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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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物理的に処分

 修学旅行は、旅行と付くが授業の一環だ。

 京都に着いたから自由行動、とはならない。一〇〇人単位の高校生を即解き放つなど、学校として責任を問われる行為だ。だからクラス単位で集まり、バスで目的地に移動する。

 魔導科も普通科も変わらない当たり前から、外れたグループが一つ。

 悠太が属する特別班である。


「草薙家は氏族でいいのか?」


「どうしたのよ、急に」


「大江山、鬼、呪詛。この時点で相当の厄い案件を、鎮めるために存在する分家が草薙家なんだろう?」


「そうよ。何か文句でも?」


「文句でなく疑問だ。俺は魔導界から距離をとっているが、分家を含めて天乃宮家が呪詛を専門としていると聞いたことがない。お前と知り合うまで想像もしなかったほどだ」


「別に不思議じゃないでしょ。呪詛なんて基本的に禁忌よ。神道系でも仏教系でも、鎮めるって方向で隠してるくらいだもの」


 呪力とは不安定なエネルギーである。

 放っておけば魔導災害を引き起こし、それを制御する技術が魔導である。

 だが、呪力を扱う以上、魔導もまた不安定であることから逃れることができない。安定性と汎用性に重点を置いた汎用術式であれば危険性は少ないが、そこから一歩でも外れれば安定性は大きく欠ける。

 呪詛も魔導の一分野であるが、性質は汎用術式とは正反対。

 人を効率よく呪うための魔導であり、根底にあるのは呪い殺したくなるほどに重く、深く、激しい感情だ。恋心を裏切られ、竜へと変じて思い人を焼き殺したという安珍・清姫伝説などは呪詛の典型例といえる。


「不都合なモノを効率よく隠そうするなら、一カ所にまとめて蓋をするのが一番だろう。制御や教育の観点からも同じだ。呪詛の専門家が集まる場所で制御を学ばせ、新しい専門家にして次のモノを受け入れる。――草薙家とは、そうした性質を持った結社なんじゃないか?」


「……はあ、人がせっかく黙ってたことを暴くなんて、無神経にもほどがあるでしょ」


「え、なに……香織みたいにヤベー呪詛憑けたのがいっぱいいるってこと……?」


 呪詛は禁忌であるが、珍しいものではない。

 軽度であればグチや嫌みも呪詛であり、広義であればライカに憑いた精霊ヴォルケーノも呪詛に数えられるのだから。


「私レベルが何人もいてたまるか。魔導資格を取らなきゃ物理的に処分される生成りを引き取ってるくらいよ」


「物理的に処分って……わたし以上に危険って事じゃないの」


 生成りとは、後天的に鬼になった人を指す言葉だ。

 現代では、魔導的要因により人間以外の要素が肉体に現れた人間種を指す。

 鬼の呪詛により混血の鬼種となった香織は、この生成りに当てはまる。

 なお、精霊憑きであるライカは混血の妖精種であるが、彼女は妖精種の血筋に連なる生まれのため生成りではない。


「フーはもともと呪力が多いから実感がないだろうが、魔導三種持ちの平均呪力量は、常人の一〇倍だ。生成りに成るほどの呪詛ともなれば、この一〇倍を軽く越えてくる。精神的に不安定であることも加味すれば、物理的な処分は仕方ない」


「でも、物理的にってつまり……殺、す…………ってことでしょ」


 人間を殺処分する――と言えば過剰かもしれない。

 だが、生成りを発症した人間は、九割が理性を失い暴走状態となる。この状態の生成りは人間ではなく魔導災害として扱われるのだ。

 なぜか、という問いの答えは単純に――危険だからだ。

 魔導災害には、怪物が具現する魔獣という種別がある。弱い魔獣でも、調伏には複数人の魔導三種持ちが必須なほどに危険である。暴走した生成りは、子供であっても弱い魔獣を一人で重複するほどの力を持つ。

 最大の理由は、肉体にある。

 魔獣は現体という仮初めの肉体だが、生成りは人間なので現実に即した肉体である。

 現体は仮初めであるため、維持には莫大な呪力を消費する。一〇〇の呪力を持った魔獣がいたとしても、九割以上を現体の維持に費やしている。対して生成りは、魔導三種クラスである一〇の呪力しか持たなくとも、その全てを破壊活動に費やせる。

