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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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斬れるはずのないナニカ

 魔導戦技の感想戦を終えた後は、そのまま解散となった。

 日によっては、カフェやファミレスでワイワイと騒ぐこともあるが、悠太の復帰戦であるとこと、様子がおかしいこともあり大事を取ってという形だ。

 しかし、体調には一切の不調はない。

 要因は精神面での不安定さで、正すのならば普段通りの行動を取ることが一番。

 では、悠太にとっての普段通りとは何か? 剣聖の名に相応しく剣の修練や、弟子であるフレデリカの鍛錬であろうか?

 答えは――家事である。


「またナスぅ? 秋ナスは確かに好きだけどさ、こう、毎日毎日ナスナスナスだと飽きるんだけど……別の出してよ」


「実家から大量に送ってくるんだから腐らせたらもったいない。消費の節約にもなるんだから文句を言うな」


 食事の用意だけではない。

 掃除、洗濯、家計簿の記入はもちろん、高校生らしく宿題や予習復習も行っている。

 悠太の一日を密着したのならば「コイツはいつ剣の鍛錬をしているのか?」と疑問を覚えるほど地に足を付けた日常を送っている。

 その上で答えるのなら、生活の全てに剣の鍛錬を加えている。

 足運び一つ、座り方一つ、しゃがむ動作一つ、呼吸の一つ、これら全てに意識を巡らせ鍛錬へと繋げている。達人であっても脳がパンクするほどの負荷がかかるが、やってのけるからこそ無才ながら剣聖に届いたのだ。

 睡眠中でも変わらない。翌日の行動に支障が出ないように休息するが、支障が出ないギリギリで神経を張り詰めている。


「……熟睡に入ったな」


 意識すれば寝ながらに、別室でいるフレデリカの睡眠状態も把握できる。

 ただ、精度には不安があるためドア越しに寝息を確かめてから、新調した剣型デバイスを手に外に出た。

 丑三つ時よりは早いが、深夜と呼べる時間。

 都会の繁華街ならばかき入れ時とばかりに賑やかであろうが、住宅街は静かなもの。

 街灯を頼りに辿り着いたのは、住宅街の一角にポツンとある小規模な公園。

 その中央で足を止め、デバイスを正眼に構える。


「…………すぅ」


 目を閉じて、ゆったりと身体を動かす。

 ゆらゆらと左右に揺らしながら、一歩、半歩、と前後に移動し、不規則に剣を運ぶ。

 剣術の型にしては無秩序で、舞踊にしては不規則で、しかし明確な意図があるようで、三〇分、一時間と休みなく動き続ける。

 残暑が過ぎ、だんだんと寒さが近付く季節であるが、ポタポタと汗が落ちる。

 夜明けまで続きそうな不可思議な動きは、動作の途中で唐突に止まった。


「シャドーの邪魔しちゃったかしら?」


「……構わない。鍛錬というよりは、八つ当たりに近い。…………こんな時間に何の用だ、天乃宮」


 腕で汗を拭いながら、天乃宮香織に声をかける。


「八つ当たりの割には、負けっぱなしに見えたけど? それだと逆にストレス溜まりそうだわ。剣聖になるようなのは変わり者ってことかしら」


「命題持ちの魔導師も似たようなものだろう。一代で叶えられない目標を延々と続けるなんてマネ、俺にはできない。…………用がないなら帰るぞ? さすがに明日に響く」


「用、ね。あるっちゃあるし、明日でもいいって程度ではあるけど――」


 瞬くヒマもなく間合いが詰まった。

 本職ではなくとも、下位の奥伝に互する程度の実力を持つので、香織は当然のように一足一刀を行える。また、呪詛の影響で常に闘気を纏い、些細な言動に殺気が混じりもするので、闘気や殺意の強弱で初動を察知することも困難。

 その上で、香織は一撃に必殺を込めた。

 急所は当然として、触れれば周囲の肉ごとえぐり、身体に大穴を開ける暴力の粋。加えて、肉体が腐り溶け精神が崩壊するほどの呪詛も纏わせている。

 奥伝や魔導一種であっても防ぐことがほぼ不可能な奇襲は――


 武仙流「心」の理・奥伝――祓魔剣。


 デバイスの切っ先に触れると同時に停止した。

 香織が自発的に止めたのではない。悠太の剣が、必殺を止めたのだ。


(今の、感覚は――)


