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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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どうかお慈悲を

 京都は日本有数の観光地だ。

 歴史的な建造物が多い都市であるが、それだけではない。企業が集まり現代的なビルが密集するビジネス街も存在している。古き良き建物と現代建築が融合する都市、と感嘆する外国人観光客も多いのだ。

 新旧入り交じる都市、京都のビジネス街。

 朝の出勤ラッシュが落ち着いた時間帯。悠太達四人は剣人会の支部を訪れた。


「……あの、ここで合ってるんですか? 剣豪集団の道場、なんですよね?」


「住所は合ってますし、ホームページの地図とGPSのマップを合わせても誤差はありません。ビルの看板にも剣人会が入ってますから、間違いないでしょう」


「剣術道場なのに、ビルなんですね……剣術道場なのに、ビル、なんですね……」


 道場と聞けば和風の建物を想像するが、剣人会はビルであった。

 ビジネス街のど真ん中にあっても違和感がない、ちょっと年季の入ったビルが剣人会の近畿支部なのであった。


「剣人会と銘打ってますが、武器ならなんでも教えてますよ。日本的な槍や長刀はもちろん、中国系や西洋系、探す必要はありますが中東系や東南アジア系の武器も見付かりますね。まあ、戦場での食い扶持を失った浪人集団が起源ですから、日本系が多いですが」


「でも、イメージが……イメージが崩れます…………」


「仕方ないことなんです、ライカ先輩。日本全国に万を越える会員を持つ以上、背の低い建物では機能を果たせませんし、設備が良くないと余所に取られてしまいます。現実が血生臭いとしても、上手く隠して演出しないと人が集まらないのは武術も同じですから」


 世知辛い時代と言いたいが、発足当時から現実を見据えた方針なのは変わらない。

 世知辛さは人の世だからこそと言えるが、世知辛さを受け入れ、利用し続けたからこそ今の剣人会があるのだ。


「天乃宮、昨日の打ち合わせから方針変更はないな?」


「ええ、ないわ。予定通りに進むまで外で待ってるから、上手くやりなさいよ」


「分かってるが、失敗しても文句は言うなよ。斬ることしか出来ない人間に演技をさせるんだからな」


「その時はその時。勝手に動くから心配しないで、アドリブは得意なの」


 修学旅行二日目の午前にして、悠太は早々に帰りたくなった。

 学校行事のため帰るのはマズいにしても、特別班を放棄してクラスに合流することを真剣に考え始める。

 考えるだけでやらないが。

 実行したら、天乃宮香織という混血の鬼がアドリブで動くので、やらないが。


「……じゃあ、行ってくる」


 香織を残し、悠太、ライカ、フレデリカの三人は自動ドアをくぐった。

 一階は広いエントランスとなっていた。

 商談で使えそうなカフェが併設され、ホテルに置いていそうな座り心地の良さそうなソファーや、立派な観葉植物、見栄のためにしかならないシャンデリアなどで装飾されている。

 剣術道場からはかけ離れた光景にライカとフレデリカは足を止めるも、悠太は気にせずに受付へと向かう。


「すまない。人を呼びたいのだが、ここでいいのか?」


「はい、問題ございません。――アポイントメントはございますか?」


「アポ……? すまないが、単語の意味が……」


「失礼しました。お約束はございますか?」


 受付に座る女性の目が、鋭くなる。

 アポイントメントなんて初歩的なビジネス用語を知らない小僧が何の用だ!?

 とでも言いたげに。


(拙いな。受付なら顔に出すな。出すにしても一瞬で収めろ……予定通りなので問題ないが、どんな教育をしているんだか)


 アポイントメントという単語を知らない風を装ったのは、わざとである。

 意図はもちろん、受付からなめられるためだ。


(正直、素人相手にここまでする必要はないと思うが、心配になるくらい効果的だな)


 実を言えば、悠太はなめられやすかったりする。

 剣聖という素性を知る者や、奥伝以上なら実力を見抜くため侮ることはないが、それ以外からはよくなめられる。

 まず、呪力が少ない。

 一般平均の一〇分の一という、ないに等しい呪力量は、実はフレデリカ級の呪力持ちよりも珍しい。――が、珍しいだけでメリットはなく、デメリットしかない。武術の秘伝や奥義は呪力が絡むし、能力的にも呪力量が多い方が高い傾向になる。

