大好きな理由
――首が落ちる。
――腕が落ちる。
――足が落ちる。
――胴が落ちる。
呪力の光弾をくぐり抜け剣が振られるたびに、
(ヤバいヤバいヤバいヤバい、この人は本当に――)
成美は胸中で、
(本当に、本当に――スゴい!!)
賞賛を送った。
(ああ、もう――訳分かんない! いや、だんだん目が慣れてきたから、パイセンよりも腕は落ちるんだろうけど、――でも、スゴい!)
成美は昔から、何でも出来た。
初めてのことでも、すぐに出来るようになった。
難しい問題でも少し考えれば答えが出て、スポーツや魔導もすぐに上達した。
「……気に食わないわ」
「何が、ですか?」
「あなたの目」
死んで生き返ってすぐの成美に、吐き捨てるように言った。
「えー、世界的美少女なるみんのお目々ですよ-。可愛いに決まってるじゃないですか-。もしかしてー、可愛い可愛いなるみんにお兄さんを取られるのが怖いんですかー?」
反射的に煽った。
戦いを有利に進めるためには、精神的優位に立つことが重要だからだ。
ささくれ程度の痛みも与えられないとしても、勝つためには試すことが必要なのだ。
「あー、その……ごめんね? まさか鏡も見たことない貧しい子だとは思わなくて……今度、鏡をプレゼントするわ」
「はあっ!? もしかして、なるみんが不細工だって言いたい――」
「……沸点低すぎ」
――首が落ちる。
――蘇生する。
「大丈夫よ、ちゃんと可愛いから。まあ、目が気に食わないのと、イラッとしたから、イジワルしただけ」
「くっ、まさか格上から精神攻撃を受けるとは。フーカ先輩、恐ろしい子」
動揺させるつもりで、ガチに動揺させられてしまった成美。
ただ、ガチで目が嫌われてることは理解した。
「てか、目が気に食わないってなんですか? センチメンタル系な何かですか?」
「んー、そうね。わたしが出来ないことをあっさり出来ちゃう系っぽいとこ」
「あ、なるほどー。なるみんが、天才系美少女だから――」
滅多斬りにされた。
抵抗されないように、まず手足を落とされ。声が出ないよう、ノドに切れ込みを入れ。
二分もの間、死ぬことなく滅多斬りにされた。
痛みがないから耐えられたが、痛みがなくとも恐ろしかった。
「次、言ったら、一〇倍」
「……あい、ずびばぜんでじだ……」
例え戦いであっても、触れてはいけない部分があることを学んだ成美だった。
「話戻しますけど、天才肌の人間が嫌いなんですか?」
「わたしは、わたしより器用な人間が嫌いなだけ」
「り、理不尽すぎません!?」
あまりに自己中心的な理由に、思わず叫んでしまう。
「というか、フーカ先輩ってアレでしょ? あのブチャ可愛い雀を自作した不器用さんですよね! ほぼ、全ての人間が対象ってことじゃないでいですか!!」
「そうよ」
あまりにもキッパリと宣言され「あ、はい」としか言えなくなった成美だった。
「まあ、もう少し付け加えるなら、器用なのにチャランポランなヤツが特に嫌い」
「なら、ピンポイントなあたしは大っ嫌いな部類ですね! ――でも、だからこそあたしは、フーカ先輩のことが大好きですよ」
構えを解かないまま、フレデリカは呆けてしまった。
隙が出来たと光弾を撃ち込もうとして、また成美の首が落ちる。
「その道化っぷりは演技だと思ってたけど、真性だったの?」
「ちょっと頑張ればだいたい出来るようになるから、分かるんですよ。才能とかセンスじゃ絶対に届かない境地ってヤツが」
例えば、人間は動くとき、必ず予備動作が存在する。
フレデリカや悠太の使う一足一刀は、その予備動作を極限までなくすという技術であるが、これを習得するには気が遠くなるほどの反復が必要になる。
鏡の前で剣を振り、予備動作が見えなくなるように調整する。
調整するとまた、別の予備動作が生まれるので、さらに調整していく。これを延々と繰り返して剣を振る動作の予備動作が消えたら、次は移動の予備動作を――という、繰り返しの末に習得するもの。
使える者と同じ動きをすれば? と思うかも知れないが、一足一刀は繊細な技術。身長や体格、脂肪率や筋肉量の影響を大きく受ける。同じ人間であっても、日々のわずかな変化によって一足一刀が崩れてしまう。違う人間の動きをマネたとしても、一足一刀にはならないのだ。
