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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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無理やり押し通したい

 近代的なビルではあるが、剣人会には道場がある。

 剣豪集団であるため当然であるが、道場だけが剣人会の設備ではない。

 更衣室、シャワー室、仮眠室、食堂など、その気になればビルに住めるだけの設備が揃っている。会員向けの設備のため組織として力を入れているが、それ以上に力を入れている設備がいくつかある。

 その一つが、応接室だ。


「いっつつ……閣下、顔蹴ったとき、割と本気やなかった? 鼻血が出たのと、まだいだ痛みが……」


 革張りのソファーに腰を下ろした響也は、血が流れる鼻に詰め物をしていた。


「収拾がつかなかったからな。俺が手を出すか、天乃宮が動くまでやる気だったろう」


「そりゃ、こっちからやめる気はなかったですよ。剣聖の権威に傷を付けたんですから、当然っちゃ当然ですけど、もうちょっとやり方があったんやないかなって?」


「天乃宮に蹴られたら、骨が数本砕けると思うが、その方がよかったか?」


「閣下のお慈悲に感謝いたします!」


 職人が丹精込めて仕上げた木製のテーブルに、額を擦りつけた。

 悠太は居た堪れなくなったので視線を外す。タイトルは知らないが目を引く風景画や、さりげなく飾れた質の良い調度品が並んでいる。


「あら、まるで私が手加減も出来ない未熟者のような言い草ね」


「お前が手加減をミスるとは思ってはいない。むしろ、意図した本数だけを適確に折れるだろうし、有効だと思えば躊躇なく折るとは思っている。――ただ、面倒だと少しでも思えば死なない程度の手加減しかしないとも思っている」


「よく分かってるじゃないの。奥伝なんて殺さらなきゃ文句言われないのを相手にして、神経尖らせて手加減するなんて無駄だもの」


 ヒエッ、と呼吸を詰まらせる。

 響也は香織から距離をとろうと身をよじるが、ソファーから立つことはなかった。


「あははは……天乃宮のお姫さんは怖いな。ワイもちょーっとやり過ぎかな思いましたけど、周りから見たときの分かりやすさを優先しただけなんで。見苦しくても見逃してもらえたらうらしいなぁ、なんて」


「あら、混血の鬼だからって信用しないのはヒドいわ。大丈夫よ、演技が三割ほど入っているのは見れば分かるし、ちゃーんと台本通りの行動だったから。鼻なんて目立つところじゃなくて、肋骨に守られた胸部を蹴り上げる程度には配慮するつもりだったわ」


「あかん、閣下助けて。肋骨全部折られる!」


 悠太も響也も、香織の発現に冗談が含まれていることは分かっている。

 ただ、冗談が三割しか含まれていないのが怖い点だ。


「……鏑木さんは演技が上手いですね。俺は受付を上手く誘導できなかったので、少々うらやましいです」


 演技、台本という発現の通り、受付での一幕は意図したものだ。

 剣聖という剣人会でも最上位の権威ある存在を、受付ごときが追い返したという事実は、誰でも分かるスキャンダルだ。剣人会から距離をとっている悠太が相手では、少し弱くなってしまうが、鏑木響也という奥伝を間に挟むと話は変わる。

 奥伝が招いた剣聖を、受付の独断で追い返した。

 幕府が存在した封建社会であれば、腹切りさえ許さず斬首されるほどの失態だ。


「待った待った、お姫さんは本気で怖いねん! ――けど、受付のは向こうのせいやろ。自業自得や。ワイがいつでも来てって言ったこと伝えたんやろ? なら、名前聞いて伝言するんが筋や。なのに独断で追い返すとか、擁護できん」


「まったくね。南雲くんが悪者になる前提でチャート組んだのに全部台無しになったわ。天乃宮系列企業であんなことやったら、厳重注意の上再教育よ。あんなのが表に出てるって、派閥抗争と身内人事、どんだけ蔓延ってるのよ」


「ワイも当事者やから言い訳になるけど、ここまでとは思わんかった。ちょう力入れて口出しせんとマズいかもしれん。草薙家にちょっかい出しとる時点で終わっとるけど」


 犠牲者を出すような策を実行したのは、堂々と剣人会に乗り込むため。

 本来、草薙家を含めた天乃宮家と、剣人会は敵対をしていない。提携や同盟などを結んでもいないが、用事があれば仕事を発注したり、必要があれば交渉をしたりと、中立を前提とした協力関係となっている。

