ランチタイムに突然に
最近の小目標。
小説のストックを作ること(見切り発車で書き始めた、後悔はない)。
ラブレター(勘違い)をもらった翌日、悠太はモヤモヤを抱えていた。
(事情も聞かずに帰ったのはもったいなかったかな? 先輩、可愛かったし……でも、厄い臭いがしたから仕方ない……でもな)
思春期特有の、異性に対する複雑な感情が原因だ。
ただし、第三者に相談をすれば「自業自得」や「ふざけるな死ね」などと酷評されるような悩み方だが。
(あー、そろそろ昼か。何がいいか)
腹の虫が空腹を訴えると、悠太は食堂のメニューを頭に浮かべる。
(ガッツリと揚げ物系……は、脂っこいな。なら、焼き魚や煮魚……は、昨日食べた。王道は定食ものだけど、お財布がちょっとピンチ。――それに、今日はなんだか肌寒さを感じるし、何か暖まるもの……うどん系にするか、安いし)
チャイムが鳴って数分後に、悠太の考えはまとまった。
カバンから財布を取り出し、席を立ったところで教室のドアが勢いよく開け放たれた。
「南雲悠太先輩はいるかあああぁぁぁ――――っっっ!!」
一年生と思わしき女生徒が怒号を上げる。
悠太は無視して食堂に行こうかと思考するが、クラスメイト達が悠太に顔を向けているので無視することをやめた。
財布をズボンの後ろポケットに突っ込むと、女生徒の前に立つ。
「南雲は俺だが、誰だ?」
「魔導科一年、紀ノ咲成美です。ちょっとツラ貸してくれません? 昨日の件で話があります」
悠太は昨日の行動を振り返る。
成美との直接の関わりはないと断言できるが、指摘しなかった。間接的な関わりは否定できないし、否定すればより騒がしくなるのが目に見えていたからだ。
「貸すのは構わないが昼飯を抜く気はないぞ」
「はっ? なんでパイセンごときのために、ご飯を抜かないといけないんです? 話は食堂でするに決まってんでしょう」
イラっとして、頭をはたきたいという衝動にかられる悠太。
だが、クラスメイトの注目を集めていることと、昼食抜きにならないことから、衝動を抑えた。そして抑えている間に、食堂に到着した。
「成美ちゃん、こっち――――むぎゅぅっ」
「ライカせんぱーいっ! 席取りありがとうございます!」
成美は食堂に到着すると、即座にライカに抱きついた。
置いてけぼりにされた悠太は、昨日のラブレター(勘違い)の件だったか、と察した。
「成美ちゃん苦しい……――あ、南雲くん、来てくれたんですね!」
「ええ、まあ……昨日は、その」
「いえいえ、あれは突然だった私が悪くて」
「あ、あたしカツ丼もらいますね。パイセンも好きなの選んでください。今日はライカ先輩のおごりなので」
おごる側ではなく、おごられる側が言うのかと悠太は呆れた。
呆れながらにテーブルの上を見分する。成美が確保したカツ丼の他に、カレーライスと素うどんがあった。悠太は迷わず、素うどんを手にした。
「じゃあ、うどんを」
「え、おうどん? 遠慮せずに、カレーでもいいんですよ?」
「いえいえ、元々うどんを頼むつもりだったので。ちょうど良いな、と」
「そう、ですか……ですか……」
狼狽するライカをいぶかしみながらも、悠太は箸を手にする。
真っ白い面を一本つまみ、ちゅるるんっ、と一気にすすり上げる。カツオと昆布を合わせた重奏なうま味に、思わず頬が緩んだ。
「…………辛い、…………痛い、…………ぐす、…………」
緩んだ頬が、すぐに引き締まった。
カレーを食べたライカが、たった一口だけ食べたライカが、涙目になっていたからだ。
「………………はあ、尊い。……先輩の泣き顔、尊い……」
悠太に理解できない理由でトリップする成美の存在が、夢でないことを証明していた。
成美のつぶやきを聞かなかったことにして、悠太は箸を置いた。
「先輩、食べかけでいいので交換しましょう」
「……え? で、も……」
