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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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この場限りのメッキ

 一般人の平均呪力量を一とした場合。

 魔導三種持ちの平均が一〇、魔導一種持ちは一〇〇となる。

 この平均はあくまでも平均であり、五しかないのに魔導一種になった者や、二〇〇もあるのに魔導三種さえ取ることのできない者もいる。

 これを踏まえた上で、南雲フレデリカの呪力量は一〇〇〇である。魔導一種の平均と比べて桁違いの呪力量であるが、古種や化け物と比べても倍近い呪力量となる。まさしく規格外の呪力量であり、誰もが魔導師としての成功を期待した。

 残念なことに、桁違いの呪力量を台無しにするほど不器用であったが。


「ノウマク・サラバ・タタギャティビャク・サラバ――」


 何人もの指導者が匙を投げ、最終的に悠太の弟子となった。

 現在の悠太は剣聖だが、当時は初伝でさえない。おまけに呪力量は一般人平均の一〇分の一というハンデも背負っている。フレデリカの師としては不適格極まりないが、悠太以外に師となる者がいないので仕方ない。

 彼がフレデリカに課したことを一言で言えば、反復練習。

 条件反射の域になるまで身体に動きを叩き込めば良い、という考えがあるんだかないんだか分からない力押しを決行し、一定の成果を得た。

 剣においては一足一刀。

 魔導ではいくつかの真言。

 数は少なくとも、条件反射の域にまで高めた剣と魔導は、剣魔一体の境地に至った。


「――っ」


 一面が火界咒の海と化すと、フレデリカは動く。

 狙うのは妖精の首。フレデリカの一足一刀は予備動作がなく、ただでさえ知覚が難しい。その上、足音や姿さえも火界咒によってかき消される。

 まさに不可視と呼ぶべき一太刀は――


「残念だ、勇士。さすがに僕を舐め過ぎだ」


 妖精が手にしたナニカを振ると、火界咒に隠されていたフレデリカを斬り裂いた。

 ナニカは、槍であった。ヴァルハラの中心にあるべき威厳は……まるでない。それどころか、槍と認識すべきか悩む形状をしている。小さな破片を組み合わせ、神がかった力で槍のような棒に無理やりまとめているようで、棒と認識できるのが奇跡的なほどに欠けている。

 だが、ナニカは棒ではなく槍である。

 脳髄や魂に直接、これが槍であると認識させられる。


「……む? これは」


「――っ」


 斬り裂かれると同時に、背後から妖精の首を目がけて剣が迫る。

 妖精は驚きを隠さずに剣を躱すと、槍を振るう。斬り裂いたのは、フレデリカ。

 自身の手で二つに斬り裂いたはずの彼女を、再び斬り裂いたことになるが、妖精はすぐに絡繰りに気付く。


「妖精の幻影……ああ、そうか。精霊の巫女は混血だったな」


「な、成美ちゃん、バレちゃいましたよ」


「想定内です! なんせ相手も妖精ですからね!!」


 魔導戦技で幾度となく使ってきた、妖精種の幻術。

 精巧ではあるが、未熟なライカでは呪力や術式を認識する魔導師には効果が薄くなる。

 だが、周囲が火界咒に満たされた今ならば、化け物である朱い妖精を騙すこともできる。


「単純だが、僕を目を惑わすほどの組み合わせ――即興ではないな。しかし、ヴァルハラで使ってもいない。前々から試していたのか?」


「パイセンの無茶ぶりに答えるためには、使えるものは全部使っても足りませんからね!」


「自力を上げようにも、すぐに強くなったら誰も苦労しないし……そもそも、相手が悪いよね。南雲くんがいるから奥伝がいっぱい集まるし、目の前に南雲くんがいないと殺し合いになるから、どう考えても……」


 魔導戦技はバトルロワイヤル。

 参加者全員が敵であり、利害が一致すれば一時的な共闘もあり得る。

 異界を切り抜けられたのも、魔導戦技と通じる部分が数多くあったからだ。参加者の質だけなら魔導戦技の方が上だが、戦士の数は比べようもなく異界の方が上。さらに時間制限などあるはずもなく、異界を攻略するか脱出するまで続くという点が異界の恐ろしさだろう。


「奥伝は武の達人のことだったな。ぬるま湯のようなこの国で、なぜ勇士足り得たのか疑問だったけど、納得した。そのパイセンとやらは、勇士の心意気が分かっているようだね」


