カビの生えた骨董品
草薙家の食卓には、特に目新しいものは並ばなかった。
煮物や小鉢、新香、焼き魚、味噌汁、白米。
種類こそ多いが食べ慣れた物ばかりで、三人は特に期待をせずに箸を付け、驚く。
食材の味を引き出す繊細ながらも、決して薄くない絶妙なバランスの煮物。パサつきやすい魚はふっくらとして、しかし箸を入れるとすぐにほぐれる。白味噌の味噌汁も出汁がよく出ているが、全体の調和を崩すほど強くはない。
家庭料理でありながら、どれもこれもが一流の技で作られていることに驚愕を隠せない。
「……米の一粒たりとも残したくない。そう思う素晴らしい料理でした。押しかけることになった我々にこれほどの歓待をいただけたこと、当主殿へは改めて感謝をさせていただきます」
「かしこまらないでください、南雲殿。妹からの要請とはいえ、我等の問題に巻き込んだのです。料理も普段出している物しか出せないことも含め、心苦しいのはこちらなのです」
「分かりました。この一度だけでやめさせていただきますが、料理が素晴らしいのは本当のことです。料理を作る身としては、ぜひとも技術などを教えて欲しいと思うほどに。――それと、俺のことは悠太とお呼びください。南雲ではフレデリカと被りますので」
「では、悠太殿と。私のことも当主殿ではなく伊織とお呼びください。――料理については、下ごしらえなどを手伝っていただけるのであれば、その中で教えることは可能だと思いますよ。料理長に聞かなければなりませんが、いかがいたしますか?」
「とても魅力的な提案です。ぜひに、ぜひに……と、言いたいところですが、今は修学旅行中。時間が空きましたら相談させていただく形でもよろしいでしょうか?」
心底悔しそうに、そして未練タラタラに言葉を吐き出す。
剣以外に興味を出すことは珍しいが、悠太も人間。そして料理に対する要求値が高いと言われる日本人だ。日々の食卓を豊かにする方法が目の前に提示されれば、飛びつかないはずがない。
「……あの、フーカ様、よろしいでしょうか?」
「ん、何?」
皿は全て片付けられ、今は歓談の時間。
沙織はフレデリカの近くにより、小声で話しかける。
「あの殿方は、フーカ様のお兄様、なのですよね? それなのに食事の支度をするということは、何か複雑な事情があるのでしょうか。……その、呪力などに関連した……」
草薙家は、呪詛を専門とする一族である。
外部から呪詛憑きや生成りを入れている関係上、混血の鬼種が生まれやすい土壌にあり、珍しいことだが先祖返りで純血の鬼種も幾人か輩出している。そのような家系だからこそ、草薙家の鬼種が当主になることが多い。
その中で、現当主である草薙伊織は、鬼種としての形質を発現しなかった。
幼い頃から呪詛祓い、呪詛使いとしての適性が高く、二〇代半ばで魔導一種を取るほどの才を示したため、円満に当主となった。だが――鬼種でない者が草薙家の当主となること――への不満は、表に出ないだけで確かに存在する。
純血の鬼種を当主にすげ替えようとする派閥も、日々勢力を増しているのだ。
「いや、ないわよ、別に。兄貴がご飯作ってるのは、身体作りをなるべく自分の手でしたいってだけだし。それから、南雲家ってただの農家で、そもそも兄貴の家は魔導師の血は引いてないから」
「兄貴の方は? あ……もしや、連れ子とか引き取ったとかそういう……」
「いや、違う違う。呼び方が紛らわしいのはアレだけど、わたしと兄貴は従兄妹で、魔導師の血が入ってるのは、嫁入りした母方の方。南雲家の方は本当に、まったく、ただの農家。うちの母親も、魔導二種持ってるけど農家やってるから、複雑なことはまったく」
深刻そうに低くなった沙織の声で、ようやく誤解されてることに気付く。
どっぷりと魔導界に浸かった一族から見れば、悠太とフレデリカの関係を誤解しても不思議ではないのだ。
