この場で重要なのは
気づけば150話、50万文近くになりました。
長くなりましたが、まだ続きますのでよろしければお付き合いください。
「――■」
ただの一音で世界が歪む。
その音は人の可聴域にもかかわらず、人には理解できない。
意味はもちろん、発音されたことさえ認識できない。
人の身では神の意志を理解できない。神の視点でモノを見れず、奇跡の仕組みを認識できない。故に神代のルーンが聞こえない。
理に至った悠太であっても、例外ではない。何が起こるのか、何が行われているのか、そもそもルーンを使用したのかさえ、人の身でしかない悠太では認識できない。これは人が神霊――例外と相対する際に発生する問題でもある。
人が神に勝つには、権能を使われる前に終わらせるしかない。
朱い妖精は神ではないが、権能を使う時点で同じ。
悠太とライカの命運は、神代のルーンが使われた時点で終わる――はずだった。
武仙流・皆伝――絶刀
全てを斬る剣が、神代のルーンを斬り裂いた。
斬れること自体は驚くべきことではない。絶刀が斬る全てとは、文字通りの全て。切斬という概念の具現なのだ。だが、限界は存在する。
いかに絶刀であっても、認識できないモノは斬れない。
故に驚くべきは、認識できないはずの権能を認識したことだ。
「余裕がないな、妖精。俺を殺すだけなら、ここまでの力は必要ない。指先ほどの刃を急所に差し込むだけで充分だ」
「お前が来ることは分かっていた。予想していた。だが、なぜお前なんだ。勇士でさえないお前がなぜ、ここまでの力を」
「神造兵器も似たようなことを言っていたが、お前達の言う勇士とは戦士や兵士、武士や騎士のように戦いを生業とする者、という理解で良いか? もしくは勇者と呼ばれるような勇気ある者のことか?」
妖精は悠太の問いに答えない。
ただ、忌々しげに睨め付けるだけ。
「荒々しさは確かに、強くなるための原動力になる。が、絶対に必要というわけではない。目標があり、手段があり、そこへ至る手助けをする良き師や、支えとなる相手がいて、歩みを止めなければ、いつかは技術が身に付く。どう使うかは本人次第だが、強さとはあくまでも技術の範疇でしかないのだ」
悠太は剣聖であるが、戦士ではない。
剣士ではあるが、武士ではない。
強さとは結果として付随したモノに過ぎず、それ以上の価値はない。
「――■」
権能は斬り裂かれる。
「拘ったら死ぬから使ってはいるが……これは鈍る。錆び付いた腕を取り戻すために三つに分割したのも分かるし、呪力こそが才能だと言われる所以も理解できた」
悠太は絶刀を修めているが、修めただけだ。
使用には全身全霊をかける必要があり、一振りだけでも死を覚悟するほど消耗する。
短期間に、それを二度。不意打ちを迎え撃つ形で使用できたのは、剣を振る度に流れ込む妙な力があるからだ。
「聞こえない魔導を使う度に動くところを見るに、これが異界のリソース、権限と呼ぶべきナニカなのだろう」
「……アストラの名前すら知らない羽虫が」
「アストラ…………聞き覚えがないが、以後、そう呼ぶことにしよう」
アストラとは、呪力の根源。
権能よりも上位に位置するエネルギーの呼称。
いかなる願いをも叶える万能の力であり、絶刀による反動を肩代わりする妙な力の正体である。
「……で、何が鈍るんだ? 呪力の使い方か?」
「剣の腕だ。アストラを全身に流すだけで、絶刀が使えるようになるのは色々とな」
「絶刀、先ほどからルーンを斬っているソレか? アストラを身体強化にしか使っていないのだから、なくても使えるのだろう。何が鈍るというのだ」
「絶刀は斬れすぎる剣だ。刃を立てるどころか、峰や鎬であっても斬れる絶技だ。これに頼るようになれば全ての動きが雑になり、剣士としてナマクラ同然となる。我が師、武仙でさえ、鈍り、死にかけ、これを三つに割ることで戒めとしたほどに、絶刀は剣士を堕落させる」
絶刀――全てを斬る剣は、全ての剣士が目指す極致だ。
刃のない剣型デバイスで権能を斬り裂く技は、絶技と呼ぶ他ない。
