聞くだけ聞きなさい
「意外なほど前のめりね。よっぽど聞きたいことがあると見たけど、安心なさい。異界では頑張ってもらったから、教えて良い範囲は多いわ。ダメならダメって言うから、ダメかもとか考えずに聞くだけ聞きなさい」
「なら遠慮なく聞かせてもらうが――ライカ先輩の進路はどうなってる?」
「ちょっと待て」
香織が止めたのも無理はない。
悠太がライカの進路を気にすること自体は、問題でも不思議でもない。部活を通しての交流があり、異界では共に死線を越えている。興味が出ても不思議ではないが、わざわざ香織に聞く点が引っかかる。
もちろん、ライカの進路について香織は知っている。
ライカは天乃宮家の庇護下にあり、ライカ個人との仲も良好のため、当然知っている。
だが、一つ目の質問がこれというのは納得がいかない。
「……――別にさ、答えてもいいわよ。ライカの進路くらい。個人情報だけど、あんたのことは信用してる。けどさ、直接聞けば良いでしょ? 天乃宮本家の人間が何でも答えるって時に真っ先に聞くのがそれでいいの? そりゃ、本家の中じゃ末席もいいところだけど、今回に関しては大体答えられるってのに、本当にそれでいいの?」
天乃宮家と言えば星詠みを思い浮かべるが、あくまでも特殊性としての強み。
では、星詠みさえいなければ天乃宮家は凡百に落ちるかと言われれば、否である。星詠みこそが天乃宮家の根幹であることは間違いなく、未来予測を前提とした盤面操作は他の追随を許さないが、組織としての強みがなければ意味がない。
国内の三大派閥の一角に数えられるほどの組織力もまた、天乃宮家の強みなのだ。
組織力が大きければ、あらゆるものが集まる。人も、資金も――情報も。
「良いも何も――他にあるのか?」
「あるわよ! 妖精とか、破滅とか、あんたを軟禁した阿呆共のこととか!」
最後の阿呆共はともかく、妖精と破滅は剣聖である悠太にも情報が下りてこない。
剣聖に閲覧権限がないというよりも、情報を握っているのは初空家と天乃宮家であり、下請けでしかない剣人会が情報を持っていないのだ。
「分けたってことは、やはり妖精は破滅ではないんだな」
「もちろんよ。国際指名手配される古種ではあるし、世界を壊すだけの力を持った化け物ではあるけど、殺せば死ぬだけだもの。世界の敵はもっと面倒くさいの」
世界の敵を殺してはならない。
世界の敵とは、人の形をした滅亡要因。何の準備もなく殺してしまえば、滅亡要因が形を変えて世界に撒き散らされることになる。
しかし、滅亡要因である以上、排除しなければ世界は滅ぼされてしまう。
殺しても滅びるが、殺さなくても滅びる。
ある魔導師が「世界の敵とは、人類にこの矛盾を乗り越えさせるための試練である」と口にするほど、面倒くさい存在なのだ。
「面倒というのは、初空の十二天将と天乃宮の星詠みが動いている時点で分かっている。その上であえて言うが、必要な情報は言わなくても寄越すだろう。なら、こちらからわざわざ聞く必要はない。なにより、ここにいるのは天乃宮香織という個人だ。一族に対して聞くことがないなら、お前個人への質問になるのは当然だろう」
「……本家の連中とはベクトルは違うけど、求道思想ってのは面倒ね。それとも、色即是空の理が面倒なのかしら? で、ライカの進路だっけ? どの大学に行くかが知りたいってわけじゃないんでしょう。具体的には何が知りたいの」
「卒業後にヴォルケーノをどうするのか、だ。俺の目算になるが、事故か何かで死にかけない限りは暴走しないが、精霊は精霊だ。魔導一種がすぐに制圧できない状況に放り込むのは、政府としては容認できないと思うが」
比喩でも何でもなく、牧野ライカは爆弾である。
本人の性格的に爆発させることはなく、技術的にも暴発する危険はなくなったが、起爆条件にライカの殺害がある以上野放しには出来ない。極論ではあるが、都会のど真ん中で一〇トントラックにひき殺されるだけで、下手な空爆以上の被害が出る。
この危険を完全に排除することはできないが、起こったとしても仕方ないと思わせるレベルの安全弁がない限りは、ライカが自由になることはない。