「食べれないものを無理に食べる必要はありません。なのでどうぞ」
有無を言わさずに、お盆ごと皿を交換する。
そして涙目のライカに、自分の水を押しつけた。
「とりあえず、それ飲んでください。少しはマシになります。――後輩、水持ってくるけど何が良い?」
「キャラメルマキアート」
「分かった、コーヒーで我慢しろ」
成美の戯言を聞き流して、給茶機コーナーに向かう。
そこは、食堂でも人気のスポットだ。現在の生徒会長がこだわって作ったコーナーで、数種類のお茶とコーヒーが無料で飲める。お小遣いのやりくりに苦心するなら、必ずお世話になる場所だ。悠太も例外ではなく、ホームタウンのような安心感すら覚える。
のだが、なぜか今日は鳥肌が立つほどの怖気に襲われた。
「…………おい、天乃宮、殺気を抑えろ」
原因はすぐに分かった。
二人分の玄米茶を用意する女生徒だ。
「あら、奇遇ね。不躾になに?」
「不躾はそっちだ。無差別に殺気を振りまくな」
「ああ、悪かったわね。これから荒事だから、ちょっと気が早っちゃって」
獰猛な殺気を隠しきれない女生徒の名は、天乃宮香織。
天魔付属の生徒会長であり、天魔付属を設立した天乃宮家の人間であり、国内でも有数の魔導師でもある。
「荒事って、なにする気だよ?」
「安心しなさい。本家の案件だから、あなたには関係ないわ」
それだけ言って、香織は二人分の玄米茶を持って離れていく。
悠太は行き先を追うことはせずに、コーヒーと氷水と暖かな玄米茶を用意する。
(今日はやけに肌寒いと思ったら、原因はアイツか)
身体の震えを悟られないように、息を整える。
三人分の飲み物と、新しいスプーンに箸をお盆に載せて、悠太は席に戻った。
「パイセーン、遅いですよー。なにしてたんですか?」
「黙れ後輩。ちょっと混んでたんだよ」
「へー、そーですかー。ところで、何でキャラメルマキアートじゃないんです?」
「あるわけねえだろ、んなものん。――これ、先輩の水と新しい箸です」
「え、あ……ありがとうございます」
ちびちびと、少量の麺を口に含んでは噛み切っていくライカ。
その姿が小動物のようだと思いながら、カレーをすくった。
(中辛、普通だな)
小学校にも上がっていない児童あれば泣くかも知れない、とも思う。
少なくとも、悠太の手を止めるほどの辛さではない。殺気の余波で冷えた身体を温めるように、間に玄米茶を挟みながら完食する。
ライカのうどんは、まだ半分も残っていた。
「さて、後輩。そろそろ呼び出した理由を聞いても良いか?」
「……んぐ、……んん、ごくん。それでしたら私が」
「牧野先輩はゆっくり食べててください。話しながらは消化に悪いです。――というわけで後輩。説明を」
――――銃声にも似た破裂音が、食堂に響いた。
「な、何ですか今の音は? パイセンは何か――って、ライカ先輩!?」
焦り声を上げる成美の先には、心臓を抑えるライカがいた。
悠太は発生源である香織に向かって舌打ちをして、ライカに駆け寄った。
「とりあえず、保健室に行きましょう。詳しい話は放課後に、研究室で」
「……だ、大丈夫です。ちょっと、呪力が乱れただけで……」
「なら、なおさらです。余波とはいえ、魔導災害レベルの呪詛と殺気を浴びたんですから」
ライカの意見を無視して、ひょいと抱きかかえた。
「きゃっ――」
「ちょ、パイセン――なんでお姫様抱っこ」
「これが一番早くて安定して動けるから」
成美に指摘され、悠太の顔がほんのりと赤く染まる。
周囲にいる生徒のほとんどは、香織が起こした騒動に注目している。悠太はこれ幸いと、恥ずかしさと熱を誤魔化すように、早足で食堂を飛び出した。
保健室に着く頃には、ライカの症状は治まっていたのだが。
今週はここまでです。
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