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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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養生してくださいね

気づけば4年目突入してました。

文字数も50万字超えましたけど、完結までまだかかりますので、お付き合いください。

 声も出せないほど震えるライカの手を、悠太は握りしめる。

 何と言葉をかければいいかと口をパクパクするが、ライカの震えが収まるまでに答えを出すことが出来なかった。


「……もう、大丈夫です。ごめんなさい、言葉に詰まっちゃって……」


「…………今の震えは、感性が正常な証です。共感性が高いとも言えますが、どちらにせよ捨てるべきではありませんよ。捨てると、俺みたいになりますから」


「俺みたい、ですか? それは……異界で見た」


 空と水鏡がどこまでも広がる、美しい世界。

 ただ一人で剣を振るう孤独と、近付けば泥に沈む暗い世界。

 他者が介入する余地のない完結した世界こそが、悠太の本質である。


「そちらではなく理の方です。俺を含めて三例しか知らない上、俺以外は人外の化け物なので参考にするのは不適格ですが、――思考や視座が人からかけ離れてしまうので」


「悠太くんの理は、色即是空、だったよね? 私も気になって調べたけど、元々は仏教用語で、西洋でも空の空っていう、似たような概念があるとか。全てのモノは空虚であるから、強欲に求める価値はない。節度を持って生きなさいって解釈だったような?」


「空の空はそうですね。ただ、俺の理に即して言えば、空虚でさえありません。空虚という言葉には虚ろというマイナスのイメージが着いていますが、空とはもっと公平で、平等であるが故に無価値でもある、というべきでしょうか……例を上げるとするなら」


 悠太は空を鏡に例えた。

 鏡にリンゴを映せば、美味しそうだと感じる。

 鏡に炭になった料理を映せば、不味そうと感じる。

 鏡に気になっている本を映せば、読みたいと感じる。

 人としてごく自然な反応だ。不自然な点はないが、悠太は間違いだという。


「ここで視点を変えてみましょう。鏡面や、映しているモノが見えない位置で、鏡が見えない人を眺めればどうでしょうか? よく分からない物体への評価が、美味しそう、不味そう、読みたいと、分からないものになりませんか? この鏡を空に置き換えれば、空というものの本質が少し見えてきませんか?」


「難しいけど、悠太くんは全てが鏡に見えてるってこと? もちろん、極端な例で、分かりやすく言ってるとは思うんだけど……」


「似たようなものです。この世の全てが鏡に映った虚像であるなら、この世は全てが無価値であり、価値がない故に等価なのです」


 理解することができないが、理屈は通っている。

 価値があるとはつまり、価値がないものがある不平等な状態であることを意味する。

 全てのモノに等しく価値がある状態は、確かに公平であるが、逆説的に全てが等価であるなら価値という概念に意味がなくなる。悠太の言う無価値とは、価値という概念が無為になった状態ということだ。


「……現実は違うよ! 価値があるモノもあれば、ないもあって、だから全てが無意味なんてことは――」


「そうです、ライカ先輩の言うことは正しいですし、現実的です。俺の理は人の世では異端にすぎませんが――だからこそ、俺みたいになってはいけないんです」


 全てが等価で、無価値な世界で生きる者に、現代人は共感できない。

 一時的であれば、理想的な世界であるとか、これこそが世界の真理であるとか、肯定する者がいるだろう。

 だが、人は人の社会の中でしか生きられない。

 理想と現実とのギャップに悩み、摩耗し、生きるためには現実に寄り添うしかないと理解する。もしくは、現実に即した形で理想を変化させていく。

 現実を受け入れられず、寄り添うことができず、理想を変化させることの人は、社会からはじき出されるか、社会を否定しようとする。その一部はテロリストなどへと流れていくのだ。


「――ぁ、っ……ち、違うの! 私は否定したいんじゃなくて……!」


「大丈夫です、分かっていますから。なにより、自分の生死すら等価に見えること自体、自分でもおかしいと理解しています。一歩でも道から外せば、俺は朱い妖精のような怪物になってしまうことも。けど、俺は人として生きるつもりなので、問題ありませんね」


