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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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妙な力

 悠太がヴァルハラ異界に踏み込むと同時に、戦士達が斧を振り下ろした。

 踏み入れたのは乱戦のど真ん中で、意図せずに発生した不意打ちだった。さらに運の悪いことに、悠太に斧を振り下ろしたのは奥伝級にまで強化された個体。

 頭蓋を潰すどころか、股下までを斬り潰し人体を真っ二つにするにたる必殺。

 異界に入ったばかりの悠太が知覚できるはずもなく、自我などない戦士達が動揺することもなく、幾本もの斧が悠太を襲う。


(……?)


 斧は悠太に届くことなく、握られた腕ごと宙を飛ぶ。

 知覚するよりも前に、反射によって剣を振った結果だ。刃などあるはずのない、斬ることなど微塵も想定していない、剣型デバイスで、戦士達の腕と首を斬り飛ばした。

 本来ならばあり得ない結果だ。

 このデバイスで神造兵器を斬り捨てているが、全てを斬る剣である絶刀を使用してのこと。絶刀であれば、稲穂でも鉄を斬れるので今の現象もありえるが、絶刀の使用には全身全霊を費やさねばならない。


(今の手応えは何だ?)


 悠太が疑問を抱こうと、異界の法則は容赦をしない。

 強い個体を複数体斬り殺した悠太を、戦士達は最優先で狙う。戦士にとって、自身以外は殺すべき敵であるが、一定値を越えた強者がいる場合は手を組む。奥伝級を斬り殺した悠太は当然のように一定値を越えており、周囲の戦士達は連携をし、悠太を殺そうと殺到する。


「随分な歓迎だが――手ぬるいぞ」


 振るうのは、祓魔剣。

 絶刀と違い、無意識でも扱える悠太にとっての通常攻撃。剣だけでなく素手であっても振るえるため、攻撃ですらなく身体の一部と称した方が正しいのかも知れない。

 武仙三剣の一つである祓魔剣は、あらゆる剣士が目指す極致の一つ。

 それを身体の一部にまで落とし込んだ悠太はまさに剣聖と呼ぶほかないが、弱点がないわけではない。祓魔剣が斬るモノは――無形。精神や霊体などの見えざるものを斬ることができるが、切れ味向上などは一切ない。それは固体を斬る破城剣の分野である。

 だが、斬れないものが斬れるようになる、出来ないことが出来るようになる、というのは非常に強力だ。

 祓魔剣が使えるから回される仕事は多くある。

 予期せぬ結果が出たことも、数え切れないくらいにある。

 現在のように。


(異界の理不尽さは耳にタコができるほど聞かされてきたが、納得だ。全てが現体で構成された世界とか、誰が予想できる)


 現体は、仮初めの実体と説明されることが多い。

 もう少し正確に説明をするなら、物質的な振る舞いをする呪力、となる。

 これは魔導災害でよくあらわれる現象で、魔獣などの怪物がいきなり出現することが代表例とされる。物質に干渉できる実体であるのに、仮初めとされるのは呪力由来の不安定さから。人目につかない山奥で魔獣が出現したとしても、一週間も持たずに消滅することもある。

 魔導を用いて固定することもできるが、固定が解ければ跡形もなく消え去る。

 現世に残り続ける物質との違いは他にもあるが、一番の違いはここだ。


(斬れば斬るほど妙な力が流れ込んでくるのが気持ち悪い。斬っても斬っても沸いて出てくるのが面倒くさい。妙な力で疲労が消えるのが気味が悪い)


 ナマクラのデバイスで戦士を切り裂けているのは、現体だからだ。

 祓魔剣によって呪力そのものが斬られ、触れた部分が実体を保てずに消失し、結果として斬り裂かれる。また、現体は実体を持っていても不安定な現象だ。一部分でも呪力として崩れてしまえば、崩壊が連鎖的に広がり消失する。

 まさしく、悠太の一挙手一投足が必殺と化していた。


(そもそもとして、現体だからといってここまで崩れやすいのはおかしい。現実との一番の違いは、妙な力の流れか。異界については、姉弟子が何か言っていたような)


 慣れてしまえば考える余裕が生まれる。

 現実ではあり得ない現象について、記憶を遡る。


(綱引き、リソースの奪い合い、理不尽の押しつけ。後は、理の剣士なら普通にしてれば充分、だったか?)


