事実などどうでもよく
悠太の魔導戦技復帰戦は、大盛況だった。
通常、奥伝や魔導一種の参加率は一割ほどなのだが、復帰戦では五割。
残りの半分も一線級の猛者ばかりで、大半が悠太の首を狙っている状態だ。
おまけに悠太は運の悪いことに、初期位置のすぐ近くに奥伝と魔導一種が数人おり、いつものように高所から落下する戦法をとることが出来なかった。結果的に撃破数を稼ぐことができず、大変な苦戦を強いられることとなった。
「総合順位一位は取ったが、内容は過去最悪。位置運が悪すぎた点を考慮に入れても、不甲斐なさ過ぎる」
口から反省がこぼれ落ちているが、復帰戦を見た者の中で悠太を侮る者はいない。
まず、最序盤で奥伝と魔導一種に囲まれたというのに、五体満足で返り討ちにした時点で剣聖の威厳は保っている。その上で、最終的に二八人を撃破し撃破数一位、生存順位も五位という、化け物じみた結果を出している。
最弱の剣聖は健在であると、これ以上ないほど魔導界に示して見せた。
文句の声など出ようはずもなかった。
「悠太くん、お話があります」
外野から文句の声は出なかったが、身内から責めるような声が出た。
「体調が悪いなら悪いと言ってください! ハッキリ言いますが、基本的に表情が変わらないから変化が分かりづらいんです。あんなことがあった後なんですから、臆病になるくらいでちょうどいいと自覚してください!」
ただ、不甲斐なさを責めるのではない。
心配と、自分を大切にしない姿勢を責めているのだ。
「身内として補足しますが、体調面は絶好調ですよ。不調があるとしたら内面ですね。無理やり落ち着かせてますけど、今もピリピリ……じゃ、ないな。ソワソワと浮き足立っているような、たまにある感じなのでそこまで心配はありません。ただ、ここまで続くのは珍しいって点では心配かも?」
「あたしも心当たりありますね。新しいデバイスを選びに拉致されたときとか、あまりにも不自然でしたから」
さんざんな言われようだと思いつつも、よく分かったものだと感心する。
同時に、気付かれるほど表に出てしまった自身の未熟を反省する。
「ソワソワ、とは言い得て妙だな。少し感覚が狂ったというか、変なクセが付いたと言うべきか、その調整に苦心しているだけなので。まあ、一ヶ月くらいは見逃して欲しいというのが本音だな」
「一ヶ月って、何があったのよ? 空の目とか、理を開眼した時だって、一週間くらいで慣らし終わったじゃないの」
「もしかしてだけど……魔導戦技で何回か呼吸がズレたような気がしたのって、慣らしが上手くいってないから? すぐに立て直して絶妙なフェイントになってたから、気付いた人はすくないと思うけど」
「え、マジですか? ライカ先輩よく気付きましたね。フーカ先輩はどうです?」
「気付かなかったわ……ちょっとショックね」
悠太は恥ずかしくなってそっぽを向いた。
ライカの言うように、何度か己に課した禁を破りそうになったのだ。もちろん、これまでにも数え切れないくらいにあったが、その全てが祓魔剣。今回使いそうになったのは、それよりも遙かに難易度の高い絶刀だった。
祓魔剣を使いそうになった時よりもヒドく、ほぼ無意識的に。破城剣の使用に難があるために気付くことができたが、もしも練度が高ければ使っていただろう場面は多い。
原因は考える前もなく、ヴァルハラ異界での経験。
アストラによるごり押しで常時使用し続けたことが、悪影響を及ぼしていたのだ。
「弟子としても、従兄妹としても、追求した方がいいんだろうけど、話す気ないんでしょうね」
「どっちかって言うと、話せない、じゃないですかね? 十中八九、文化祭でのアレでしょうし」
成美とフレデリカには、異界での記憶がない。
ごく僅かな例外を除き、生存者の認識は「文化祭の途中で意識を失い、気付いたら病院のベッドの上だった」である。
そして例外側も、何があったかを話すことは許されていない。
