小利口にまとまって
「閣下に鶴の一声をいただけるなら、確実に流れるでしょうね。問題がありますけど」
「そうよね、南雲くんは一種の鬼札だもの。試合は当然として、顔だって合わせないようにするに決まってるわ。――でも、所詮はお山の大将。そいつの取り巻きを一人ひとりそぎ落としていけば、出てこないわけには行かないわね?」
声を聞いただけで、自身の腕一本をそぎ落とされる幻覚を見た。
「せ、……せやね。自分を守ってくれん親分とか、イヤに決まっとるからね。……ただ、閣下がそぎ落とすんはちょっと無理があるんやないかと……」
「そうね。南雲くんに襲われたんじゃ、逃げるのは恥じじゃないわ。誰だって逃げるし、私だって逃げる」
剣聖とは理不尽の具現である。
呪力不足で魔導を使えない悠太でさえ、化け物である赤い妖精を滅しかけている。
これは、通常の奥伝では幾人集まっても為し得ない偉業。そんな不可能を覆すような埒外に狙われたなら、逃げるのが当然だ。
「だ・か・ら、頑張ってそぎ落としてね、フーカ」
背筋が凍るような笑みを向けられ、反射的にライカを抱きしめる。
手加減を知らない抱擁はライカを圧迫し、痛みと息苦しさから全力でタップするも、フレデリカは歯を鳴らさないように振る舞うのに必死で気付かない。
「……なんで、……わたしが出てくるのよ? ただの初伝にやらせても、挑発にもならないと思うけど」
「不安なのは分かるわ。魔導三種と初伝を両方持ってるのなんて、剣人会には腐るほどいるものね。けど、フーカはただの初伝じゃないわ。剣聖の直弟子で、あの武仙流の関係者。剣人会にいるなら無視できない」
正確に言うなら、無視するヤツは派閥争いに無関係の可能性が高い。
客観的にフレデリカはただの初伝だ。剣聖の直弟子ではあるが、師が誰であろうと現在の剣の腕に関係はない。
だが、派閥という所属や肩書きに意味を見いだす者には、無視することが出来ない。
「否定はしないし、事実ではあるけど……わたし、武仙流じゃないわよ? 兄貴から初伝はもらったけど、武仙流は名乗るなって言われてるし、名乗る気もないし」
「一足一刀だけしか使えないのに、流派なんて名乗らせるわけないだろう。他のが使えたとしても、武仙流の精神を殉じる気がないなら名乗らせないが」
「兄貴みたいな気狂いしかいない流派なんてこっちから願い下げよ!」
師匠と流派を貶す発言に、響也はぎょっとする。
剣人会でそんなことを口したなら、腕や足を切り落とされても文句は言えない。
悠太がどのような行動に出るか分からず身構えるも、本人は静かに頷くだけ。
「だから名乗らせないと言っているだろう。――それよりも、ライカ先輩をいい加減放せ。窒息しそうになってるぞ」
「え? ――あ、ご、ごめんさい先輩! 大丈夫ですか――!!」
解放されたライカは、ぐったりとフレデリカにもたれかかる。
目尻は涙で濡れており、必死になって介抱を始める。
「本気でこれを使うのか? 師としては良い経験になると思うが、個人的には使い物になる気がしないんだが」
「別に平気でしょ。フーカの一足一刀は分かってても斬られる域にあるし、防がれる前提の組み立てもある。それに、負けるまでがワンセット。直弟子に勝ったから稽古をつけてやろうって言えば釣れるし、流れで奥伝候補も引っ張れる。実に無駄がないわ」
「お姫さん、やっぱ怖いわ。そこまでされたら出てくるやろうけど、星詠みが関わってないんわ確信できたわ。前提から間違ごうとる」
天乃宮家と関わる上で、星詠みが介入するか否かは重要な項目だ。
介入されたら最後、戦略的勝利が消え失せてしまうのだから。
「ワイが言うた問題は、引っ張れるかどうかやない。何で奥伝認定されるかが問題なんや」
「無理やりなんだから、実戦じゃ使えないレベルを通すんじゃないの? 奥義を伝授するならそれで充分だし」
「奥伝技・再現の新手法を確立した。押し通そうとするんはこれや」
武術を極めようと思えば、魔導は必須となる。
身体能力の強化、身体の精密制御などに使用することは当然であり、武術の奥義ともなれば魔導を前提とするものがほとんどだ。
奥伝技・再現とは、既存の奥伝を別の方法で使用すること。
既存の方法では使えずとも、別の手法ならば使えるケースは多くある。そのため、奥伝使用者を増加させる再現の確立は、奥伝認定に値する偉業となる。