 それが覆されたのは、剣人会内での派閥争いに関係がある。


「改めて、あなたの口から聞かせてもらえないかしら。鏑木家はどんな身勝手な理屈で、草薙家が養育する鬼を欲しているの?」


 今はまだ、交渉の前段階。

 剣人会内に味方を作るために、情報収集をしているにすぎない。

 呪詛を振りまいて威圧するような前はしないが、嘘偽りを口にすれば顔面を陥没させるぞと目が血走っていた。


「……ワイは鏑木家の主流から外れとる前提ではなるけど、奥伝認定を無理やり押し通したいゆうワガママが発端や」


 奥伝とは、武術世界における魔導一種だ。

 国家資格ではないため明確な基準があるわけではないが、剣人会から奥伝認定がされれば世界中どこででも道場を開くことができ、奥伝の独断で未開の地で剣人会の支部を建設することも可能となる。

 また、発言力も大きくなるため、奥伝の数=派閥の力という図式が剣人会で成り立つ。


「意味があるのか? 未熟者を奥伝にしたところで、即死ぬと思うぞ」


「奥伝が全員ドンパチしとるわけやないですよ。四割くらいは後進の指導に励んでますし、無理筋で通したのは大体そっち側になりますから。閣下の流派で例えるなら、三剣が使えるだけの状態、みたいな感じですかね?」


「三剣を修めただけだと中伝なんだが……まあ、そういうものと思っておこう」


「頭おかしい流派は別にして、なんでうち……草薙家が関わんのよ。武闘派だからそっちに所属してるのもいるけど、不義理にならない程度に距離置いてるから無意味じゃない」


 頭おかしいと言われた武仙流は、不義理になるレベルで距離を置いている。

 夏休みに剣人会の作戦を台無しにしたのが不義理でないはずがない。成功しようが失敗しようが関係なく、よほどの例外でない限り腕の一本と引き換えに除籍処分となる。

 剣聖という権威は、このよほどの例外にあたる。


「その武闘派が、浮遊票になっとるんがポイントや」


「……やっぱりか。そんなくだらないことのために、沙織との婚姻を求めたってわけ?」


「先言っとくけど、ワイは無関係やからね。閣下が縁を切れ言うんなら、喜んで鏑木家とは縁切りするから、その前提で言うけど…………その通りや」


 呪詛が漏れ出さなかったのは、香織の制御が完璧だからだ。

 どれだけ感情を揺さぶられようと、どれだけ世界を呪い殺したくなっても、術式を起動しなければ呪詛を出さないからこそ、天乃宮香織は天乃宮本家に迎え入れられたのだ。


「私も魔導師の端くれだし、天乃宮っていう古い一族の末裔だから、政略結婚の意義くらいは理解してるけどさ――いくら何でもうちを舐め過ぎじゃない? 純血の鬼とか抜きにしてさ、ワガママしたいから未成年の娘寄越せってさ、皆殺しにしてくださいって遠回しの集団自殺願望が出てたりしない?」


「……うん、ワイも思う。ワイを含めた何人かは反対したんやけど、七割が賛成して押し切られた。才能に溢れた当主候補の正室で、年も近いんだから配慮してるやろなんてアホみたいな主張を長老連中が本気で通したんや」


 蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。

 鏑木家でないはずのフレデリカとライカは、二人揃って部屋の隅で縮こまる。


「その才能豊かな当主候補が、無理やり奥伝にしたい対象なのか? 近いというが、歳はどのくらいなんですか? 鏑木さんから見た印象は?」


「……せ、せや……歳は、一八の高三。秀才系やけど、剣を政治の道具にしか思っとらんね。後二〇年、修行に集中したとしても奥伝にはなれんと思うな」


「なら、俺が斬った上で才能なしの烙印でも押しましょうか? 剣聖に言われたら誰も押し通そうなんてしないでしょう」


 悠太が前向きな意見を出したのは、当主候補に憤ったからではない。

 騒がしいほどの殺気を振りまく香織の相手をするのが面倒になったからだった。


お読みいただきありがとうございます。


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