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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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侵入する手段は

「死にかけもいるけど、全員無事のようでなによりだわ」


「……治ってるけどさぁ、血まみれの一般人相手にその反応はどうなの?」


「真門くんが一般人なら、血まみれになる前に死んでるわよ。それに治ってるならいいじゃない。四肢欠損してるならさすがに心配するけど、死ななきゃ安いのよ。身をもって知ってるでしょう?」


「知ってるけど……少しは心配して欲しいなぁ……」


 無茶苦茶な理論だが、手足の欠損を補完する手段がいくつもあるのは事実。

 値段が安いのであれば金属や木石の義肢。費用に糸目を付けなければ、生身の手足を生やすことも可能なのが、現代の魔導・科学技術なのだ。

 もっとも、好んで欠損をする者は滅多にいないが。


「さて、真門くんがわりと元気なのは予想通りだけど――半分死んでるわね。何したのよ」


「絶刀を二度振っただけだ。あと一度は問題なく振れるし、それ以外ならいくらでも」


「死ななきゃ安いけど……よくもまあ、自分から死にに行けるわね。真門くんとか私みたいに治せないってのに」


 全てを斬る剣――絶刀。

 武仙流の皆伝であり、悠太を剣聖たらしめる必殺であるが、あくまでも使えるだけ。

 実戦で振るうにはお膳立てが必要な上、反動もすさまじく大きい。それこそ、短期間で二度も三度も振ることがあれば、剣を振ることが出来ない身体になることも。


「使わなければ長引いたし、星詠みは俺が絶刀を使うことを前提にしたはずだ。でなければ、あそこまで相性の良いはずがない。詳細は知りようもないが、天乃宮も相性の良いのを宛がわれたのだろう?」


「そうね。勝ち負け以上が得られる組み合わせだったわ」


 誰もが五体満足で勝利したが、神造兵器にこの戦果はありえない。

 例えば悠太の相手が、香織が相手をした好戦的な個体であったなら。問答無用で先制攻撃を仕掛けられ、読み合いによる膠着には持ち込めなかっただろう。悠太の手が空いていなければ、真門を圧倒した個体を一撃で戦闘不能に持って行くことは出来なかっただろう。

 結果的には完勝しているが、実際には薄氷を踏むかのように危ういもの。

 星詠みの誘導なくして得られない結果だったと、誰もが分かっている。


「なら、理解できるだろう。絶刀を振るうことを求められ、振るう条件が整えられ、振るうことで最善が得られるのなら、躊躇なく振るのが剣聖だ。思うことがないと言えば嘘になるが、星詠みは剣聖を十全に活用できる手合いだ。思うところがないと言えば嘘になるが」


「珍しく強調するわね。私も分からなくはないけど」


 同意を求めるように笑みを浮かべると、真門は気まずそうに口を噤む。

 真門自身は星詠みではない。星詠みはあくまでもゼファエルであり、真門もゼファエルの指示に従っているが、天乃宮家の当主なのだ。


「でも、今日のはあくまでも初空の案件なのよね。天乃宮はその補助というか、微調整というか、ぶっちゃけ下請けでしかないの。クライアントからの撤退指示がない限りは、星詠み様の手駒にならないと」


「例の赤い破滅か。そのためにも、絶刀はなんとしても残さなければ」


「……一応、言っておくわ。異界へは私が行ってもいいのよ? 最善は確かに南雲くんだけど、最終的な結果は変わらないし」


 魔導師も剣士も、一般的な職に比べて死に近しい。

 この理論は軍人にも適応されるが、本物は彼らと比べてさえ死が近い。

 化け物や例外を相手にしなければいけないからであり、悠太も香織も死ぬことを覚悟している。ただ、どちらも好んで死ぬつもりはなく、死んでもいいと思っているわけではない。


