剣聖の世知辛さ
意識を取り戻した翌日、退院した。
簡単な検査をし、何も問題がなかった故だ。
荷物は何もない。財布どころかスマホすらなく、手ぶらで病院の敷地から一歩出ると、目の前に止まっていた車のドアが開く。タクシーでない普通自動車だが、警察の覆面パトカーとして採用されている車種であった。
「…………はぁ」
しかめっ面を全面に出しながら、せめてもの抵抗とばかりにドアを勢いよく閉める。
車の行き先はもちろん警察署。財布もスマホもないというのに留置場に放り込まれ、魔導災害についての詳細を延々と追求され続けた。
未成年や剣聖に対する配慮がまるでないので、権力闘争に巻き込まれたとすぐに察した。 だからストレス発散を兼ねて煽るような言動を取りながら、のらりくらりと一週間。悠太を不当に拘束した一派が排除された。
いかに剣聖といえども精神的に消耗し、フラフラとしながら帰宅した翌日。
悠太は登校した。
「………………………………」
クラスは異様な空気に包まれていた。
悠太から発せられる、隠しきれない威圧感に教師も生徒も気圧されたのだ。
昼休みには、悠太が自分の席で弁当箱を取り出すと同時に、全員が我先にとクラスから逃げ出している。原因がどこにあるかが分かる行動であるが、張本人は淡々と箸を動かし、食べ終わってようやく周囲に人がいないことに気付く。
まず、壁に掛けられた時計と、授業の時間割に目を通す。
次が移動授業で、自分が取り残されたのかと考えたが、違った。
心当たりを探し、違うと首を振ることを何度か繰り返し、自身の足が不自然に震えていることに気付いた。
(今更気付くとか、……未熟が過ぎるな)
空の弁当箱を片付けてから、目を閉じる。
嵐の中、泥に沈みながら剣を振り続ける。一振りごとに風雨の勢いは削がれ、無意識下の震えも収まっていく。予鈴が鳴る頃には、漏れ出していた威圧感は綺麗さっぱり消えていた。
戻ってきたクラスメイト達は、悠太が元に戻ったことに安堵した。
ただ、感情が死んだ目をしていることに気付いた者は、放課後まで一人もいなかった。
「頼も――うっ! あ、ホントに居ました。久しぶりですね、パイセン。今日も部活がありますから――……あの、パイセン。休んでる間に何かありました? 体調悪いなら無理に投稿する必要ないと言いますか、とっとと休めと言いますか、病院行きます?」
「後輩」
「はい、なんです」
「ちょっと買い物に付き合え」
「いや、買い物よりも病院行った方が――ちょっと、腕掴まないでください! 行きます、付き合いますから、無理やり連れ回すなっ!!」
訴えは聞き入れられず、電車に乗る頃にはげんなりとしながら諦める。
成美の手首は、繁華街のある店に着くまで掴まれたままだった。
「ここって、デバイスの専門店ですよね? フーカ先輩へのプレゼントですか?」
「俺が使うヤツだ」
「え?」
自動ドアを開ける背中をポカンと眺める。
魔導全盛の時代において、民間人がデバイスを求めることは不自然ではない。
が、デバイスはあくまでも魔導を扱うためのもの。悠太のように呪力をほぼ持たない者には必要ない。限定モデルを記念モデル、コラボモデルのデバイスを集めるコレクターもいるが、剣士のクセに剣を重視しない悠太が集める理由もない。
自動ドアが閉まる前に追いかけたが、思考が停止してしまった。
「あー……、一言にデバイスって言っても、専門性が高いですからね。何を重視するかとか、形状を教えてもらわないと助言のしようがないんですが……」
「木刀型だな。魔導戦技に入れるだけのスペックがあって、頑丈ならそれでいい」
「なら、そこの初心者向けですね。はい、終わり。――てゆうか、こんな自明な茶番に付き合わさせるとか、ふざけてます? 一発ぶん殴らせてください」
ジャブのシャドウをしながら威嚇する。
