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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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え、エグぅっ!

 武術の奥義を金銭で売買する。

 こう聞くと眉をひそめる者もいるが、古くから行われてきた普通の行為である。

 そもそも、道場という制度自体が技術を金銭で売買する行為なのだ。また、技術の伝承という観点で言っても、技量の高い者しか使えない曲芸など価値が低い。武仙の三剣はこの曲芸に分類されるのだが、奥伝の再現術式は金銭で売買出来る程度には普及率がある。

 では、奥伝の再現術式は、一億円の値するのかと言われると、答えが難しい。


(……え、エグぅっ! 使用権に一億て、個人じゃほぼ無理なくせに、組織なら無理すれば払えるとか、意地が悪いにもほどがあるんですけど!?)


 問題となるのが、使用権である点。

 権利を買い取った本人は使うことが許されるが、広めることは許さない。

 奥義の伝授では普通のことだが、一億円という金額は、大卒の生涯年収の半分に匹敵する金額だ。これをポンと支払える個人となると、資産家や企業経営者の一部となる。響也は奥伝なので高収入を得ているが、彼の個人資産では支払えない。

 それでも支払うとなれば、外部からの支援を受けることになるが。


「剛毅やな。直弟子とかならまだしも、閣下の目が届かんワイに売ったっても、広めかねないやろ? 例えばそう、実家の鏑木家からの庇護を受けとる身やから、義理とかしがらみとか色々とあるさかい」


「小利口にまとまってるからこその嗅覚を評価してのことですが、広められた場合の対処ならすでに打っています。――姉弟子に再現術式を渡す対価として、武仙流の武威を示すことを託しているので」