「いやー、ないでしょう」


 成美の一言に、残る二人は同意した。

 なにせ羽虫だなんだと、さんざん貶していたのだ。

 指導方針が妖精の好みに合っていた程度で


「なんで断言できる? 話を聞く限り、僕のヴァルハラに似た環境に放り込むんだ。気が合うとしか思えないが」


「だって、妖精さんが羽虫呼ばわりしてる人ですよ、パイセンは」


 槍を握る手に力が入る。

 無意味な身体のこわばりは、隙と呼ぶにはあまりにも僅か。

 意図して作り出したものでもないが、フレデリカは動いた。


「破邪顕正、万魔調伏――倶利伽羅・一刀!」


 火界咒の大剣が振り下ろされる。

 十一人の幻影が殺到し、紛れ込むように剣を振る。


「無駄だ」


 火界咒の大剣は、槍を振りかぶって消し去った。

 幻影と実剣が入り交じる一足一刀には間に合わないが、全身を包む障壁を展開。

 障壁はミサイルや戦車砲の直撃にさえ耐える強度があり、圧縮した火界咒を纏った一太刀でも傷一つ付けられない。

 大人げないことこの上ないが、フレデリカは朱い妖精が認めた勇士。

 未熟であろうと全霊で迎え撃つ気であった。


「…………ぬぅっ!?」


 十一人の幻影は障壁に触れると同時に掻き消え、

 残った実剣は破れるはずのない障壁を斬り裂いて首に迫る。


 奥伝技・再現――断流剣


 魔導戦技という極限の戦場で、悠太が振るい続けた絶技。

 数千回、下手をすれば万回にも及ぶ観測と、百を越える実体験によって、成美が完成させた再現術式。

 ライカの呪力を使い、成美が目視で制御し、フレデリカが振るうことで初めて起動する。

 起動実験と称して悠太に向けて振るった際には、手放しで称賛したほどで、剣人会に術式を売れば億単位のカネになると保証した本物の奥伝術式。


「――――っっっ!!」


 一足一刀に限れば、フレデリカの剣は悠太に迫る。

 妖精が過剰なほどの障壁を張ったのも、まともに受ければ斬られかねないから。

 この一瞬。

 この一太刀。

 この場限りのメッキは、紛れもなく剣聖の一刀に比肩する絶技と化した。


「――■」


 ただ、一言。

 全てが凍り付き、砕け散った。

 火界咒も、幻影も、剣聖の絶技も、無意味だと言わんばかりに。


「………………まさか、この僕が……使わされた、だと?」


 神威ではない。

 権能による神の奇跡に、誰よりも驚愕しているのは朱い妖精だった。


「……成美ちゃん? ……フーカちゃん? ……ど、どこに……いるの?」


 炎の巨人が、ライカを守るように包み込んでいた。

 守られたライカと、自身の所業に呆然となる妖精以外には、何もない。

 凍り付き、砕け散り、破片の何もかもが消え去ったからだ。


「……すまない、勇士よ。ルーンを使うつもりはなかったんだ」


「ルー……ン? でも、何も言って」


「我が主が見いだした神代のルーンを、人間ごときが認識できるわけがないだろう。……だが、本当に使う気はなかったんだ。いかに勇士といえど、異界の作法を知らない子供相手に大人げなかった」


 勝てるとは思っていなかった。

 負ける気はないとしても、相手は化け物で、異界の主。

 異界の中心に辿り着いたのが出来過ぎていただけだ。


「しかし、エインヘリャルの一員になれば、神代のルーンの加護を得られるだろう。僕の手を取れ。そうすれば」


「――お断りします」


 勝てない相手に挑むなど、初めてではない。

 首だけになっても敵を倒す手段があることも、彼女は知っている。


「例え愚かな選択だとしても、ヒトして――あなたに屈することはありません」


 広間に入る前から、溜めは完了してる。

 神代のルーンに届くかの保証はなく、無駄死にとなる可能性の方が高くとも。

 彼女は起爆のため制御を手放し、


「そこまでです、先輩」


「…………なぐも、くん?」


「ええ、南雲悠太です。最後がアレでしたが、無事でいてくれてありがとうございます」


 剣聖によって呪力が斬り裂かれた。

 

お読みいただきありがとうございます。


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