そもそも論になるが、呪力量が極端に少なく、使える術式がないに等しい悠太に合ったデバイスなど存在しない。というよりも、デバイスを使うこと自体が間違っている。
素直に日本刀を持たせることが正解であり、魔導戦技に参加するという視点だけなら初心者用で充分なのだ。
「実に困ったことに、剣人会から文句を言われてな。剣聖が初心者向けのデバイスを使っていては、下の連中が目標に出来ないとか、剣聖のブランドが下がるとか、ちゃんとした真剣を使って仕事をしてくれとか、色々と」
「あー……プロのスポーツ選手が、初心者用の道具で試合する、みたいなことですか? そう思えば理解できないことないですが……パイセンに言うの違いません? 極論ですけど、極めれば素手でも充分って流派ですよね?」
「そうなんだが、この前、粉微塵になってな。知り合いを通して、カネ出すから見栄えの良いやつ買えと言われたから、買わざるを得なくてな」
カバンからすっと出した封筒は、自立しそうなほど太っていた。
「スポンサー料が出てるなら仕方ないですが、だったらもっと高いところに行きましょう。剣人会の達人御用達の店とかあるならそこで」
「良いことを教えてやろう、後輩。剣人会の達人は真剣の業物を加工して、専用のデバイスを作るのが主流だ」
「じゃあやれよ! あたしの意見なんて聞かないで、真剣買って加工しろよ! 確実に真剣買えって金額でしょうそれ!!」
やれやれ、分かってない、とばかりに首を振る悠太。
アドバイスを求める側とは思えない態度に、成美は無言で拳を握りしめた
「真剣をデバイス加工なんてしたら常備できないだろう。俺は一応剣聖ではあるが、国家資格なんて持ってないからな。警察に見付かったら即捕まって面倒になるんだよ」
あまりにも世知辛い理由に、スンっ、と怒りがどこかに行ってしまった。
「……パイセンって、剣聖ですよね? 剣人会のうさんくさい奥伝とか、クソ生意気なガキンチョに閣下とか呼ばれるくらい、剣を極めてるんですよね? 最弱って呼ばれてるのは魔導が使えないだけって理由ですよね? なんでそんなに立場が弱いんです? ――てか、それで逮捕されるって仕事の時どうするんですか」
「日本が法治国家として機能している証拠だ。実に頼もしいことじゃないか。あと、仕事の時は国家権力が直接配送してくれるから問題ないぞ。剣も支給されるからな」
「そうですけど、パイセンの言ってることは間違ってませんけど、ズレた答えはやめてください!?」
はて、と悠太は首を傾げた。
「まあ、俺の仕事事情は置いといて、今日買いたいのは日常でも持ち歩けるヤツだ。デバイスなら武器型でも修学旅行にも持って行けるし、魔導戦技に参加しないとスマホの通知が面倒なことになるから、割と困ってるんだ」
「通知が面倒って……パイセン、通知が来るほどの知り合いがいたんですか」
「魔導戦技で斬った相手が主だな。たいていの場合、殺人予告まがいの宣言を一方的にされるんだが、出ないと逃げただの逃げるなだの剣聖を名乗るなだのと、SNSでないのに炎上するから面倒くさい」
「パイセン、剣聖になるメリットないんじゃないかと思ってきたんですけど、なんでやってるんですか?」
「剣聖になって首輪と付けないと、俺の首が飛ぶからだ」
真顔であった。
ユーモアなんて微塵もない真顔で言い切った。
「……物騒な話は置いといて、普段から携帯しても補導されず、初心者用よりはマシな格で、武器として振るえるデバイスって条件ですね。間違いないですね」
「ああ、それで間違いない。何か良い感じのがあればいいんだが」
剣聖の世知辛さから全力で目を逸らしたので、成美は気付かなかった。
悠太が、修学旅行でデバイスが必要になる状況を想定している、という事実に。
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