 これは呪力を無意識に強化に回しているためだ。

 次に、悠太の実力は見抜きにくい。

 大前提として、呪力なしで剣聖に至った悠太の腕は、常軌を逸している。生涯をかけても三剣を習得できない者が多いのに、呪力なしで絶刀を修めている時点で不条理なのだが、見せ付けなければ凄さは分からない。

 また、悠太の得意とする祓魔剣は、観測すること自体が難しい。

 時間があれば破城剣で斬鉄をするというパフォーマンスをすることも可能だが、魔導術式を用いれば誰でもできること。断流剣による魔導斬りならば素人でも凄さは分かるが、受付相手への証明には大仰が過ぎる。


「約束はしていないが、近くに来たら顔を見せて欲しいと言われている。名前は確か、かぶ、かぁ……鏑木…………そう、鏑木響也だ。取り次いでもらえないだろうか」


「失礼ですが、鏑木様が奥伝というのは理解していますか?」


「知っているが、それが?」


「…………はあ、学生さんには分からないかも知れませんが、奥伝は数少ない正会員になります。重要で責任ある仕事を多く任されており、学生さんのように見込みのない方の相手をする時間などないのです」


 悠太は眉一つ、唇一つ動かさずに、なるほどと頷く。

 内心では「マジかコイツ。どんな教育受けているんだ。もしやこれも仕込みの一環なのか? だとしたら将来有望だな」と驚いていた。


「奥伝の希少さについては理解しているが、顔を見せろと言われたから来たのだが……」


「ならばまずはアポイントを。予定のない方を通すことはできません」


 悠太は退かなかった。

 感情を一切乗せることなく理路整然と、淡々とした口調で説得を続ける。

 自分の要求を押し通すのではなく、責めて自分が来たことだけでも伝えてくれないか、などと譲歩をみせるが、受付は全て突っぱねた。


「学生さんなので強くは言いませんが、これ以上続けるようならば警察に連絡をすることになりますよ」


 悪質なクレーマーだと思われたのだろうか、挙げ句の果てにはこれだ。

 悠太は諦めたように項垂れて、受付から離れた。


「色々言われてたけど、平気? 大丈夫?」


「予想通りではあるので平気ですよ。少し気の毒ですが」


「気の毒がる必要ないわよ。追い返すのは仕方ないにしても、感情的になって人格否定始めたときはちょっと手が出そうになったわ。……ガマンしたけど」


 三人が集まったのは、受付から見える位置。

 こそこそと小声で「受付が悪い」と言い合っていると、受付は顔を真っ赤にしてにらみ付けてくる。怒鳴らないのは理性が勝っているからだろうが、少し突けば堰を切ったように罵詈雑言が飛び出すことは間違いない。


「まあ、気の毒だろうと何だろうと、俺のすることは変わらないが」


 スマホを取り出し、電話をかける。

 三コール目で繋がった。


「ああ、ども、南雲です。近畿支部にいるんですが、受付で止められまして。――ええ、奥伝は忙しいから学生の相手してるヒマはない。アポイント取ってから出直せと言われたので、予定を聞きたいと思い――……」


 通話は急に切れた。

 再び操作をするが、一〇コール、二〇コールと続いても誰も出ない。

 一度切ってまたかけ直そうとしたが、する必要はなくなった。


「調子乗ってスンマせんした――!!」


 目当ての人物が土下座をした。

 カフェの客や店員、エントランスにいる全員が振り向くような大声を出しながら。


「…………えっと……――何してるんですか? 奥伝がただの学生に土下座なんて」


「堪忍してください! 剣聖閣下相手に無礼を働いたんです。お怒りはごもっともですが、どうか、どうかお慈悲を、お慈悲を――!!」


 悠太はちらりと、受付を見る。

 真っ赤だった顔は青を通り越し、死人のように白く染まっていた。

 場を修めるため、悠太は面倒くさそうに、土下座をする奥伝を顔を蹴り飛ばすのだった。


お読みいただきありがとうございます。


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