カース・パンデミック
「おやおや、おや~? 端末がいくつか解呪されましたね~。これが何を意味するのか、わかりますか?」
制圧されたホテルのロビーで、女は問う。
考えるまでもない簡単な問いかけには、誰も答えない。答えることが出来ない。
彼女が連れてきた中伝や初伝達は、皆、自由意志を奪われている。鏑木の計画から離反し、別の道を模索しようとした時点で、上位権限によって強制的に洗脳されてしまった。
女が指示を出さない限り、ただのでくの坊。
自由意志がないため、指示の出し方を少しでも間違えれば、意図しない行動を取る単細胞。
式神や使い魔操作の専門家ならば使い道は色々とあるが、単なる一兵卒、ただの剣士である女では持て余すだけである。
「……はぁ、人手が足りませんね。剣聖さんに手を出した時点で詰んてるんですから、仕方ないと言えば仕方ないんですが……」
起死回生の一手、になるはずだった。
いや、戦略的には勝っているのだ。鏑木が伽藍と呼ぶ、呪詛ネットワークの中枢への対処は、すでに終わっている。ただ、ここで勝てたのなら、鏑木の表での立場も回復できたかも知れない。まだまだ貢献できたかも知れない。
さらなる積み上げの布石になるはずの一手は、破綻しかけていた。
「連絡が取れない時点で、やめるべきだったのかなー? 思ったよりも抵抗がないし、剣聖さんのお弟子さんグループ以外は動かないし-、カース・パンデミックがスムーズに広がりすぎた弊害だね。つまらないなー」
呪詛を起動して一〇分も経たないうちに、ホテルは静寂を取り戻した。
魔導災害、カース・パンデミックが収束したのではない。八割以上が感染してしまったため、動きがなくなっただけだ。病原菌による通常のパンデミックなら、病の症状によって地獄絵図となっただろうが、呪詛は違う。
ほとんどの感染者が、指示を待つだけの人形に変貌しただけだ。
残り二割を感染させるのなら、まだ続いただろう。だが女の目的は、草薙家の二人を感染させ、呪詛の知識を伽藍へ届けること。有象無象などどうでもいい。
「上、下? どっちに行くつもりかなー? 下じゃなきゃ、いいなー。詰んじゃって面白くないからねー」
女がロビーで待機しているのは、外に人を出さないためだ。
剣人会の手駒を配置しているのも同じ。外に出ようとした何人かは、彼らの手によって呪詛を感染させられた。
エレベーターも同じだ。箱の中に二人、箱の上に二人、それをエレベーター全てに潜ませて、利用しようとした全員を呪詛に感染させた。
感染していないのは、隠形に優れる者か、運良く感染者のいない部屋に籠城出来た者。
彼女の仕事はほぼ、終わっていた。
「そっかー、上かー。階段も使ってくれてるようだし、合格だねー」
無機質な瞳が、ぐにゃりと歪む。
ふかふかのソファーから飛び退いて、エレベータのボタンを押す。
呪詛の中心である彼女に襲いかかる者は誰もいない。感染者に埋め尽くされたホテルでエレベーターを使う者だ誰一人いない。
ノンストップで目的階に到着した女は、フレデリカ達の前に立ち塞がった。
「やぁ、やあ、やあー、お待たせしちゃったかなぁ? 遅れてゴメンねー。エレベーターが混んでてさぁ」
ケラケラとのたまう冗談には喜色が混じっている。
口も、目も、心底楽しそうに笑っている。
楽しみで楽しみで仕方ないと、心の底から湧き上がっている。
なのに、ただ一点。無機質な瞳が全てが台無しにしていた。
「……混んでんのはあんた以外に対してでしょう? 階段もわざとらしく防火シャッターで順路指定してるし、何? リアルホラゲーだけじゃなくて、リアルでダンジョンが作りたかったのかしら? 趣味悪いし、謎解きがないから大減点ね」
「謎解きかー。ゲームなら面白いけど、リアルでやったら詰んじゃうでしょ? だから泣く泣く未実装なんだ。ちなみに、大減点込みで何点かなぁ?」
「リアル先輩とリアリティ後輩は違うのよ。ホラーアドベンチャーを気取るなら、キャストの動きをイジって謎解きできる時間を確保しなさいよ。ソウル系の横スクロールをリアルでやるなら、弾幕ゲーも合わせないとただの作業ってことも踏まえて、二四点ね」
