草薙家の人間
ゆらゆらと、身体が揺れる。
ガタン、ゴトン、と激しく揺れる。
揺れは不規則で先が読めず、それでいて途切れることなく続いている。
強い揺れが起こると意識が浮かびあがるが、すぐに慣れて沈み、また浮かび上がる。半覚醒の微睡みにたゆたっていると、ゆさゆさと違う揺れに襲われる。
感覚も強弱一定な規則性のある揺れ。
「――ろ、――加減、起――」
聞き慣れた声が、耳を刺激する。
微睡みに揺蕩っていた意識は、徐々に浮上していく。
「…………、ん」
自身のノドから声がこぼれ落ちると同時に、まぶたが持ち上げる。
「起きたか、フレデリカ」
「兄、貴……? ん、んん……あー、うん、起きた」
覚醒したフレデリカは、正座をしていた。
大人数が入る畳の広間に、複数置かれた長く広いテーブル。
揺すっていた悠太の手が肩から離れ、傾きそうになる自身の身体に力を入れる。
「どこ、ここ? 記憶がまったくないんだけど」
「ずっと意識がなかったから当然だな。ここは草薙家。大江山の麓で、庭に橋の架かかる池があるほど広い。ここから見える範囲でも果樹や薬の原料が植えてあるな。大名か貴族の屋敷みたいだが、三階建ての和風建築な所を見るに、時代に合わせて手を入れている」
「解説どうも……ってか、よく見てるわね。歩き回ったの?」
「まさか。正門からここまで案内されて、すぐにお前を起こしたからな。そんな時間はない」
案内されただけで何で分かるんだと言いたくなったが、フレデリカは悠太の視野が広いことを知っている。
物事を広く、客観的に観測する観の目を発展させた――空の目。
武仙が剣聖に相応しいと太鼓判を押した目にかかれば、この程度は容易いことである。
「……あれ、そういえば何で寝てんの? 駅について、車があって……」
記憶を辿って、すぐに思い出す。
不用意な感想を叫ぶと同時に記憶が飛んだのだ。香織の手がブレ、顎あたりに強い衝撃を受けたことから察するに、殴られて気絶し、起こされることなく運ばれたのだろうと。
「あー、もう、わたしの鈍感! なんですぐに思い出さないのよ! ――香織は、香織はどこにいるの!?」
キョロキョロと見渡す。
広間にいるのは、フレデリカ、悠太、ライカの三人だけ。
持ってきただろうスーツケースはないので、どこかに運ばれたと思われるが、そんな些細なことを気にする余裕はない。
「香織ちゃんなら、到着の挨拶をするからって、別行動中だよ」
「ぐぬぬ……、そうよね。実家だもんね。当主とかって多分香織の身内だろうし、顔見せるのは当然よね」
結社としての側面があるとしても、魔導師の世界では血筋が強い力を持つ。
フレデリカやライカは突然変異に近いが、どちらも血筋がしっかりしている。フレデリカは長く続く魔導師の家系、ライカは妖精種の血を伝えている。
逆に、魔導師の血を含まない悠太は、呪力が一〇分の一程度と極端に少ない。
血筋の重要性は魔導師の世界では当然のことで、氏族という形も血筋を守るために形成されたといっても過言ではない。草薙家は外部から呪詛憑きや生成りが入ってきているが、魔導三種と取れれば御の字という質がほとんど。
大江鬼の呪詛の憑けたまま正気を保ち、一〇代半ばで魔導一種を取得するような天才とは月とスッポンほどの差がある。
香織を輩出する血筋が草薙家の中核となっている、と考える方が自然だ。
「落ち着いたなら、お茶でも飲もう。煎茶だけど、京都だけあって美味しいから」
「……香りが良いですね。お菓子が欲しくなりますけど、ないんですか?」
「お昼の準備してもらってるから、ね。悠太くんがフーカちゃんを起こしたのだって、時間を過ぎないようにってことだから」
スマホを取り出そうとしたが、どこにもない。
手荷物もないが、悠太やライカも同じ。部屋にでも運ばれたのだろうとため息をつきながら、広間にかけられた丸時計を確認する。
「十二時ちょっとすぎ……不意打ちだったとはいえどんだけ寝てたんだか」
