ずるい! うらやましい!
「ずるい! うらやましい! 除け者反対! 仲間はずれダメ、絶対!!」
やかましいな、コイツ。
放課後の部室にて、悠太は内心で呟いた。
「フーカ先輩とパイセンが行くのは分かりま。二年ですもん。でもでも、ライカ先輩は三年ですよ! 三年の先輩が修学旅行に行けて、一年のあたしが行けないのはおかしいです! 不公平です! そう思いますよね、ねえ!!」
「思わない。ライカ先輩は諸事情で去年行けなかった埋め合わせ。お前は来年に行く予定。前提がまるで違う」
「分かってんですよんなこたぁー!」
成美は頭が良い方だ。
バカみたいな屁理屈をこねて、バカのように騒ぐことはあるが、無理筋であることを理解した上でバカをしているのだ。擬態の一種とも言える。
あまりに堂に入っているので悠太も騙されそうになるが、その時はあることを思い出す。成美は魔導術式で武仙三剣の一つ、断流剣を再現したという事実を、無理やりに頭に思い浮かべることで、擬態であると強く認識する。
なにせ、ただのバカに再現できるほど、武仙三剣は安くはないのだから。
「分かっているなら、騒いでも無駄だと分かっているだろう。おまけに修学旅行とは名ばかりのゴタゴタだ。その上、行き先は大江山だ。観光地ではあっても中心部と比べたら格落ちは否めない田舎だぞ。何をうらやましがる要素は皆無だろう」
「……確かに。字面だけ並べられたら、あたしだってご愁傷様って思います。パイセンが巻き込まれたことに関しても、ぶっちゃけザマァとか思ってます」
ぶっちゃけすぎだと思いながらも、いつものことなので何も言わない。
下手に口を出せば脇道に逸れることが目に見えているのだ。
「でも、メンバーを口にしてみてください!」
「俺、フー、ライカ先輩、天乃宮の四人だな」
「ほぼ魔導戦技部じゃないですか! 事実上、部活の合宿じゃないですか!! 仕方ないことだとは言え、あたしだけ行けないことに文句言わないとかありえませんよ!!」
予想通り過ぎて「だろうな」という言葉がこぼれ落ちそうになった。
実際に言ったら火が付いたように騒ぎ出すので、舌の上に乗った言葉を必死になってノドの奥に押し込んだ。
「文句を言いたいのは許容できるが、文句以上のことはするなよ? 直談判をされてもお前の味方にはならないからな」
「……分かってます、わかってますよ…………これでも、一応は優等生ですからね。奇行の数々も優等生だから許されてる面があるんです。便利なんで在学中は手放すつもりはないので。その点は信用してください」
「要領が良い点は認めてる」
信用しているとは言わなかった。
成美は気付きながらも指摘はしなかった。
「パイセンに認められるのは悪い気分じゃないですね。――それはそれとして、うちの修学旅行ってなんで平日にやるんですかね? 最終日は土曜ですけど、午前中には帰りますよね?」
月曜の早朝に新幹線で京都に移動し、土曜の朝に東京に帰還。
この五拍六日が天魔付属における修学旅行のスケジュールである。
「俺が知るわけないだろう。……ただ、平日の方が人混みがマシだからとかじゃないか」
「観光シーズンから少しズレた時期にしてるってのも、同じ理由かもですね。ただ、ニュースとかでオーバーツーリズムの話題見ると、マジでヤバそうですよね。京都とか、もう修学旅行に適してないんじゃないかとか、議論してましたよ。SNSで」
「SNSで議論は成り立つのか。炎上して終わりじゃないか?」
「最終的には炎上してましたけど…………」
音量が小さくなり、ついにはゼロになる。
ここまでノンストップでテンションを上げていたのが嘘のような変化だ。
疲れたのかと思ったが、顔を強ばらせながら迷っていた。
「悩みがあるなら聞くぞ。解決するかは別だが」
「……確認なんですけど、パイセンってSNSとかやってます? もしくは、剣人会で仲の良い人がいるとか」