 無意識ではない。

 奇襲の初動を見逃し、後手に回り、ギリギリで切っ先を届かせた。

 そして――斬ったのだ。言語化できないナニカを、心を浮つかせていたナニカを感じ取り、斬れるはずのないナニカを――斬ったのだ。


「感覚のズレはなくなったかしら?」


 何度かぐーぱーと手を動かし、ぐるぐると腕を回し、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 最後に数度剣を振り、目を丸くする。


「天乃宮、俺は何を斬ったんだ?」


「自分で見つけなさい。で、ズレに関しては問題なくなったで良いのよね?」


「ああ、もちろん。地に足着いたが……何で分かったんだ?」


 殺されかけたことを気にした様子はない。

 己の生死よりも、剣士としての位階が上がることを重視しているからだ。


「あんだけ不安定になって、学校でも騒ぎ起こして、今日の魔導戦技でも無様な姿を見せたら何かあるって気付くわよ。ましてやアレに入ったんだから、高次に触れて感覚が狂うのは当然。まあ、殺す気でって指示があったけど」


「また、星詠みか。手のひらの上は別にいいが、わざわざ干渉したってことは近いうちにやらせたいことがあるってことか?」


 外に出て剣を振っていたのも、感覚のズレを調整するため。

 死線を越えたことでズレな直ったが、月の終わり頃には調整が完了する予定であった。

 星詠みが悠太の目算を知らないはずがなく、その上で介入をしたのなら、月の終わりでは間に合わないと判断したからだ。


「今月中に何かが起こるとしたら、真っ先に思いつくのは修学旅行。しかも行き先は京都。東京が現代魔導の中心地だとしたら、京都は古き伝統魔導の中心地。――考えたくはないが、例の破滅がらみか?」


 香織は肩をすくめながら、悠太の予想を認めた。


「破滅ではないわ。言いづらいけど、身内がらみでちょっとありそうでね。地方閥だけなら問題ないんだけど、剣人会の一部も介入してきてるのよ。私が標的になってるわけじゃないけど、修学旅行でも何でも行ったらどうなるかなんて、予想できるでしょう?」


「自制心に長けた者ばかりではないからな。特に魔導師の才は生まれが九割だ。幼い頃から天才と持て囃され続けるようなのが、最難関の魔導一種を取るのも珍しくはない。うちのフーみたいな欠陥持ちは大抵が途中リタイアだ」


「しかも、しかもよ。魔導戦技で荒らしまくってる剣聖がおまけなのよ。自制心のない三流ほど、ルールから外れたなんでもありならって考えるのよ。勝算ありって考えてのことなんでしょうけど、相手にも当てはまるとは思ってもないんでしょうね」


「それに関しては、最弱の冠名も要因だろう」


 現代において、武術の才能とは呪力だ。

 身体強化の術式を起動すれば生身以上の出力を出せ、鍛錬においても術式で適切な負荷をかけることが出来る。この呪力がなく、満足に術式を起動できない縛り故に、悠太は最弱の剣聖とされる。


「私なら剣聖って付いてる時点で警戒するけどね。まあ、肩書きで勝てる程度の小者が剣聖になれるわけない、って道理が分からないから小者なんだけど」


「それもあるが、現実じゃやらない高所落下からの加速や、ダメージ無視での神風特攻もしているからな。現実ならば、と考えても不思議ではないだろう」


「後先考えないでやらないだけで、現実でもやれるでしょう」


「やれる、やれないの話なら、やれるな」


 でしょうね、と呆れる。

 魔導戦技の仮想空間は、限りなく現実に近づけることをコンセプトに形成されている。

 仮想空間内でアシストなしで出来ることは、現実でも出来ることと同義なのだ。


「……ちょうど良い機会だし、聞いときたいこととかある? 答えられることは答えるわよ」


 公園に設置されたベンチに座り、隣に促す。

 断る理由もないので、人ひとり分を空けて悠太も座った。


お読みいただきありがとうございます。


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