「字面だけなら真っ当に聞こえるんだけど、どんな欠陥手法なわけ?」
「改良の枠に留まっとるんが一つ、鏑木家全体で十何年も取り組んだ成果なんが一つ、それを一人の成果だと押し通そうとしとるんが一つ。無理やりの理由はこんなとこやね」
「手法自体に問題はないのね。――ちなみに、再現した奥伝は三剣?」
「武仙流の破城剣や。使うだけならワイでもいけたし、大元を作ったんが鬼面殿やから性能自体も問題ない。――やから、閣下じゃどうしようもできん」
武仙の三剣は、全てを斬る剣――絶刀を三分割した奥義。
絶刀よりも習得難易度が下がってはいるが、どれか一つでも習得できれば奥伝に至るほどの難易度。天才と呼ばれた達人が生涯をかけても、習得できないことも珍しくない。
故に、剣人会では三剣の再現に力を入れている。
再現では絶刀には至れないが、そもそも絶刀が過剰であるし、絶刀でなければ斬れないのなら斬らずに制圧する方法を模索する方が健全とも言える。
「……めんどう、ね。心底めんどうだけど…………見えてきた。その詭弁を通したいから草薙家の支援が欲しい、と。――やっぱ舐められてるわね」
「先に言うとくけど、ワイやないからな。長老共がとち狂っただけやから、ワイを巻き込まんといて」
「疑問なんだが、鏑木さんに発言権はないんですか? 小さくまとまった小者ですけど、現役の奥伝でしょう。小利口には小利口なりの立ち回り方があると思いますが」
「…………いま、グサッと来たんやけど、手加減して……」
剣人会で奥伝を取ることは、魔導一種の取得に匹敵する難行である。
が、逆を言えば魔導一種と同程度には奥伝がいる。一世代に一人出れば多い剣聖と違う点はそこにある。
「まあ、鏑木家の剣として正当なんはワイやけど……術式や使用条件が古いから、どうしても剣人会の主流にはなれんのや。せやから、成果を出しかけとる流れを止めるんは、鏑木の人間としてはできんのや」
悠太は、首を傾げた。
「夏休みに剣を合わせましたが、特に古いとは思わなかったですよ? 多数の呪力を一人に集約する術式、処理能力を分散して多数を操る制御法、軍勢から個人まで対応できる懐の深さ、後天的に術式を付与できる拡張性、退魔技巧の奥伝とはかくあるべきと言わんばかりの妙技でした」
「……お、おおう……思いの他、高評価で驚きや」
剣群操魔の境地。
そう評するだけの妙技であり、悠太でさえ二度も後れを取っている。
「問題があるとすれば、使用者が小利口にまとまっている点でしょう。常識なんて知ったことか、正邪は勝った後に俺が決めるから外野は黙ってろ、と言わんばかりのクレバーさがあればすぐにでも本物になれるというのに、残念極まりない」
「…………上げてから落とすの、やめてもらいます? ワイ、泣きますよ? 恥も外聞もなく、駄々こねて泣きわめきますよ?」
「それです、あなたに足りないのは。恥も外聞も捨て去るところから始めましょう。絶対に外さな一線だけを決めて、そこ以外は捨てましょう」
入り口から、ソファーまでの空間を指差す。
「………………大の大人に、駄々こねろと?」
「足りません。駄々をこねて、泣きわめき、恥じも外聞も掻き捨てましょう」
目を細めたり、声を荒げるようなマネを、悠太はしない。
非情なまでにフラットに、指を指し続ける。
小利口にまとまった響也は耐えられなくなり、悠太が指差した場所に寝転ぶ。
「うぐ……ぬぐぐ……うぅ、わあああああああん! 閣下ヒドい、閣下はヒドい!! 必死で演技しても蹴り飛ばすし、褒めたと思うたらすぐに落とすし! 言うに事欠いて小利口とかなんねん。ストレートに弱いとか言われた方がまだマシ――」
ガチャリ、とドアが開いた。
室内の音が漏れないよう、遮音の結界を張っていたことが災いしたのだろう。
「失礼しまー………………したー」
人数分のお茶とお菓子を盆に手に持ったまま、ドアが閉まる。
大の大人、それも奥伝が恥じも外聞も掻き捨てて、駄々をこねて泣きわめいていたのだ。
良識ある人間なら、見なかったことにするだろう。
「――ま、待って! これには事情が――!!」
悠太は思う。
鏑木響也が殻を破るにはまだまだ時間がかかるだろう、と。
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