そのため、異界での記憶を残しているライカは、曖昧な笑みを浮かべるしか出来ない。
「話せないっていうなら、絶対に話さないわよ。真面目で義理堅いし、そもそも論として裏切られない限りは裏切らないから」
「その辺は承知の上ですって。な・の・で~、ライカ先輩を標的にしましょう」
ぐるん、と。
四つの眼がライカへと向かった。
「な、なな……何かな、二人とも? わわ、わ、私に、聞かれても困るんだけど……」
「これは擁護不可能ね。こんな分かりやすい反応でどうやって誤魔化せたのやら」
「取り調べ全般でテンパったんだと思いますよ。元々期待してなかった上、緊張で話しも通じないってんじゃ放置するしかないですから。それに、あまり言いたくありませんが、ライカ先輩にはヴォルケーノがいますからね。爆発したら困るって現実的な理由も」
うぐぅっ、と言葉に詰まる。成美の予想が大当たりであった。
天乃宮家の庇護下にあるため、ライカへも尋問を行うことが予定されていたのだが、事情聴取中に何度か呪力が不安定になったために中止となった。
これは嘘をついて黙らなければと思い詰め、緊張した結果のことである。
不安定になる度に中断し、再開するとまた不安定になることを繰り返したので、本格的に尋問をしたら爆発するという判断になったのだ。
「まあ、先輩のその反応が覚えてますと物語ってはいますが、一番の理由は名前の呼び方ですね。特にクソ兄貴の方」
「ええ、本当に。ライカ先輩が名前呼びするのは、ギリ分かります。ぶっちゃけ秒読みだと思ってたんで。でも、パイセンってよほどのことがないと名前呼びしないと思うんですよ。もちろん、名前で呼んでと言われれば呼ぶでしょうけど、ライカ先輩はそういうタイプではないですからね」
問い詰められても、悠太はもちろん涼しい顔。
軟禁の上、一週間尋問されても「何も覚えてない」で通した精神力である。二人から疑惑の目を向けられた程度で緩むはずもなし。
「というわけで、改めて聞きますが――どうなんですか、ライカ先輩。パイセンの不調の原因について心当たり――……は、どうでもいいですね。よくよく考えなくても勝手に解決しそうですし」
「まあ、一ヶ月って言うんなら、一ヶ月で解決するでしょう。なんだかんだで剣聖だし」
追求がなくなると思いほっと胸をなで下ろすが、判断が早すぎた。
「なので仕切り直して――なんでパイセンを名前呼びにしたんです? どんなきっかけがあったんですか? もしやもしや、胸がキュンキュンするようなロマンス――……は、ないか、死んだ魚の目をしてるパイセンが相手じゃ」
「兄貴がダメなのはそうだけど、文化祭で魔導災害よ。時期的に考えて、あの妖精がらみに決まってるわ。アレ相手じゃキュン死じゃなくて頓死ね。その上で名前呼びイベントがあったとしたら、ヒロインの危機にヒーローが登場ってとこかしら?」
「いいですねいいですね、実に青春ですね! 相手がパイセンじゃなかったらもっといいですけど、問題がありますよ。ライカ先輩が名前呼びをする理由にはなっても、パイセンが名前呼びをする理由にはなりません。フーカ先輩から見て、何か変化はありますか?」
「あえて言えば……――先輩の凄まじくレベルアップしてるって点ね。ヒロインの危機ってのもその辺を加味したのよ。まあ、化け物レベルだと兄貴が圧倒的に不利だから、ヒーローの危機をヒロインの機転でチャンスに変えて認められた、ってのはどうかしら?」
「完璧です。ヴォルケーノなら妖精を相手に遜色ないですから、きっとそうですよ!」
がっちりと熱い握手を交わす二人。
もはや事実などどうでもよく、最高に萌えるシチュエーションについて熱く語り合う。
勝手に作られていくラブロマンスに顔を真っ赤にしながら、助けを求めるライカ。
悠太はため息をつきながら、諦めた方がいいですと静かに首を振るのだった。
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