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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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水音を立てながら

 異界の静謐は、悠太が倒れると同時に破られた。


「……っ、ぁぐ……」


 関節を外してまで伸ばした腕が、ポキリと折れる。

 耐えきれぬと漏れ出る苦悶のうめきは、肉体の痛みだけが原因ではない。知られたくない秘密を見られたような、意図せずに内面を吐露したような、羞恥にも似た痛みが襲う。


「……すぅぅ、……ふぅぅ、……」


 およそ一分。

 戦場では致命的なほど長い時間。

 朱い妖精も、勇士も、誰一人として動かなかった。


「……バカな……まさか、いや……だが、他に……」


 ひっかき傷に手を当て、呆然としている。

 絶刀による傷ではあるが、ひっかき傷はひっかき傷。毒が塗られているわけでもなく、魔導の加護も呪詛もない。文字通り、皮一枚斬られただけの、傷足り得ぬ傷。

 だが、朱い妖精が放心しているのは、ひっかき傷が原因。

 ならば、絶刀は確かに斬ったのだ。妖精を放心させるに足るナニカを。


「ふー、ふぅー、ふーっ……余裕がさらになくなったな。そんなにも予想外だったか? 俺の剣がお前に届くことが」


「剣、だと……? ふっ、ふざけるな! 剣ごときで異界を斬れるはずがないだろう!! ……いや、そうじゃない。なぜお前が、呪力すらない羽虫が、なぜ異界を持っているのだ!?」


 悠太の至った絶招、虚空は己が肉体を剣とする絶技。

 そして、全てを斬る剣技である絶刀は、剣を選ばぬ奥義。

 アストラの加護により、リスクなく絶刀を使える状況下において、悠太は剣を必要としない。リーチが狭まるデメリットはあれど、今しがた証明した不死性があれば、リーチの長短などないに等しい。

 しかし、その程度であれば妖精は狼狽えない。

 化け物とはそれ以上の理不尽であり、例外とはそこまでしてようやく足下に指がかかる存在である。


「異界、か……なるほど。異界と理はほぼ同義、ということか。なら、異界の顕現とは業にあたるのか? いや、考える意味はないな。俺が業に至ろうとも、異界を顕現させるには足りないものが多すぎる。なにより、異界の内で空を斬ったところで意味はない」


 だらりと、身体から力を抜く。


「答える気はないと?」


「剣を極める過程で理を得ただけだ。浸食している理屈は分からんが、やることは互いにシンプルだ」


 勇士の軍勢は取り囲み、朱い妖精は槍を構える。


「俺はお前を斬る。お前は俺を殺す。互いに死ぬまで繰り返す。……悔しいが、俺はお前を斬るために全てを使う。恥も外聞もなく、剣士としての矜持も、剣聖としての権威も、空を斬るという目的さえも捨てて、だた、お前を斬る」


「――羽虫がっ、吠えるな!」


 攻防の始まりは、静謐だった。

 ゆっくりと、重苦しいほどにゆったりと、一歩を踏み出す。

 その一歩は、象や亀よりもなお遅い。続く一歩も同様に。それこそ、ナマケモノのように動いているのか動いていないのか、分からないと錯覚するほどに。


「――■■■っ!」


 神代のルーンが斬られる。

 勇士が悠太に群がり、息をつく間もない連撃を繰り出す。

 悠太はそれらに――対応しない。変わらずに一歩を踏みしめるだけ。野蛮な暴力は悠太の肌に届き――ただ一つの例外もなく斬り裂かれる。

 刃を失った武器を叩き付けるが、斬り裂かれる。

 武士を失い五体を押しつけるが、斬り裂かれる。

 歩みを止めるべく立ち塞がるが、斬り裂かれる。


「■■、――っ■■■、――――■!!」


 悠太が至った絶招、旋空。

 指先を剣に変える虚空を全身に広げただけの、虚空の発展系。

 魔導の加護を得られない悠太が辿り着いた、剣技による守りの絶技であるが、纏うのが絶刀であれば話は別。己が全身を全てを斬る剣へと変貌し、触れる全てを斬り捨てる攻防一体の剣となる。

 悠太はこの運用をまっさきに思いつくが、二つの理由から封印した。

 一つは、そもそも絶刀を気軽に使えないという点。

 纏うと言えば簡単に思えるかも知れないが、絶え間なく絶刀を振るい続けることを意味している。呼吸するように、無意識でも振るえなければ、纏い続けることは出来ない。

 一つは、全てが雑になるという点。

 絶刀を纏うことが出来れば、悠太を傷付ける手段は限られる。身体能力が劣るという欠点も、遠距離への攻撃が限られるという弱点も、ないに等しくなる。だが、死なないければ、回避や防御という技術を使う必要がなくなる。

