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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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畏怖の火

 彼女にとって、呪力は理不尽の象徴である

 彼女にとって、魔導は苦痛の象徴である。

 彼女にとって、炎は恐怖の象徴である。


(……動いて、動いて、動いて)


 彼女、牧野ライカは魔導師になる気はなかった。

 生まれながらに精霊を宿し、フレデリカの十倍の呪力を持ちながら、魔導師になる気はなかった。


(……なんで、動けないの? 成美ちゃんは頑張ってるのに……)


 ライカは、呪力があるだけの一般人だ。

 テレビで魔導災害に対処するプロが映るだけで、呼吸が苦しくなる。呪力を扱おうとするだけで、手や足が震えてくる。

 これではダメだと香織に相談したこともあるが、


「魔導師に必須なものって分かる? 魔導に対する畏怖よ。ライカのそれは人としても魔導師としても正しい反応だから、時間かけて克服しなさい。時間はどれだけかけてもいいわ。もし畏怖をなくしたら、化け物として討伐しないといけないから」


 と、アドバイスを送られた。

 脅し要素が多分に含まれているが、仕方ないことだと思っている。

 ライカは中学に上がる前、ヴォルケーノを暴走させた。デパート一棟を全焼させかねる大火であったが、たまたま近くにいた香織の尽力により、ボヤ程度の被害で終わった。

 だが、運が良かっただけだ。

 本来起こったであろう被害を思えば、恐怖して当然。

 魔導の修練がどれほど辛かろうと、苦しかろうと、制御しなければ暴走してしまうという恐怖を上回ることはなかった。


(……ううん、違う。私は、逃げてるだけ……ヴォルケーノを刺激しないように、呪力を注ぐだけなら……暴走は、しない)


 ゆっくりと、慎重に、儀式用術式に呪力を注ぐ。

 自身の内側にいるヴォルケーノが「退屈だ」とか「死なないなら暴れてもいいのでは?」的な思念が送られてくるが「集中してるから黙ってて」と強めになだめる。


(スゴいな、成美ちゃん。痛くなくても、死ぬのは辛いのに……こんなに大きな術式を)


 ライカは一度死んだら、しばらく動けなかった。

 だから、蘇生すると同時にフレデリカに立ち向かい、死ぬと同時に術式を敷く成美の強さが眩しかった。

 決して失敗出来ない。そんな重圧を抱えながら、儀式用術式に呪力を注ぎ続ける。成美が殺され続け、蘇生し続けるのに耐えながら、作戦の開始を待つ。


(――来た)


 作戦と言っても単純なモノだ。

 死を前提として敷かれた二種類の儀式用術式の一つ、檻の結界でフレデリカを閉じ込め、残る一つの攻性儀式用術式でとどめを刺す、というもの。


「儀式術式起動――マクロ、シューティングスター!」


 儀式用術式といっても、敷いたのは成美。

 プロほどの力量がない彼女が出来る術式など、数百・数千のバレットによる飽和攻撃のみ。ライカの尋常ならざる呪力量を前提とした拙い術式ではあるが、実用の一点で見れば必中必殺の域。

 術式起動から射撃までのタイムラグも、術式の規模から考えれば最速の域にあった。


「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン」


 最速の必中必殺は、最小の火界咒に焼き尽くされた。

 小咒に注がれた呪力は、儀式用術式の一〇〇分の一程度。

 魔導師であれば誰もが持っている呪力量で、全てを焼いた。術式のみならず、ライカと成美を含めた全てを焼き尽くした。


(……今のは、なに?)


 分かっていながら、問わずにはいられなかった。

 フレデリカでも、成美でもない。ただ、己自身に問わずにはいられなかった。


(なんで、あんなに綺麗なの……? ヴォルケーノより、熱いのに……綺麗、なの……?)


