本筋から外れる
ゴメン、と口にするが頭を下げない。
一呼吸分のためを設けたが、即座に話を進める。
「で、別行動の範囲だけど」
「待った待った、待ちなさい。もう少し説明しなさいよ」
「説明なら今からするわよ? 事前には話せない部分もあるけど、それ以外は」
「このメンバーを集めた理由を言えって言ってんのよ! 学科の違う兄貴はともかく、学年が違うライカ先輩がいるのには理由であるんでしょうが。まずはそこからよ!」
「えー……ぶっちゃけライカの理由が一番どうでもいいし、本筋から外れるんだけど、……まあ、聞きたいならそっちからね」
どうでもいいと言い切られるも、苦笑を一つもらすだけ。
ライカを気遣えと言うべきか、気の置けない間柄だと関すべきか迷うところである。
「あんた等も知っての通り、ライカって去年まで別館に軟禁状態だったでしょ? 文化祭の参加も今年からだし、修学旅行も当然行けなかったの。でも、積み立てはちゃ~んとしてたし、ヴォルケーノを抜きにすれば優等生だからね」
「ああ、確かに。ヴォルケーノ抜きにしたら成績優秀で、控えめだけど性格は良いし、何より美人だし。……うん、アレだ。ヴォルケーノがいなけりゃもっと良い青春送れてますね。わたしも不器用じゃなかったらと何度思ったことか」
「お前の不器用と先輩のヴォルケーノを一緒にするな。それと断言するが、お前は器用だったらここまで開花してない。中途半端な器用貧乏……いや、呪力量に慢心して天狗なって、躓いて騒ぎ散らかす三下に成り下がったろうな」
「……反論しにくいこと、言わないでよ…………気が沈むじゃない」
持っているので断言できるが、魔導三種は才能だけで突破できるほど優しくない。
フレデリカの場合は知識に加え、プロから見ても専門家を名乗れるほど深く修めた真言があればこそ。若くして深く修められたのは、学びのリソースをごく一部に振り分けたからであり、これは不器用であるが故の苦肉の策。
もし彼女が人並みに器用であれば、適当につまみ食いし、術式が発動するからと適当なところで投げ出した可能性が高いのだ。
「そうね、気が沈むのよ、閉じ込められた方は当然として、閉じ込めた方もね。だから罪滅ぼしも兼ねてライカを連れてくの。理由は以上よ」
「天乃宮の心情については理解したが、制度的に問題はないのか? 授業の出席など色々あると思うが」
「ヴォルケーノって、言い訳にちょうどいいのよ。ここで軟禁できてた理由の一つは、魔導一種持ちの私がいるからだし。ある意味で要が外に行くのよ、連れ出して見張らないと不安じゃない。ついでに剣聖とその弟子を連れてけば安心じゃない。――って理屈で適当に丸め込んだわ。渋る連中もいたけど、数の力に負けたから問題ないわ」
精霊であるヴォルケーノは魔導災害と同じ扱いだ。
魔導の知識があるのなら誰もが首を縦に振るが、あくまでも精霊単体での話。
ライカのような精霊憑きが相手であれば、人道的な観点や心情的な理由から、暴走しても即座に排除とはならない。ましてや、暴走したのが未成年どころか小学生であれば、成長に期待を建前に先延ばしになる。
合理を突き詰めた魔導師であっても、根本は人間だ。
精霊をある程度制御できる状態で、万が一にとどめを刺せる人材が側におり、心情的に応援したくなる事であれば、多少の横紙破りは通すことが出来るのだ。
「ライカがいる理由はこれで全部だけど、本題に入っても良いかしら?」
「別に良いけど、その前に――これが「どうでもいい」ってどういう感性してるのよ! わりと真っ当な理由じゃないの!! というか、説得にわたしと兄貴使ってるじゃないの!? 覚悟決めなきゃいけないんだから、マジで先に言ってよ!!」
「どうでもいい理由よ、ライカはついでだし、二人を出したのはちょうど良かったから。本当なら二人に声かけるつもりはなかったのよ。でもね、うちでゴタゴタがあった関係で、まとめて隔離しないと他に迷惑がかかるから仕方なく……はぁ」
ため息を吐き出して、しばらく口を動かす。