 これが、呪詛が禁忌に指定される理由の一つだ。


「殺処分は最終手段だ。魔導師といえど人間だから、どうしても躊躇する」


「生け捕りにしようとして、実行部隊に死者が出たって事例が毎年出るのよね。しかも情に流されるのは魔導三種の新人で、死ぬのは魔導二種以上のベテランってのが通例。割に合わないから魔導災害にされてるのに、理由を考えられないのかって話よ」


「殺処分を強制したら、間違いなく定着率が下がる。合理で考えられるのは重要だが、人間は感情の生き物だ。これが無視できるならそもそも呪詛は生まれないし、無視できないのに強制し続ければより強い呪詛が生まれる。自縄自縛か自業自得という言葉しか思いつかないな」


 悠太が皮肉を口にするほどの袋小路。

 これが極限にまで煮詰まり、どうしようもないほどに行き詰まった状態が、香織が背負う大江鬼の呪詛なのだ。


「魔導師って、コイツらみたいなセメント思考じゃないと務まらないのかしら……?」


 莫大な呪力量から、魔導師以外の進路がないフレデリカは気が滅入った。

 悠太を間近で見ているのだから、魔導師の実体などとうの昔に理解している。殺す以外の選択肢がない者がいることも知っており、覚悟もしている。が、自身が似た状況に陥りかねない前提を前にして、躊躇なく実行できるのかと不安になった。


「フーカちゃん、あんまり深く考えない方が良いと思うよ」


「でも、間違ってないですし……」


「確かに間違ってないけど、それが正しい事だとは限らないよ。それに、あくまでも最終手段だって、二人とも分かってるから。じゃなかったら私はここにいないし、スクラちゃんだって壊されてたはずだから」


 悠太も香織も、いざという時は躊躇しない。

 文化祭では神造兵器を破壊し、朱い妖精にも刃を突き立てている。

 その一方で、悠太は夏休みには神造兵器であるスクラップを見逃している。香織も過去に暴走したライカを無力化している。

 どちらも、問答無用で処分すべき事案なのだが、処分していない。


「悠太くんも言ったでしょ。人間は感情の生き物だって。なら、本当にイヤだったら、ギリギリまで足掻けば良いんじゃないかな」


「足掻いたら、被害が大きくなるって分かっててもですか?」


「星詠みでもないのに未来が分かるの? 私は分からないよ。分からないから、できる限り備えるしかないよね。二人だけじゃなくて、魔導師なら皆そうしてると思うよ」


 自信はないけどね、と自嘲するライカ。

 フレデリカは、それしかないですね、と同意した。


「次で降りるわよ、準備しなさい」


 促されるまま、電車から下車する。

 先導する香織の後を追い、三人はスーツケースを転がした。


「香織、この後はバスに乗り換えるのよね? 徒歩なんて言ったら怒るわよ」


「私だって徒歩はイヤよ。出来なくないけど、スーツケース壊れるし、疲れるし。ちゃんと家から車出すように連絡してるわよ」


「そっか、車を呼んでるのね……」


 フレデリカの視線は、自然と一台の車に引き寄せられた。


「まさかとは思うけど、アレ?」


「ええ、アレよ。まさか、リムジンみたいな高級車なじゃくてガッカリしたの? まあ、本家が手配したらそうなるだろうけど、草薙家は発言力の低い分家だからね。年季の入った七人乗りでガマンなさい」


 二回りほど型落ちしたワゴン車だ。

 四人分のスーツケースを乗せることを考えれば、当然の選択であろう。


「……じゃあ、外にいる厳ついのは?」


「草薙家の人間よ。物騒だから腕の立つのを派遣したみたいね」


「香織様、お迎えに上がりました。お荷物は手前に。お連れの方々も、遠慮せず」


 顔には目立つ切り傷が複数と、よくよく注視すれば手の指が欠けている。

 重心や体幹も、悠太が「ほう」と感嘆の声を上げるほどで、フレデリカも根を張った大木のようだと眉をひそめる。

 戸惑いながらもスーツケースを預け、車に乗り込む。

 スライドするドアと、シートベルトを締めると、腹の底から叫んだ。


「草薙家ってヤクザかよ!!」


 香織は無言で鉄拳を飛ばし、フレデリカは意識を手放した。

お読みいただきありがとうございます。


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