「ヴォルケーノ対策なら簡単よ。大学受験と平行することになるけど、魔導三種を取らせるから。実力は二歩くらい足りないけど、ヴォルケーノと呪力量でごり押し可能なレベルだもの。私が家庭教師してるから、充分に合格圏内よ」
魔導三種はプロを名乗れる最低ランクだが、国家資格である。
魔導学科のある大学を卒業しても、半数以上は取ることの出来ない高難易度の資格だ。
これは魔導師の実力が生まれながらの資質に多大な影響を受けることに由来し、超が付くほどに不器用なフレデリカが高校生の時点で取れた理由でもある。だが逆を言えば、資質が乏しい魔導師にとっては、司法書士や医師免許以上に取ることが絶望的な資格である。
精霊憑きという破格どころか災害と同義の資質を持つライカならば、取れない方がおかしいのだ。
「魔導一種が断言するのだから問題ないだろうが、仮に取れなかったらどうなるんだ?」
「天乃宮家の名前使って仮免でも発行するわ。今のライカは、閉じ込めておく方が不安定になって危険だからね」
人に憑いた精霊は、宿主の精神状態に強い影響を受ける。
魔導戦技部で人と関わったライカを、再び隔離したらどうなるかなど、論ずるまでもない。
「良かった。お前がそこまで言うなら安心だな」
「天乃宮家というか、私が引き取ったようなものだからね。最後まで面倒を見るのは当然よ。けど、本当に意外でビックリしたわ。他人なんて全員同じ、興味なし、みたいなあんたがライカの心配をするなんてね。どんな心境の変化よ」
「俺は人間だぞ、変化するのは当たり前だ。もちろん、空を斬る以外のことに興味が薄いのは事実だが、人間だから情は当然ある。半年ほどではあるが、同じ部の先輩後輩、魔導戦技を通した教師と生徒だったんだ。少しでも望ましい方向に進んで欲しいと思うのは当然だ」
「真っ当ね。詰まらないくらいの正論だけど、興味はライカだけ? いや、他の子について聞かれても困るけど」
聞かれない限り言わないが、実は答えられたりする。
ライカに関わり出した時点で調査をしており、現在も継続している。
情報という一面だけを見ても、天乃宮家とは恐ろしい存在なのだ。
「フーについては当然把握している。師匠以前に身内だからな。把握していない方がおかしいし、お前に聞くのはもっとおかしい」
「道理だし、聞かれたら説教するわ、さすがに。私が言いたいのはもう一人の方。後輩の紀ノ咲成美さん。気にならないの」
「後輩に関しては気にする、しない以前だ。気にしても意味がないタイプだ」
視線で「続けろ」と促す。
「軽めの言動で道化ぶってるが、根っこは俺と同類だ。自分のやりたいことが第一で、それができないなら社会から外れることも厭わない。俺を含めた魔導戦技部で、一番どうにでもなるのがあれで、心配する必要がそもそもない。するだけ無駄という言葉が一番似合う」
「高評価で驚いたわ。気に入ってるとは思ってたけど」
「教えてもないのに、断流剣を模倣する阿呆を心配するわけないだろう。今は他人の手を借りているが、模倣可能な域にいる時点で充分に怪物だ。アレを教えるだけで食っていける人間を心配してどうする」
「……そうだったわね。夏休みの時と、異界の中でも。ライカからの聞き取りで思い知ったけど、時間さえあればあの子個人で使えるレベルになるわね。末恐ろしいというか、なんというべきか」
剣人会の門戸を叩けば、即座に奥伝を渡されるレベルの偉業である。
武仙の三剣はそれほどの奥義であり、その上に位置する絶刀はまさしく剣聖に値する絶技なのだ。
「そろそろ、お開きにさせてもらう。これ以上は明日に響く」
「あんたが良いならいいわよ。ただのお節介だったしね」
小さな公園での邂逅は終わった。
帰り道で何が起こるわけでもなく、布団に潜り込み、朝を迎える。
悠太が朝食を作り終えるまで寝入っているフレデリカは、寝ている間に何があったかなど知るよしもないのだった。
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