 絶刀による攻撃も同様に、斬るための技術がほぼ不要となる。

 その末路は、考えもせずに敵に突っ込んで、敵に攻撃を当てるために振り回すだけの、武を極めたとは思えないほどに、雑な方法を多用する存在に成り下がる。


「…………本当に、師匠が三剣を生み出した理由が、心の底から分かるな」


 武仙や姉弟子から、絶刀に頼ることの愚かさを言われ続けたため、頼らないと誓っている。

 故に、使えるようになっただけでは、悠太は使わない。依存しないために頼らない。

 もし、頼るほどに使うとすれば、依存せねば斬れない相手を、斬らねばらなぬ時のみ。

 朱い妖精を斬れと託された、今のように。


「■、■■っ、……――離れろ、羽虫があああぁぁぁ■■■■■■■!!」


 無人の野を歩くように距離を詰めた悠太に、赤い妖精は槍を振るう。

 悠太はその槍を、虚空を纏わせた指で受け止めた。


「やっぱり、頼ってはいけないな。旋空ほどに薄い絶刀では、その槍を受け止められない」


「■■■っ、■■■っ、■■■■■■えええぇぇぇ!!」


「切り結んでようやく理解した。神代のルーンの大元は、その槍だな。ルーンを集めて、固めて、槍の姿として成形した。絶刀で斬れないんじゃない。絶刀でなければ、理の顕現でなければ触れることさえ許されない」


 一対一、にはならない。

 斬られてなお、勇士達は悠太を殺そうと魔導と武器を振るう。

 悠太に届くと同時に斬られるが、これまでと違い、悠太を傷付ける攻撃が出始めた。


「……――は、ははははっ、そうか、そうか! グングニル受けるとき、お前の防壁は消えるんだな!!」


「まあ、そうだが――ほぼ無意味だぞ? 致命傷はアストラの蘇生が、欠損もアストラが瞬時に再生、なにより――」


 槍と切り結ぶと同時に、悠太の左手が妖精を抉る。


「――っっっ、■!?」


「チャンスに攻撃しなければと欲を出せば、俺に斬られる。斬られればどうなるかなんて、言わかなくても分かるだろう?」


 槍を回転させ、左手を切断。

 自身にルーンを当て、無理やりに距離を開ける。

 ぴちゃん、と水音を立てながら着地すると、斬ったはずの手は再生していた。


「水音、だと……?」


 宮殿の広間に、水などあるはずがない。

 火界咒を凍り付かせてたが、神代のルーン製なので溶けても水がでるはずがない。

 だというのに、広間全体に水が張っていた。


「……やっぱり、こうなったか。自分の未熟を自覚するとは違う羞恥がある。……妖精、お前はすごいな。よくもまあ、こんな自分をさらけ出すようなマネを素で行えるな」


「浸食が、進んで……」


 認めたくなくとも、認めるしかない。

 悠太が妖精を斬る度に、ヴァルハラ異界は悠太の理に置き換わっていくのだと。


「……だが、だが! 条件は同じだ! グングニルでお前を斬れば!!」


「間違いなく、そうだな。異界のリソースを多少は奪っているが、血が出るほどに斬られれば終わりだ。――お前に俺が斬れるなら、だが」


 一瞬で距離が詰まった。

 身体能力を強化しての、一足一刀。

 虚空を纏った右手で槍を押さえ込み、左手で肩を握り斬る。


「……ぁ、ぁぁぁあああ!!」


「ハッキリ言うが、槍の腕前はギリギリ奥伝級。達人と呼ぶことに異論はないが、俺は剣聖だ。同じ土俵で勝てると――」


「■■■■っっ――!!」


 神代のルーンによって悠太が消し飛ぶ。

 痛みに耐えかねて膝を着き、顔を上げれば、悠太は離れた場所で蘇生していた。


「……化け物が」


 全てを捨て、全てを使い、最弱の剣聖はようやく、朱い妖精と同じ土俵に立った。

 だが、槍の一指しで覆ってしまうほど、脆い土俵。

 憎悪と畏怖を視線に込め、妖精は槍を握りしめる。


お読みいただきありがとうございます。


執筆の励みになりますので、ブックマークや評価、感想などは随時受け付けております。よろしければぜひ是非。



ちなみにですが、悠太の現状は、槍攻撃をパリィし続ければ無傷で勝てるけど、一度でも失敗したらゲームオーバーなので不利には変わりないです。

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