悠太の最終目的が空を斬ることなのは変わりないが、あらゆる動作を絶刀とすることを一端の目標としている。
この目標は、アストラを用いることで達成された状態になっている。
だが、剣士の極致に至った結果、剣士として堕落するというのは皮肉なことであった。
「……堕落、だと」
「まあ、この場では関係ないことだ。お前を斬るためには絶刀が不可欠であり、アストラに頼らねばならぬ状況なのは俺が未熟なだけ。他人に強要するつもりもなければ、共感を求めるつもりもない。あくまでも、俺個人で向き合うべきことだ」
朱い妖精は、数え切れない勇士をヴァルハラに取り込んできた。
取り込んだ中には、悠太のような求道者もいたが、誰もがアストラの力を受け入れた。
当然だ。呪力よりも便利な力に飛びつかないはずがない。制御に割いていたタスクを他に回した方が強くなるに決まっている。呪力では届かない深淵に至るには、アストラを使うほかないのだから。
朱い妖精に残る純粋な感情は、アストラに呑まれた勇士に思うところはあるが、人なのだから仕方ない。なにより、妖精自身もアストラを必要としている。
だと、言うのに。
呪力がないに等しい羽虫が、誰よりも力に溺れなければいけない羽虫が、戦士でも勇士でもない羽虫が、アストラを否定する。
「ああ、分かった。ようやく分かったぞ、羽虫」
「なんだ、妖精?」
「僕はお前が嫌いだ。それほどの力を持ちながら勇士にならないお前が嫌いだ。アストラを得た上で否定するお前が嫌いだ。僕の兵器をことごとく殺したことが嫌いだ。ヴァルハラを踏破しここに至ったことが嫌いだ。僕が認めた勇士達がお前を慕うことが嫌いだ。嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ――だから、お前はここで殺す」
アストラが動く。
歪むと同時に斬ろうと構えるが、ルーンではない。
荘厳なる広間に、軍勢が現れた。
「外を彷徨う勇士と一緒にするなよ。ここに控えるエインヘリャルは、王座を守護する近衛。最精鋭の勇士達だ」
「ふむ、身体の隅々、武具の飾りに至るまでアストラで強化しているのか。派手好きだな」
外のエインヘリャルは武器や防具が統一されていたが、ここは違う。
フルプレートの騎士、砂漠の戦士、平安の武者、飾り立てた傭兵、大柄な野賊、大航海時代の海賊、マスケットを持つ兵士、銃剣を持つ軍人、鉄の戦車に乗る者、馬の戦車に乗る者、大陸を統べた騎馬民族、などなど。
あらゆる時代、あらゆる民族からかき集めたであろう勇士達。
朱い妖精に挑み、散っていった者達の末路である。
「宣言しよう。我が主の名において誓おう。お前を殺したとしても、決してヴァルハラには招かないと。魂の全て、記憶の一欠片さえ残さずに、虚無へと捨て去ると」
「構わない。老後ならともかく、死後の心配するつもりはない」
「……分からないのか、虚無だぞ? 神の国はもちろん、輪廻にさえ乗らず、解脱すらできずに無意味に消え去るのだぞ? 闇でさえヌルい無明に消えることをなぜ恐怖しない!」
「ほう、博識だな。ヴァルハラというからには、北欧の出身だろう? キリスト教ならばともかく、仏教も把握しているとは」
「答えろ羽虫!!」
よほど気に入らないのか、怒気は呪詛となる。
悠太に触れると同時に斬り裂かれ霧散するが、それがまた苛立ちを募らせる。
「色即是空、空即是色。――この世に意味などない。全ては等価で、平等に無価値だ。通常の生死はもとより、死後の循環であろうとも同じ。輪廻を巡ることは確かに正しいのだろうが、消失することもまた正しく、同時に無価値だ」
悠太の口調に熱はない。
抑揚もなく、感情もない。
淡々と、己が見いだした理を語るだけ。
「故に、この場で重要なのは一つ。――俺が勝つか、お前が勝つか。それだけだ」
色即是空の理に至った剣聖は、剣を振るった。
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