 アドバイスになっていない単語の羅列。

 特に普通にしていれば充分など、理屈の説明を放棄しているとしか思えない。

 それでも悠太は、現状から単語の意味を推測する。


(普通にして、普通でない現象。この妙な流れがリソースだとするなら、殺す=奪う。綱引きから察するに、リソースの総量は決まっている。理不尽は分からないが、押しつけるには奪ったリソースが必要、といったあたりか)


 空の目を開き、深く探る。

 祓魔剣で斬った後、力は二手に分かれていた。

 一つは、悠太へと流れ込む。

 一つは、どこか別の場所へ。

 別の場所へと流れる力を追うことにした。

 早く、速く、ハヤく、はやく、と気が急くが、立ち塞がる戦士を斬り捨てることを優先する。リソースを奪うことを優先する意図もあるが、道しるべを見失わないために。

 幸いなことに、戦士が途切れることはない。

 もし、斬った後に現体が残るのであれば、屍山血河が築かれただろうほど斬り捨て、悠太は辿り着いた。


「神殿、か。妖精は間違いなくここだな」


 戦士達は神殿から一定距離を保っている。

 立ち入ることを禁止されているようであるが、悠太から視線を外さない。


「この呪力――まさかフー!」


 魔導師でない悠太は呪力に対する感覚が鈍い。

 だが空の目と、長年接し続けたことでフレデリカの呪力だけは見分けがつく。

 脇目も振らずに駆けだした。

 奪い取った力が正答の順路を教えてくるが、神殿を揺るがすほどの権能を感じ取り、走りながらデバイスを構える。

 順路はあるが、捩り歪みきった空間を安全に移動するため。

 空の目は中心点を知覚している。

 現体を呪力の集まりと捉えるほど深く沈んだ悠太に、人としての認識と自我はない。


 一つ、個体を斬る

 一つ、不定を斬る

 一つ、無形を斬る


 身体への負荷は、異界のリソースで肩代わりをする。

 空の目が捉えた障壁を、絶刀は不足なく斬り裂き、道を拓いた。


「そこまでです、先輩」


 自身が何をしたのかを、悠太は忘却する。

 理の剣士程度では耐えきれない事象であり、まだ彼が納得していない業であるから。

 忘却した彼の目に飛び込んできたのは、自爆寸前のライカ。

 焦る気持ちを無理やりに落ち着かせ、祓魔剣を纏った手で肩に触れる。


 すなわち――祓魔剣・絶招、虚空。


 熱を持った呪力は斬り裂かれ、無色の呪力へと霧散する。


「…………なぐも、くん?」


 深く視る空の目から、広く見る観の目へと移行。

 リソースに満ちた広間には、朱い妖精とライカのみ。

 静寂と荘厳のみが支配するが、生き残りがいること自体が奇跡的であることを、悠太は理解していた。


「ええ、南雲悠太です。最後がアレでしたが、無事でいてくれてありがとうございます」


 ライカの声を聞き、焦りが融解する。

 間に合ったという安堵と、生き残ったことへの称賛が、するりと言葉に乗る。


「……ごめん、なさい……フーカちゃんと、成美ちゃんは……う、くぅ」


「ええ、ええ、分かっています。見れば分かります。だから――ありがとうございます。謝るのではなく、誇ってください。神の力から逃れたことを。俺が来るまで戦い続けたことを。すごい偉業を為したのだと、胸を張ってください」


「…………ぅん」


 瞳は涙を蓄えるが、こぼれ落ちない。

 歯を食いしばりながら、歪んだように笑みを浮かべ、小さく頷く。

 その姿に優しげな表情で返した後、目を閉じて、ライカの前に歩み出る。


「遅くなったことは謝るが、権能を使うのは大人げないぞ、妖精」


「……羽虫が」


 ライカ達に向けることのなかった激情が、悠太に放たれた。


お読みいただきありがとうございます。


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