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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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帰り道を教える

 異界に呑まれた魔導戦技部は、兵士から逃げ続けた。

 一体を複数人で囲んで叩けば確実に、一対一でもギリギリ勝てる戦力差だが、あくまでも一体だけを相手にした場合。数え切れないほどの兵士が殺到する異界では、一体倒す間に囲まれて磨り潰される。

 そのため、逃げて、隠れて、どうしようもない時に戦って隙を作り、また逃げて隠れる。

 スニーキング系のゲームをしたことがあれば分かるかと思うが、逃げ隠れし続けるというのは神経を削る。ましてや、見付かればほぼ死亡という状況で、そもそもクリアさせる難易度というのを加味すれば、彼女達がどうなるかは、論じるまでもないだろう。


「…………先輩方、生きてます?」


「生きてるわよ……死んでたら、返事できないでしょ」


「は、はは……は、……ブラックジョークがジョークじゃない状況だけどね……」


 目が死んでいた。

 心も死んでいた。

 だが、生きている。

 呪力や気力は消耗しているが、強敵と戦う余力は残っている。


「大変でしたねぇ……本当に、…………本当に、大変でした」


「生きているのが不思議よね。魔導戦技で鍛えてなかったら、死んでたのは確かだけど」


「強さはともかく、悪辣さとかはプロの人達の方が上だもんね。何もさせてもらえずに何度も死んじゃって……あれと比べたら、異界の兵士さん達はまっとうと言うか、もっと搦め手を覚えないとって思っちゃう。……まあ、覚えられたら、何も出来ずに死んじゃうから都合がいいんだけど……」


「その点は感謝した方がいいかもしれませんね。――無理やりこんな地獄に拉致した時点で訴訟すっと飛ばして死刑ですけど」


 兵士に気付かれないように無言を貫いてた彼女達が、言葉を交わす理由は簡単だ。

 隠れ潜む必要がなくなったのだ。


「同感だから、さっさと死刑執行しましょうか……逆に死刑執行される可能性大だけど」


「……よ、弱気はダメだよ! ……この大きな門を前にして、不安になるのは分かるけど、せめて気持ちだけでも勝っていかない!」


 ヴァルハラ異界の中心点に建つ、巨大な城館。

 城門だけで五階建てのビルに匹敵する高さがあり、それ以外も城門に見合うだけのスケールを持つ建造物である。

 異界の広大さに見劣りしない城館は、同時に主の強大さを示している。


「じゃあ、――開けます」


 成美は、城門に備え付けられた丸い取っ手でノックした。

 押しても引いても動きそうにないから、というのもあるが、ここは条理など通じない異界の中。正式なルートで入ればすんなり奥まで通してくれるかも、という予想から「まずはノック」をしようと全員で決めた。

 もしダメなら、押し込み強盗すればいいと開き直ってもいるが。


「普通に開いたわね。ちょっと拍子抜けだわ」


「途中まで明かりもあるから、これに従って進めってことだよね?」


 罠かもしれないという警戒心はある。

 それでも、彼女達は明かりに従い奥へと進む。

 城館内は複雑で、曲がったり昇ったり下ったりを繰り返すことで方向感覚は機能しなくなる。明かりに従うのが正しいのだろうか? という疑念が足を重くするが、襲撃を受けることはなく、罠が仕掛けられている様子もない。

 方針を変えるのは被害を受けてからにすべきだと、疑念を殺して従い続ける。

 その果てに、彼女達は辿り着いた。


「驚いた――」


 荘厳であった。

 黄金を基調とした精緻な装飾が広間全体に施されているのに、華美ではなく静謐な秩序が敷かれている。


「――玉座の間に辿り着くのは羽虫だけだと思っていたのに」


 広大であった。

 一〇〇名の部隊が互いに殺し合いをしても、過密にならないほどに。


「だが、認めよう。ヴァルハラの中心に至ったお前達が紛うことなく勇士であると、――我が王に代わり僕が認めよう」


 妖精が跪いていた。

 主なき玉座に向かって頭を垂れ、至上の礼を尽くしている。


「……――はん、あたし達は別に、認められなくったって構わないんですがね! あたし等を拉致監禁した代償、その首で払ってもらいますよ!」


「威勢が良いな。玉座で騒ぎを起こしたとして潰しているが、それは羽虫の場合だ。お前達のような勇士はそうでなければいけない。我が王の威光に逆らうことは万死に値するが、我が王が指揮する兵であればむしろ美徳だ」