「どっちもないな。SNSはスーパーの安売りをキャッチするだけだし、剣人会は仕事の紹介が来るくらいの接点しかない。その仕事についても、剣聖を動かすものだけだから、年に一回あれば良い方だ」
あえて言わなかったが、剣聖は一人ではない。
悠太を含めて五人が所属しており、悠太以上に話を通しやすい者もいる。
さらに、現状の悠太は赤い破滅関連の仕事を受けている。どう転ぶか分からない以上、例え仕事の話が来ても断らざるをえず、剣人会もこのことを理解しているのだから、より接点は少なくなっている。
「んんー、思った以上に使えないなこのパイセン。話す意味すらない気がしてきた」
「無理に聞き出す気はないが、言い淀んだのは俺に話した方が良いんじゃないか? と欠片でも思ったからだろう。決めるのはお前次第だ、後輩」
「腹立つ言い方しますね……けど、京都でゴタゴタとなると……うーん」
腕を組み、俯いきながら唸る。
悠太の指摘は的を射ていたのだ。
空を斬ることを至上とし、それ以外を斬り捨てる傾向がある悠太が、SNSを活用するはずがなく、剣人会と疎遠であることも聞いている。それでもなお、と尋ねたのは。
「夏休み以降ですね、剣人会の情報を得ようとフォローしまくってリスト作ったんですよ。最近は魔導戦技が流行ってるとか、仕事について漏らす情弱が意外と多いとか、発見があったんですけど……ちょっと不穏なのが混ざり始めまして」
「不穏というと」
「勘とか肌感覚でしかないんですが、同質化した意見が多くて。……それもこう、扇動されてるのに熱狂がないというか、炎上する勢いがあるのに中核は一切炎上してなくて、周囲が盛り上がって熱量に差がある、みたいな変な感じが……」
人の意見が一定方向を進むとき、熱狂という要素が入りやすい。
SNSの炎上などもそうだが、書き込みをしているのは人々は多種多様だ。書き込みやすい状況がなければ意見を出さない人から、全方位に噛みつく人、普段はSNSを見ないが話題に乗ろうとする人、など一人ひとり違う。
無秩序というべき意見を一つにまとめるには、当然エネルギーがいる。
熱狂とはその一つになりうる要素である。
「不気味とか、気持ち悪いとかか?」
「嵐の前の静けさ的な? もしくは、統率が取れた秘密結社の統率が崩れ始めた、みたいな? いや、何言ってんだろうって自分でも思ってるんですけど、あえて言語化するとそんな感じがするんですよね」
口にしながら、自分は何を言っているのだろう? と自らの発言に自信をなくす。
根拠が自分の勘というのも、うさんくささに拍車をかけているが、悠太は成美の意見を真剣に受け止めた。
「懸念点は分かったが、修学旅行と絡めた根拠は何だ?」
「……信じるんですか、こんな与太話」
「お前の感性は信用に値する。無制限に見せたとはいえ、ゼロから断流剣を模倣してみせたセンスは奥伝級と言っていい。そのお前が嵐の前と感じたのなら、無視するわけにはいかない。勘でも何でもいいから、話せるだけ話せ」
断流剣を再現したことをどうやって知ったのか、と疑問を覚えるがなんてことはない。
ヴァルハラ異界でリソースを奪った際、あの宮殿で繰り広げられた戦闘が情報として流れ込んできたのだ。戦闘中は気にかける余裕はなかったが、一週間にも及ぶ拘留中に確認をしている。
特に驚いたのが断流剣の再現であり、剣人会に知られたらあの手この手で引き抜こうとし、合法非合法を問わずに取り込もうとすると予想している。
本人は理解していると思い、一切口にせず黙っているが。
「……根拠といっても、剣人会関連のゴタゴタだと言っていたので、短絡的に」
想像以上に信用されていたことを知り、体温が上がる。
誤魔化すように口を動かし、意図せずに横道に逸れてしまうが、悠太は中断せずに最後まで耳を傾けるのであった。
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