「気遣いはありがたいが、アレは俺の獲物だ。勝手に取らないでもらおうか」


 だが、死ぬ可能性を考慮してでも、優先する目標を持つ者もいる。

 悠太の空を斬るという目標が典型例であり、初空と手を組んだ理由でもある。


「でしょうね。はいはい、分かってる分かってる。私としても楽できるなら文句ないから――最低でも異界は破壊しなさいよ。あんたが失敗して死んだら、次は私なんだから」


「天乃宮本家の魔導師が直々にとなれば、安心して死に番ができるな」


「――ったく、私に負担がかかるだけだから、死ぬのだけは絶対にやめなさいよね」


「当然だ。空を斬るまでは絶対に死なないと決めているからな」


 戦いにおいて絶対など存在しない。

 呪力の過多、術式の量で決まるというなら、例外が例外以外に敗れることはない。

 しかし、歴史を紐解けば例外に勝利した化け物や本物の記載など数多あり、化け物や本物を抜きにして例外を鎮めたという事例も存在する。

 これらは、世に絶対がないことの証左である。

 同時に、どれほど対策を講じようとも敗北の可能性をゼロにすることが出来ないことを意味している。

 理解してなお、二人は絶対と口にした。


「――ところで、異界に侵入する手段は確保しているのか? ないと言われると、俺ではどうしようもないので困るんだが」


「それなら真門くんに聞きなさい。私は専門外だから」


 二人の間に沈黙が流れる。

 魔導師ではないが、魔導師によって得意不得意があることを悠太は知っている。

 呪詛と破壊を得意とする香織が、精緻極まる異界について知らないのは当然のことであるが、釈然としない気持ちが湧き上がった。


「香織ちゃんの言うように、僕から説明しますが、……準備はいいですか?」


「…………ああ、大丈夫だ。問題ない」


 湧き上がる気持ちが表に出ないよう、どこかで聞いたセリフを口にする。


「では説明……と、言いたいところですが、やることは単純です。僕が開けた異界の門から悠太先輩が侵入。北欧神話のヴァルハラを模していると思われること以外が一切不明の異界を探索し、妖精――朱のユートピアを排除。後は僕たちがどうにかします」


「了解した。分かりやすくて助かる」


「…………あの、話の腰を折ってすみません。本当に大丈夫ですか? ぶっちゃけますが、異界攻略と朱のユートピア討伐を、悠太先輩に全面的に丸投げするって話なんですが」


「普段なら『ふざけるな』と蹴り飛ばすような話だが、異界関連なら仕方ないだろう。時間と人員と装備が揃っていても、人をカナリアにして手探りするしかないんだ。そのどれもが足りない今、異界に確実に侵入手段を提供できるなら上等だ」


 異界が、最も危険で厄介な魔導災害と言われる所以だ。

 どれほど多くの人が取り込まれたとしても、特性を持つ異界なのかを外から知ることは出来ない。実際に人を送り込み、帰還させ、彼らの口から語らせることが異界探索の基本となる。もちろん、探索用の機械や使い魔を送り込むという方法もあるが、そもそも人以外の侵入を阻む異界も存在する。

 さらに、朱のユートピアのヴァルハラ異界のように、侵入どころか観測すら困難な異界も存在し、侵入手段はあれど異界への到達率が一%未満という探索自体が困難な異界も数多く存在する。

 故に、侵入手段がある時点で幸運と言えるのが現状だ。


「そう言っていただけると助かります。では、説明も終わりましたので――開きます」


 胸ポケットのスマホを指先で叩くと、右中指の指輪に呪力が流れる。

 痛みと倦怠感で世界が明滅するも、顔を歪め、食いしばりながら姿勢を保つ。

 どれほどの時間が経ったのか、真門は正確に把握できない。一瞬のようでもあり、数時間を耐えたようでもあり、倒れなかったのが奇跡のようである。


「では、行ってくる。――天乃宮、真門くんを頼む」


 遠のくことさえ許されぬ意識が、確かにそう聞いた。

 異界に繋がる歪みに悠太が消えると、真門はバタリと崩れ、香織に抱き留められる。

 光の強弱さえ区別できない視界が元に戻ると、何の変哲のない教室に、真門、香織、綾芽の三人だけが残されていた。

お読みいただきありがとうございます。


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