「…………控えめに言って、一族郎党根絶やしにされるな」


 無断で広めたら血祭りにあげるなど、法治国家では許されないことである。

 だが、武術の世界ではよく行われてきた。まして悠太の姉弟子は、一〇〇年を越えて生きる化け物であり、戦場を渡り歩く戦闘狂。法律への配慮などあまりしないのだ。


「閣下の信用を裏切りたくないんで、断らせてもろてもええですか?」


「一括が難しいなら、分割にも応じますよ?」


「すんませんね。閣下と実家のどっち取るか言われたら、どうしても後者になりますんで。ご期待に添えず申し訳ございません」


 ピンと背筋を伸ばしたまま、九〇度倒れる。

 悠太は少し寂しそうしながらも、響也の意思を尊重した。


「であれば、今回は縁がなかったと」


「お待ちください、剣聖殿!!」


 悠太の背後。

 道場の入り口から人をかき分けながら、声が張り上がる。


「響也さんへの伝授について、ご再考を! 術式流出の防止については、我々鏑木家が徹底した対策を」


 剣聖と奥伝の稽古を見るために、この場には奥伝が集まっていた。

 達人と呼ぶ以外にない彼らのほとんどが、悠太の初動を見逃した。

 達人以外の者達が気付いたのは、悠太が動き終わってからだった。


「鏑木さん、これはなんです?」


「……あー、この前話題に出した、ウチから出しとる奥伝候補者です」


 剣型のデバイスが、首に添えられていた。

 術式がなければ鈍器そのものである棒との接触面からは、血がこぼれている。

 そのこぼれかたは、剣人会であれば誰もが見覚えがある。真剣で首の皮一枚斬ったなら、同じように血がこぼれ落ちると。


「論外」


 ナマクラすら真剣に変える、剣聖の絶技に誰もが言葉を失う。

 魔導を用いずとも、剣を極めるのに魔導など必要ないと、行動で示した悠太の次の言葉を誰もが待つ。

 だが、待てど暮らせど静寂のみが支配する。


「…………閣下、ワイは言いたいこと分かりますけど、言われた本人が何も理解できてないんでもう少し言語化してもらえません?」


「そう?」


 面倒だと言いたげだが、この場は響也が正しい。

 言葉は伝わらなければ意味がない。伝わったからといって、救われるわけではないが。


「まず技量が論外。一足一刀の初動を見逃すのは当然としても剣が触れるまで見えてさえいない。胆力も論外。微動だにしていないが術式による身体制御の結果にすぎない。判断力も論外。術式は条件発動によるもので今もどうしていいか分からない。ついでに政治も論外。鏑木さんが辞退した理由を理解していない。欲の制御も論外。望外の利益に飛びつき最悪の行動に出た。奥伝の決断を踏みにじった。奥伝への推薦自体が論外。一族を背負う者としても論外。要職についた時点で家が傾くだろう。無能の働き者と言えばいいのか。家の力と自分の力の区別さえついていない。論外以外にどう評すればいいのか俺には想像もつかないな」


 言葉で人が斬れるなら、原形をとどめないほどに細切れになっている。

 個人への評価を通り越して、家に対する攻撃と捉えられてもおかしくないほどである。鏑木家の者がいれば反応するかも知れないが、誰も動けないでいる。


「…………っ……」


「言いたいことがあるのか? 構わないぞ、別に。好きに言えばいい」


「……剣人会の施設でこのような蛮行、例え剣聖であっても」


「論外よりも下の評価がないのが残念でならない。よほどの温室で育ったのだな。仕方がないからもっと噛み砕いて説明をしてやろう」


 面倒くさそうに、浅く息を吐いた。


「まず蛮行を働いたのはお前の方だ。剣聖と奥伝の決定に異を唱えたこと、これを蛮行と言わずに何と言う? 鏑木さんがお前の部下だったとしても、唱えて良い異は部下を引き抜くなだ。自分の意思で留まった部下を労いもせず、利益を取らなかったことを責めるなど上に立つ者として論外以外の何ものでもない」


 彼は気付かない。

 首に触れる剣を維持したまま、悠太の身体が揺れていることに。


「次に、剣聖でも許されない、だったか? これは事実だ。外様の俺からお前を救おうとする者は多いが、誰も動けない。なぜか分かるか?」


「救おうとして、動けない? 何を根拠に」


「気付けないのはお前が奥伝に値する実力がないからだ。他の奥伝が動けないのは、俺に気付かれずに動くことができないからだ。失敗する度にお前の首が飛ぶ姿を幻視し続ければ、動こうとする気すらなくなる。自分には理解できない隔絶した何かを示し続けること。剣聖の武威とは、歴代の剣聖がこれを成し続けたからこそ生まれたもの。奥伝の武威も同じ事。論外であるお前が穢すことを俺は許さない。それは剣聖の武威の失墜にも繋がるからだ」


 悠太の行う蛮行が許されているのではない。

 許さざるを得ないほどに、悠太が隔絶しているのだ。

 もちろん、理由なき蛮行であれば被害を覚悟して仕留められるが、悠太に理由を与えたのは彼の側だ。故に、被害を出して諫めることは許されない。


「閣下-、ひっじょーに心苦しいんですが、そこまでにしてもらえませんかね?」


 実力行使が許されないのなら、どうすればいいか?

 答えは簡単。言葉で止めれば良いのだ。


「不思議なことを言うね、鏑木さん。コレが穢したのは主に、俺ではなくあなたの武威だというのに。恥も外聞も捨てて土下座をするのですか?」


「これでも鏑木家の一員なんでね。殺されるわけにはいなんのですよ。代わりに俺の――……何にしましょう? 命は釣り合いませんし、腕や指もちょっと…………うん、そうですね。足と手の生爪剥がしますんで、勘弁してくれません?」


「……やっぱり、大人相手はやりづらいですね。いいでしょう、鏑木さん。自身のためよりもお家のためを思う覚悟に心を打たれました。子供のように堪え性のない行動をしてしまいもうしわけありません。――が、剣聖の一人として正式に断言します。コレに奥伝の資格はない。剣人会の皆様も合わせ、ゆめゆめ忘れぬように」


 剣を収め、道場を後にする。

 奥伝の動きを止めるほどの圧は綺麗さっぱり消え去っていたが、彼の残した言葉は剣士達の胸から消えることはなかった。


お読みいただきありがとうございます。


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