 ライカの指が震え出す。

 道から外れかけたのは、彼女も同じだ。

 幼い頃にヴォルケーノが暴走し、多くの人を焼き殺しかけた。この時は香織の介入によって事なきを得たが、その後はヴォルケーノを制御させるために隔離に近い状況となった。隔離は今も続いているが、現在は大きく緩和されたもの。

 最初期は魔導災害を起こしかねないと、囚人のように牢に入れられていたのだ。

 魔導師としての修練を積んだことで、現在のように緩い隔離となったものの、ヴォルケーノを宿す限りは潜在的な危険性は変わらないのだ。


「やっぱり、……悠太くんは強いですね。私とは違って……」


「強いのではなく、無価値なので重きを置いていないだけですよ。言い方は悪いですが、精神性はあの妖精に近いと思ってください。目的を達成するためには、国家権力の庇護下に居る方が効率が良いと判断しているだけで、そこに価値を見いださなくなれば……」


 悠太の身体が、かすかに震える。

 最弱と称されるように、悠太は弱い。

 もちろん、剣聖として活動するには何の不足もないが、朱い妖精などと比べれば遙かに排除しやすい。排除するまでに多くの犠牲を払うことになるが、殺せば確実に死ぬ人間だ。

 悠太の精神性に危うい部分があることを、知る者は多い。

 道を踏み外し、外道に落ちたら最後、即座に処分されることを、悠太は知っている。


「な、なら――私も、頑張ります! 悠太くんが価値を持ってもらえる…………あれ? 全部は無価値なんですよね? なのに、価値を見いだす……?」


「まあ、俺も人間と言うことです。理に沿うのであれば全ては平等に無価値ですが、それを体現できるのは形而上の神だけでしょうからね。――価値の起伏が乏しいのはそうですが」


 くつくつと喉を震わせる悠太に、ライカは頬を膨らませた。


「――か、からかったんですか!? 本当に心配したのに、からかったんですか!?」


「からかってませんよ。その価値値と無価値の矛盾は、俺が答えを見つけなければいけない業ですから」


 泥に沈んだときのような深い孤独が姿を見せる。

 ライカは頬をさらに膨らませると、握っていた手を解いて立ち上がる。


「今回は信じますが、悠太くんは魔導戦技部のメンバーです。少なくとも、私が卒業するまでは、居てもらわないと困りますので、覚悟してくださいね」


 肩を怒らせながらドアを開けて、出口との境で振り返る。


「……その、ハシゴとを外されるととても困るので、ゆっくりと養生してくださいね。何度も殺されたんですから、疲れも溜まっていると思いますので、お大事に……」


 気まずそうにそう言い残して、遠ざかっていく。

 返事をする間を与えないほどの早業で、悠太はライカの背に手を振るしかできなかった。


「お大事に、ですか……ええ、もちろん。休息はしっかり取るつもりです」


 ふと、手に熱を感じた。

 両の手のひらをじっと見つめ、握ったり開いたりを繰り返す。


「世界の敵は、ただ殺してはいけない。なら、殺せば終わるだろう朱い妖精は、赤い破滅ではない。――もともと死ぬ気はないが、より死ねなくなったな。ライカ先輩を困らせるのはさすがに……」


 震えながらも、前に進み続ける人。

 全ては無価値であると、多くのモノを捨ててきた悠太には持ち得ない熱。

 手のひらに残るそれを握りしめ、布団をかけ直そうと手を伸ばす。


「さすがに……なんだ? 何を言おうとしたんだ?」


 詰まった言葉が何であるかを、腕組みして考える。

 価値の起伏が乏しい彼にとって、言葉に出来ない価値は重要だ。無価値の世界に価値を見いだす矛盾に対し、答えを出すための道標となる。

 養生のために二度寝をしようとしたことも忘れ、悠太は思考の海に沈むのであった。


お読みいただきありがとうございます。


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