 トクン、と心臓がはねる。

 胸の内側、心臓よりも深い場所が、ライカに問いかける。

 どうしたいか、と。


(……たい、私は……)


 ヴォルケーノの火を、精霊の炎を知るからこそ、彼女の火界咒が理解出来る。

 万物を焼き尽くす暴虐の炎は、あまりにも精緻であった。

 例えるなら、焼け焦げ捨てられた鉄くずを拾い、時間をかけて組まれたオブジェのよう。使い道のない素材を、作り手の妙技によって芸術品に昇華させたようなもの。


(私は……私は、勝ちたい。フーカちゃんに、勝ちたい。……だから)


 だから、魔導の火に畏怖するライカに、火を灯した。


「だから、だから――力を貸して、ヴォルケーノ!!」


 抑えられないほどの呪力が立ち上り、全てが炎に変換された。

 制御されない炎が自身の肉体を焼く中、ライカはただ、手を組んだ。

 足に力が入らなくなり、床に膝を着いても、組んだ手だけは離さなかった。


「違う、違う、違う違う違う! コレじゃダメ! フーカちゃんに勝つには、もっと、もっと、もっともっともっともっと――!!」


 ライカから溢れるのは、呪力と炎と、勝ちたいという感情のみ。

 理性など欠片もない子供の駄々と変わらない。理性で呪力を操る魔導師から見れば、何の意味もない。それどころか、感情によって呪力が暴走し、魔導災害を誘発しかねない愚行。己の呪力と炎に焼かれるライカが、もっとも被害の少ない部類と言えば、どれほどの愚行かは分かるだろう。

 だが、魔導とはそこが見えぬほどに深い。


「もっともっともっともっと、もっと燃やして! 私の全部を燃やしていいから、私を、私たちを勝たせてよ、ヴォルケーノォォォッッッ!!」


 もし、子供の駄々を聞き届ける存在がいるのなら?

 もし、聞き届けるにたる供物があるのなら?

 この二つが揃ったとき、子供の駄々は駄々とは呼ばれない。

 人はその駄々を――祈りと呼ぶ。


「――はあ、はあ、はぁ、はぁ」


 呪力の流出が止まり、炎は形を成して安定した。

 それは、炎で出来た大いなる人型。

 精霊ヴォルケーノの影である。


「……はあ、これだから嫌いなのよね。才能のある人間って」


「私、は……フーカちゃんは、スゴいって……思うけど」


「一〇年の努力を、泣き叫ぶだけで埋めるられるってのはね、才能って呼ぶんです。何です、その巨人。呪力の質からして精霊っぽいけど、もしかして精霊憑き? いや、子供の癇癪を形にするんだから、精霊の巫女か。――どっちにしろ、大した才能じゃないですか」


 嫉妬を隠さないフレデリカの周囲は、火界咒に埋め尽くされている。

 プロの魔導師でも踏み込めば瞬時に消し炭になる炎の海。だが、精霊の影には突破可能だった。


「神火清明、神金清明、神木清明、神土清明、神水清明。五行相克の理を持って、我、神意を示さん」


 突破可能だった炎の海は、フレデリカの頭上に収束する。

 鞘に収めた剣を抜き、天に掲げると、収束した炎は一つの形を成す。

 それは、剣であった。フレデリカが握る剣と瓜二つの、火界咒の剣であった。


「剣? 龍、じゃなくて?」


 火界咒は、不動明王が背にする炎の具現。

 それは不動明王像には不可欠な要素の一つであるが、炎だけが不可欠ではない。

 一つは、不動明王が手にする剣。そして、剣に巻き付いて龍。


「自分を不動明王と定義して、火界咒を使ってると思ったんですか? 巫女のくせに不敬すぎます」


 魔導には数多の法則がある。その一つが相似。

 誤解を恐れずに簡潔に表現すれば、再現度の高いコスプレをして大元の力を引き出す、という法則だ。


「そんな不敬だから、先輩は煩悩まみれなんです」


「…………っ、ヴォルケーノ!」


 炎の巨人は、ライカに勝利をもたらすために飛び出した。

 近付くだけで全てを焦がし、触れれば全てを焼き尽くす熱量を秘めた巨人は、精霊と呼ぶに相応しい格を持っている。


「破邪顕正、万魔調伏――倶利伽羅・一刀!!」


 倶利伽羅剣。

 不動明王の持つ炎を纏う利剣。煩悩を払い、邪悪を調伏する神剣。

 火界咒によって再現されたソレは、巨人と正面からぶつかり――ライカごと斬り伏せた。


「…………はあ、なるほど」


 何が勝敗を分けたかは、口にするまでもないだろう。

 フレデリカは静かに目を閉じ、静かに吐き出した。


「わたしの完敗ね」


 光弾が、フレデリカの頭蓋を撃ち抜いた。

 ぐらりと、崩れ死ぬ間際に見たのは、蘇生すると同時に引き金を引いた、成美の姿であった。

お読みいただきありがとうございます。


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