 優雅さを感じさせながら、妖精は立ち上がる。

 入れ替わるようにして、三人はその場に跪いた。


「さあ、我が王に忠誠を誓え。勇士としてエインヘリャルの参列に加わるが良い!」


 魔導ではない。

 呪力でもない。

 カリスマなどでも断じてない。

 単純に――生物としての格の違いが、重圧として三人にのしかかっているのだ。


「――っ、――――っっっ!」


「神威を前に抵抗するのは良いが、辛いだけだぞ? ただ一度、恭順の意を示すだけで良いのだ。さすれば我が王の庇護下に入り、神威は重圧ではなく祝福としてお前達の力となろう」


「…………その、代わり……外の木偶人形になるんでしょう?」


「木偶人形とは随分な言い様だな。あの者達こそがエインヘリャル。ラグナロクの折、我が王と共に戦うことを許された勇士達だ」


「自我がないのに勇士とか……笑えるわね。自由意志を奪われ、……自己判断さえ出来ない兵士が、勇士なわけないでしょう。……あんなのは奴隷以下よ……」


 妖精は訝しむ。

 意識を保つだけならまだしも、まだ口が利けることを。

 勇士だと認めたが、彼女達は化け物でも本物でもないただの魔導師。

 妖精は異界の主であると同時に、神の代行者。借り受けているだけであるが、その神威は本物。跪いているのだから重圧は確かにある。口を利くどころか息をするのも困難なはずなのに、なぜ身体が動いているのかと。


「奴隷以下の人形を……これ見よがしに自慢するのがどんな存在か、知ってる……? 他人を信じられない無能か、一人遊びしかできない臆病者か、そもそも人を動かせないコミュ障よ」


 神威の重圧を受けながら、立ち上がった。

 一人だけではない。三人全員が、重さに耐えながら立ち上がったのだ。


「宣言してやるわ、妖精――あんたにも、あんたの王の駒になるのはゴメンよ! 味噌汁で顔洗って一昨日来やがれ!!」


 広間を満たしていた見えない力が、弾け飛んだ。

 重圧は消え去り、妖精はこれでもかと目を見開いている。


「…………そうか、……そうか、そうか……考えてみれば、お前達はあの羽虫の仲間であったな。なら、この結果も当然か」


 クツクツクツ、と身体を震わせる。

 怒りや歓喜、それ以外にも種々様々な感情が混ざり合い、呪力に変換され、妖精の矮躯の隅々に行き渡り、凝縮される。

 限界まで濃縮された呪力は爆発――することはなかった。


「ならば帰るが良い。我が王の名に誓い明言する。その扉をくぐれば現実の身体に戻る」


 妖精が指し示す先を振り返ると、扉があった。

 広間に入ってきたときに使ったはずの扉だが、彼女達は帰り道であると直感した。


「なぜですか? 私達に帰り道を教えるメリットは、ないはずですが」


「勇士は他にもいる。見込みがないのなら次を招くだけだ」


 嘘は言っていないだろう。

 本当のことも言っていないが、妖精に従えば異界からは脱出できる。

 そう理解しつつ、ライカはデバイスを構えた。


「その次とは、南雲くんですね」


 遅れて、フレデリカも成美もデバイスを構えた。


「なるほど。パイセンの相手に集中したいから、あたし達を排除したい、と。理にかないますね。かないすぎてダメダメですが」


「兄貴の前座ってのは気に食わないけど、こいつの邪魔ができるってんなら別よね。嫌がらせには充分すぎるし」


 妖精は、忌々しげに手を伸ばす。

 玉座に立てかけられていたナニカが、勢いよく飛んできた収まった。


「――いいだろう、勇士達。あの羽虫を屠るついでだ」


 今度こそ、妖精の呪力が爆発した。

 広大な広間を一瞬で満たし、なおも止まらず濃度を上げていく。

 それは決して神威ではないが、それに匹敵する重圧となって彼女達に襲いかかった。


お読みいただきありがとうございます。


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