「辛口だね。でも甘々の点数だね-。個人的にはさらにマイナス四〇点の、マイナス一六点を付けたいところだよ~」
「はん、〇点割ってるゲームを出してくるんじゃないわよ。それでもプロなの?」
「ゲームクリエイターならプロ失格だけど~、どっちかって言うとアマのテロリストかな? 本業は兵隊だから、どっちにしろ門外漢なんだよね~」
エレベーター前の、少し広い空間で足止めを余儀なくさせる。
上層と下層から感染者を集め、人で壁を形成。いかに魔導災害と言えど、問答無用で感染者を殺害すれば実刑は確実。まして集めたのが天魔付属の生徒となれば、心理的なハードルが大きい。
「兵隊ってんなら、指揮官は鏑木家の若様かしら? 推薦者全員から掌返しされたっていう、元奥伝候補の」
「それそれ、それなんだよね~、本当に困っちゃうよ~。剣聖さんがこっちの支持基盤を一刀両断しちゃったから、強硬手段に出るしかなくて。穏便に済むならそれが一番だったけど、手足をもがれちゃったら、哀れな羽虫は乾坤一擲に出るしかないってね」
瞳の無機質さはそのままに。
けれど心底楽しそうに、ケラケラとノドを鳴らす。
下手な呪詛よりもよほど不気味で、目を逸らしてしまうほど気持ち悪い。
「何が乾坤一擲よ。裏工作が瓦解したことも含めて、そっちの力が足りないだけでしょう。政治力を誇るんだったら、カネでもコネでも積み上げて家の再興を頑張りなさいよ。どう隠蔽したって、取り潰し確定レベルの暴挙よ、コレ」
「んぅ? んんんぅ~? ああ、そっかぁ。勘違いしてるね。こっちのボスは、鏑木家が潰れようが、復興しようが、どっちでもいいの。心底興味がないからね~」
フレデリカも、ライカも、沙織も、理解できずに呆けてしまった。
奥伝候補になることが、どれほど大変であるのか。少し想像しただけでも気が遠くなる。
それだけの労力を払ってくれた一族に対して興味がないなど、呆けるなと言う方が無理な話しである。
「そうかい。草薙家を全力で襲撃した時点で予想していたけど、やっぱりか」
「おやや? もしや、草薙家の当主さんですか~? 予想通り、こっちに逃げてたんですね。居てくれて良かったです」
「待って待って、あんた達、沙織ちゃんを狙ってたんじゃないの? 草薙家と縁続きになって、奥伝になろうとしてたんじゃないの?」
「合っていますよ。奥伝になって権限が拡大すれば、交友関係が増えますからね。そうすれば、綿霧を安全に拡大できますから。あ、鏑木家を拡大したい理由も同じです。権力や財力を増やして、呪詛を拡大させる。だから、これは不本意なんですよね~」
女が語る目的は、あくまでも鏑木の目的。
呪詛ネットワークの核、伽藍を形成する赤い破滅の目的に他ならない。
感染しても、赤い破滅の思想に取り込まれていない彼女には、理解できない目的だ。
「……――なるほど、ちょっとだけ見えてきたわ。香織の言ってた意味も、少しだけ理解できた。星詠みって本当に人間かしら?」
「どうしました? 星詠みとは、天乃宮のですよね。何か言われたんですか?」
「いや、ね。星詠みからの指示が全くないのは、その方が都合が良いからだって、香織が何度も言っててね。今の話聞いてようやく、ちょっとだけ意味を実感できたなって思ったの?」
「ふむむ、なるほど? ちなみにどの部分が?」
「クソ兄貴を自由にさせた部分。あんたらが予定変更して乾坤一擲に出たのって、基本的に兄貴が原因でしょ? 多分、京都に来たらこうなるなって、予想してたんだろうなって、理解できただけよ。これがどう、星詠みにとって良いことなのかは分かんないけど」
そうなのだ。
最弱の剣聖が、奥伝候補に失格の烙印を押さなければ、鏑木は追い詰められなかった。
カース・パンデミックという魔導災がを引き起こされたとしても、状況は星詠みの掌の上で転がっているに過ぎない。
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次回は、3月18日(水) 1:00 を予定しております。
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