんの命令だからって言えば問題ないでしょうけど、師匠命令で部活に入った言えば、言い訳が増えませんか? それに、……皆で一緒の方が、楽しいと…………思います」
竜頭蛇尾という単語が似合うほどに、尻つぼみになる。
理屈になっていないことに気付いたのだろう。
「師匠命令は絶対だしね。言い訳材料が増えるなら、入部してもいいか」
「え、いいんですか!?」
「入るだけね。顧問捜しとか、書類作成とかはいっさいしないから。兄貴の命令でもね」
「大丈夫です! 私が責任を持って、部活を作りますから!」
「ま、待ってくださいよ! あたしだって手伝いますからね、ね!」
魔導戦技部は設立に向けて始動した。
悠太の意見を聞かないままに。
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