小さく、誰の耳にも届かないが、呪力がなくとも呪われそうなほどにドロドロしていた。
「あんたのうちってことは、天乃宮関連ってことよね? 隔離って言うくらいだから面倒くさい話だとは思うけど、わたし達がどう関係するのかが見えてこないんだけど」
「誤解してるようだけど、剣人会絡みよ。剣聖と一番弟子がのこのこと歩いてたら、襲撃されてもおかしくない状況なのよね」
「剣人会、かぁ……魔導戦技を荒らしまくってるから、分からないでもないけど…………天乃宮家にケンカ売るってのが理解できないんだけど……」
「何言ってんのよ。ケンカ売られてるのは私の実家で、本家は一切関係ないわよ」
フレデリカと香織は、互いに「はて?」と首を傾げる。
瞬きを三度して、香織は「ああ」と何かに気付く。
「ごめんごめん、本家と分家との違いなんて知らないわよね」
「違いって、どういうことよ。一族の格式的な話?」
「組織の形態が違うのよ。簡単に言えば、分家は氏族で、本家は結社なの」
氏族とは、血筋を主とする繋がり。一族と聞いて連想する形そのものである。
それに対し結社とは、組織を主とする繋がり。企業やプロのスポーツチームなどが当てはまる。
「……結社なのに、天乃宮家なの?」
「元々は氏族だったんだけど、魔導師の質を高めようとしたら結社になっただけよ。所属条件は色々あるけど、基本的には魔導一種以上ね。だから、本家の人間同士で子供作っても、分家に預けることになるわ」
「つまり……香織の言ってたうちってのは」
「わたしの生家、草薙家よ。平安から続く分家だけど、発言権はあんまりないわね」
「天乃宮家の力関係は知らないけど、香織は分家から本家入りしたのよね。だったら、発言力とかは上がるんじゃないの?」
フレデリカの予想は正しい。
天乃宮家の分家筆頭である隈護家は、一〇〇年の間に本家入りする魔導師を二人も輩出している。少ないと思うかも知れないが、魔導一種を取ること自体が困難なのだ。天乃宮分家の人間であっても、一世代に一人出せば多いと言われるほどに。
その上で、本家入りの基準は魔導一種「以上」であること。
本家が結社の形態を取っているのも、血族のみでは本家が必要とする魔導師の質を保つことが不可能に近いからだ。
「草薙家はちょっと特殊でね。鬼の呪詛を鎮めるために続いてて、呪詛に適合した魔導師は問答無用で本家の人間にしてるのよ。――で、呪詛について口出しされないために、発言権を放棄してるの。だから、他の分家からの手助けも期待できないのよね」
面倒くさいことに、という言葉が呪詛と合わせて漏れる。
漏れ出ても影響を与える前に対処をしているのは、さすがは魔導一種である。
「天乃宮を名乗った時点で、生家からは出た扱いなのだろう。それで関わっていいのか?」
「関わらせないのは、呪詛の扱いに口出しさせないためで、私は呪詛の専門家だから問題ないわ。あと、籍を抜いたとしても血の繋がりは強いのよ。どっちの意味でも関われるわ。あんた達についても、友人を実家に連れてくだけよ。文句なんて出るわけないわ」
「香織が色々考えてるのも分かったわ。剣人会にちょっかいかけられるってなったら、自衛しないってのも納得した。けど、まだ疑問があるわ。いくら剣人会だからって、京都みたいな観光地で襲撃しないとは思うんだけど」
「ああ、そこね。残念だけど、この班は京都市には一切合切入らないから」
え? とフレデリカは間抜けな顔をした。
「うちの実家は大江山の方の、人里離れた所にあるから」
修学旅行で京都と言えば、やはり京都市を予想する。
しかし、京都府は広く、京都全体が観光地であるはずもなく、住宅地なども存在する。
修学旅行でわざわざ行く意味がないので、観光地に行くと思い込むことは不思議ではない。
「……仕方ないことだとは分かったけど、一言だけ言わせて。――――わたしの修学旅行を返せ!!」
ただ、不満が出ることは別の話である。
お読みいただきありがとうございます。
執筆の励みになりますので、ブックマークや評価、感想などは随時受け付けております。よろしければぜひ是非。