「あたしは、やりたいことがいーっぱいあるんです。美味しい物食べたいし、可愛い服着たいし、インスタ映えした場所で写真を撮りたいし、友達とわちゃわちゃ騒ぎたいんです! 全部するには時間が足りなくて、だから、フーカ先輩やパイセンみたいな境地に割く時間はないんです」
「じゃあ、さぞかし滑稽でしょうね。貴重な時間をこんな無駄なことに費やす人間なんて」
「いえ、大好きですよ? というか、リスペクトです! あたしじゃ絶対に出来ないことが出来るんですから! 例えるならそう、アイドルを推す感じです!!」
「やめい」
袈裟切りによって、成美の胴がずり落ちる。
すぐに復活をした成美は、しゃべり足りなそうにうずうずと口を動かしていた。
「それなら、兄貴を嫌ってんのは何でよ? わたし以上に時間使って、業界的にも上澄みよ」
「あの腐った目が気に食わないんです」
思うところはあったが、フレデリカは何も言えない。
自分も同じ事を成美に言ったからだ。
「フーカ先輩の前なんでもう少し詳しく言いますと、パイセンが凄いのは一目見て分かりました。でも、パイセンはその自分の凄さが無価値みたいに思ってるはずです。アレはそういう目です。――あたしが凄いって思ってるものを、無価値って言われたら、嫌いになりません?」
思い当たる節があるフレデリカは、言いづらそうに口を開けて、すぐに閉じた。
「……こんにゃく以外、何でも斬れる剣があるとするわ」
「え、あ、はい。有名な五右衛門さん持ってるヤツですね」
「こんにゃくを斬りたくて斬りたくて仕方ない人が、その剣を手に入れたとしたら、どう思うかしら?」
論ずるまでもなく、無価値である。
「つまり、そういうことなんですか? 理屈は分かりますけど……納得は出来ませんね」
「他人の価値観なんてそんなものよ。――あっちの先輩をリスペクトする理由が分からないみたいに」
震えたまま動かず、杖に寄りかかるライカを指す。
「別に、戦闘や魔導が全てなんて思ってないけど、あの人は呪力があるだけの一般人よ。厄介なモノに取り憑かれてるだけで、むしろ哀れみさえ覚えるわね」
「そうですね、分かりみです」
意外なことに、成美はフレデリカの言葉を肯定した。
眩しいモノを見るような目のままで。
「あたしも最初、そう思ってました。中学が同じ付属中で、一方的に、一度だけ、見かけました。やりたくなーいって顔に出しながら、ほとんど泣きながら呪力制御の練習してました。……あたしは、ちょっと軽蔑しました。イヤなら別のことすればいいじゃんって」
「無理ね。呪力制御を強制的に覚えさせられたわたしの、一〇倍の呪力があるのよ」
「あたしがそのことを知ったのは、ライカ先輩が卒業した後です。当時は呪力の過多とか、よく分からなかったので」
授業として魔導に触れることが出来るのは、一部の例外を除き、高校生から。
それ以前に魔導を学ぼうと思うなら、塾に入る必要がある。魔導は人気の習い事ではあるが、才能がなければ大成しない。才能がないなら別のことに時間をかけるべき、という風潮すらある。
「でも、知った今は違います。例え泣きながらでも、イヤなことや辛いことから逃げないで自分と向き合う。それは、とっても強いことだと思いませんか? それも自分のためじゃなくて、自分の中にいる、自分を辛い目に合わせた精霊のためなら、なおさらに」
「それは、強いわね。――わたしや兄貴みたいな、自己中な人間には届かない強さね」
フレデリカの師である悠太の本質は、求道者だ。
世のため人のためにならない目的のために、剣を極めようとする自己中だ。
弟子であるフレデリカにも、その気質は受け継がれている。
「まあ、だから何って話だけど」
「ですよねー。なので証明して見せます。あたしとライカ先輩の強さを、ブラコンなフーカ先輩に」
「誰が、ブラコンだ!」
また身体が落ち、蘇生する。
フレデリカを殺すか、成美とライカの心が折れるまで続く試合に、終息の気配はない。
ただ、揺るがぬ事実が一つある。
「フーカ先輩です!!」
フレデリカは、剣士ではなく魔導師だ。
そして、身体強化以外の魔導を、フレデリカはまだ使用していない。
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