「そ、そうだったのですね。失礼しました。言葉遣いや礼儀作法がしっかりされているので、つい……――それにしても、身体作りですか。何かスポーツをされているので?」
フレデリカは、嘘だろう、と目を丸くする。
悠太の素性について聞いていればそんな意見は出ない、と考えて気付く。
彼が剣聖であることを聞けば、呪力で確執があると思うことさえおかしいのだ。
剣聖とは、剣を持った理不尽。不条理を剣で切り裂く異常者。呪力の有無など些細なことでしかない埒外なのだから。
「ちょっと香織! 沙織ちゃんに何にも話してないの、わたし達のことを!?」
「話す必要なんてないでしょう? ライカとフーカは魔導師なら誰でも分かるし、南雲くんは知ってて当然だもの。知らないのは沙織が未熟者ってだけだから、ライカもフーカも教えるんじゃないわよ。家の人間も同じだから」
「ひ、ヒドいわ、姉さん! 未熟者はそうだけど、聞いても教えてくれないんじゃ知ることもできないじゃないの!!」
「家の人間から教わる以外の方法で調べろって言ってんのよ。もうすぐ高校生なんだから、外の世界に目を向けなさい」
「で、でも、呪詛とか純血とか、色々あるし……」
「たかが純血の鬼ってだけで、何粋がってんのよ。魔導資格取れなきゃただのアマチュアで、その辺の一般人と変わんない――いや、それ以下よ。カビの生えた骨董品だってことを自覚しなさい。話はそれからよ」
人の心をどこに忘れたんですか? と聞きたくなる言葉を、実妹に投げつけた。
沙織は唇を噛み、まぶたと手にぎゅーっと力を入れるが、目尻が涙で濡れるのを止めることは出来なかった。
「ね、姉さんに……――分かるわけないじゃない! 本家に行った姉さんに、私の気持ちなんて――……」
小走りで部屋から出て行く。
ライカが追いかけようとするが、悠太が腕を掴んで止める。
「ダメですよ、ライカ先輩。俺達には時間がないんですから」
「でも、あれじゃ伝わらないよ。香織ちゃんが言いたいこと」
「だからこそ、追ってはいけません。自分で気付かなければ意味のないことは、確かにあります。特に常識を疑い、その果てに更新することは大人にも起こりえます。今のうちに慣れろ、自分で察しろは厳しいですが、出自が特殊であることを考えれば必要なことです」
現代における魔導師とは、ただの職業である。
就くには魔導資格が必要な点は特殊だが、国家資格が必要という点では医者や税理士なども同じ。
魔導を扱うには才能が必要であるが、技術が発達した現代において、呪力があれば使うだけれなら誰でも出来る。
魔導全盛の時代とは、魔導は特別ではないのだ。
この事実を受け入れることは、魔導師になるのに必要なことである。
「それに、彼女はあまりに外を見てません。俺について気付いていない点を見るに、呪力のみが評価点になっているのでしょう。これはあまりにも危ない。先輩も分かりますよね?」
「……うん。悠太くんのこと、まったく視界に入ってなかった。剣のことが分からなくても、伊織さんの態度とか、香織ちゃんがわざわざ呼んだことを考えれば、何かあるって気付くはずなのに」
「まあ、カビの生えた骨董品は言い過ぎだと思いますが。――どうするつもりだ、天乃宮。パフォーマンスの一つくらいなら見せてもいいぞ」
武術の世界において、見栄えを重視した殺陣は普通に行われている。
門下生を集めるためには必須であるし、顧客の全てが達人であるはずがない。
見世物になる才能もまた、武人には必要なのだ。
「あの子に対してはしなくていいわ。でも、パフォーマンスはしてもらう」
白い歯を見せるように、口がつり上がる。
碌でもないことだろうと察しながら、悠太はため息をついた。
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