「殴られる、斬られることを警戒しないで煽るからだ。天乃宮はただでさえ奥伝級で、徒手空拳が主なんだ。ジャブなんぞ挨拶だと思っておけ」
「だとしても血の気多すぎです。よっぽどヤクザって呼ばれるのがイヤ――……っ!」
二畳ほどの距離を飛ばされた。
何かが当たった腕は骨まで痺れ、イヤな汗が全身からダラダラと噴き出す。
意識を保っているのは、たまたまだ。
たまたま、腕が顔の近くにあり、狙われたであろう顎を守っただけ。
反応どころか、何をされたのかさえ理解できない。殴られたと分かったのは、腕の痛みを堪えながら顔を上げてからだ。
「草薙家は天乃宮家の分家で、由緒正しい貴族の家系よ。古くは陰陽寮にも名を連ね、現在でも魔導省に何人も人を送ってるし、自衛隊や警察にだって同じ。何が言いたいか分かる? ヤクザは家の敵なの。暴対法が出来る前からやりあってるの。だから――そんなのと一緒にすんじゃないわよ。トマトみたいに潰すわよ」
「なら殴る前に口で言え!!」
フレデリカは魔導三種を持つプロの魔導師だが、現役の高校生だ。
魔導師としての仕事などしたことがないし、魔導戦技以外で大人と関わる用事もない。
魔導師の勢力図などフンワリとしか理解しておらず、細かな違いなど分からない一般人だ。この点では、剣人会と距離を置きながらも剣聖として仕事をしている、悠太の方が詳しいと言えよう。
「口よりも先に手が出るラインってのがあるのよ。草薙をヤクザ呼ばわりみたいに」
「そんなわけないでしょう! 姉さんがやり過ぎなだけ」
手にしていたお盆をテーブルに置くと、殴り飛ばされたフレデリカに近付く。
「暴力的な姉がすいません。お怪我は……ないわけないですよね。鬼の力で殴られたんですから。傷を見せてください」
「ありがとう。でも大丈夫、腕が痺れるだけで傷はないわ。派手に飛んだだけで手加減はしてるし、兄……師匠の扱きと比べたらどうってことないから」
差し出された手を支えにして、身体を起こす。
痺れる腕を軽く動かして大丈夫だとアピールをした。
「そう、ですか? もし具合が悪くなったら、いつでも言ってくださいね」
「フーカなら別に平気でしょ。呪力は私より多いし、剣聖が直々に鍛え上げてるのよ。その上、魔導三種と剣人会初伝も持ってるエリート中のエリート。将来有望とはこのことね」
「魔導一種を持ってる姉さんが言っても煽りにしかならないの! でも――すごい! あたし、魔導資格の勉強してるんですけど、分からないところが多くて……神楽も運動音痴過ぎて諦めざるを得ないのに、両方持ってるなんてスゴいスゴい!」
元の場所に戻って正座をするフレデリカに、興奮を隠せずに近寄った。
顔立ちは香織とよく似ており、呼び方から妹なのだろう分かる。
ただ、少女が草薙家の人間だと示す証は、顔ではない。
「褒めてくれて、ありがとう……? でも、ちょっと心苦しいな……呪力量でごり押してる所あるし、剣だってすっごい偏屈というか邪道だし……」
フレデリカの実体を知る者は、彼女を手放しで褒めることはしない。
呪力量という破格の才能を持つのに、それを帳消しにする不器用さに目が行くからだ。
悠太も師として褒めることはあるが、大抵が苦言とセット。彼女自身も不器用さには辟易としているので、素直に褒められると心苦しさを覚えるのだった。
「邪道でも何でも結果が出ているならスゴいんです! ぜひお名前を――あ、すみません。まだ名乗っていませんでしたね」
少女はフレデリカの向かいの席に正座し、居住まいを正す。
「草薙家前当主の次女、草薙沙織です。皆様にご迷惑をかけています天乃宮香織の実の妹で――……」
頭から生える複数本の角を撫でながら。
「……一応、純血の鬼種、になります」
恥ずかしげに、そう名乗るのだった。
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