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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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死蔵してたっぽい

 本物に分類される存在は、化け物・例外に対する切り札ではあるが、両者には埋めることのできな大きな溝がある。

 特に大きいのが存在規模。化け物を象とするならば、本物は蜂でしかない。殺せるというのも、殺しうる毒を持つというだけ。無論、本物が蜂ほど脆いわけではなく、化け物から見ても本物は危険なので積極的に殺そうとはしない。

 ただ、存在規模、生命としての格差が象と蜂ほどもあるのは事実。

 近付き、毒を流し込めば勝てるとしても、近付かれる前に殺されては意味がない。また、化け物も例外も、ほとんどが長い年月を生き抜く知恵を持っている。危険な蜂を駆除するために、山ごと焼き払う力も方法も持っている。

 本物と呼ばれるほどの強者だから、格差と脅威を鮮明にイメージできてしまう。

 化け物や例外を前に感じる圧とは、その結果生じるものなのだ。


「…………はぁ……帰りたい」


 神造兵器が本館から出て行き、圧が消える。

 その反動か、悠太は弱音を吐き出した。


「同感です。もう、本家の責任にしていいので、僕も帰りたいです。全部投げ出して、死人が出ても運が悪かったですねって知らん顔して、ぐっすり寝たいです……マジで」


「でも、君は逃げ出していない。本当に強いな。……俺も、弱音を口にしている場合ではないと知っているのに……すまない」


「いいんですよ、弱音をいくら吐いたって。僕たちは人間なんですから、吐かない方が不健全です。むしろ、弱音の一つも出せない方が危ないんですよ。限界までため込むどころか、限界超えて自殺しちゃいますからね」


 真門が笑みを浮かべる。

 顔と同じくらい、足も笑っているが、笑顔は笑顔だ。


「なら、天乃宮や部活の皆には内緒にしてくれるか? フーはともかく、先輩や後輩は多少なりとも剣聖に幻想を抱いていると思うからな。壊したくはない」


「もちろん、構いませんが……なんで香織ちゃんもなんですか? 剣聖どころか魔導界の実情ならよく知っていますが」


「同格の相手には見栄の一つも張りたいだけだ。その程度の自尊心はあるつもりだぞ」


 近くの椅子をひいて、腰を下ろす。

 平静を装っているが、隠しきれないほどの疲労が出ている。

 真門も同じように椅子に座ると、疲労と恐怖が身体の震えに変換された。


「……はぁ、ふぅぅ、……はぁぁぁ、すみません……少し」


「少しと言わず、いくらでも。俺も似たようなものだ」


 目を瞑り、心臓の上で手を重ね、抑えることなく身体を震わせる。

 身体の修復は完了し、戦闘前よりも健康体になっているが、精神は別だ。廃棄兵器という規格外の力を保有していても、真門は魔導師でも剣士でもない、ただの一般人。

 天乃宮家当主という席に座るだけの、一般人でしかないのだ。


「もう、……充分です」


「まだ五分も経ってないが、いいのか?」


「これでも慣れてますから。香織ちゃん達も呼ばないといけませんし…………ところで、何も聞かないんですか? 僕が持ってる物についてとか、色々」


「色々とは、アレか。天乃宮が君の指示を聞いているとか、神造兵器をどうやって凌いだのかとか、俺をここまで飛ばしたかとか」


「はい、それらをひっくるめて、です。香織ちゃんや綾芽は当然として、僕が普通じゃないことは気付いてますよね? 気になったりしませんか?」


 日本では銃規制と同様に、魔導技術の保有にも厳しい制限が課されている。

 その代表例がデバイスだ。魔導師が高度な術式を使用するには、高度な演算能力を持つデバイスが必要となる。そのため、軍用と民間用のデバイスでは演算能力に大きな差があり、魔導術式の制限もされている。

 制限を緩和するには国家資格が必要であり、職業魔導師として活動するには最低でも魔導三種以上を保有する必要がある。

 だというのに、真門の持つデバイス――廃棄兵器など――は、魔導一種でも保有が禁止されるほどの出力がある。魔導師でなくとも、剣聖である悠太が気付かないはずがない。


「気にはなるが、言いたくはないのだろう? なら、言う必要はない――ああ、異界に入るために聞く必要があるなら聞くが、そういうわけでもなさそうだな」


 四体の神造兵器のうち、三体は破壊。残る一体も神格を破壊して無力化。

 もはや、悠太達の異界侵入を阻む勢力は存在しない。


「ええ、先輩をここに呼んだときと同じです。異界に入れるだけなら、説明はいりません。問答無用で放り込むことも可能です」


「なら充分だ。異界に放り込んでくれれば、後は妖精を探して斬るだけだ」


 刃のない、剣型のデバイスを持ち上げる。

 疲労が抜けないのか、デバイスを持つ手がまだ震えている。


「……剣聖に問うのは失礼かも知れませんが、本当にソレを使うんですか? 余計なお世話なのを承知の上で言いますが、質の良い剣なら出せますよ。例えばコレとか」


 廃棄兵器を取り出した時と同じように、どこからともなく日本刀が現れる。

 悠太はそれを素直に受け取ると、慣れた手つきで鞘から抜く。


「素晴らしいとしか言えないが……とりあえずで出して良い物ではないだろう。実用品として以上に、美術品としての価値が高いぞ。しかるべきオークションに出せば、数千万は確実に届くのではないか?」


「えっと……ああ、江戸中期の刀らしいですよ。襲われて返り討ちにして、剥ぎ取った後は死蔵してたっぽいので、気にしないでください。――あ、古いのが気になるなら、借金の担保として回収された新刀とか、第二次大戦で製造された赤羽刀なんてのもあります」


「いや、これで妖精を斬れという指示なら従うぞ。ただ、さすがにもったいないという話であってだな……」


「あ、そうだ――これはオフレコでお願いしますが、妖刀や魔剣の類いも出そうと思えば出せましてですね」


 古刀を鞘に納めながら、どんでもない発言を聞く。

 妖刀や魔剣は危険な存在だ。人の手で製造されたデバイスも広義の意味では含まれるが、現象として異能が定着した物は魔導災害に分類される。

 ゴールデンウィークでの騒動を引き起こした妖刀《綿霧》がまさにそれ。

 危険度にもよるが、持っているだけで罪に問われかねないのである。


「精神汚染の危険がある物ばかりなんですが、綿霧が効かない先輩なら問題なく扱えるはずです。政府としても、剣聖が持ってくれるなら、と事後承諾でも容認してくれると思いますので、どうでしょう。危険手当として、五本くらいもっていきませんか?」


「在庫処分感覚でとんでもないことを言うな。あと、その妖刀は仕舞ってるんじゃなくて、封印しているんじゃないのか? 精神汚染で破壊しないなんてのは、破壊した方が危険な類いくらいだぞ」


 ちなみに妖刀《綿霧》は、封印も破壊もできない類いの危険物である。

 その本質は刀ではなく呪詛。相手を斬りたくなる精神汚染と、斬った相手に同じ精神汚染を付与するという呪詛こそが妖刀の核。確認された時点でどれほど呪詛が広がっているが分からず、現代でも誰がこの呪詛を保有しているを正確に把握できていない。


「おお、さすがですね。でも、もっと危ない物を封印するついでに、死蔵してるだけなので。先輩ならデメリットなく使えるだろうというのも本当ですし、出すとしても使用者にだけ影響あるやつにしますから」


「……まあ、問題なく使えるとは思うが、どれもいらん」


 真門は、突き返された刀を受け取る。


「剣聖などと呼ばれているが、俺は未熟だ。切れ味の良いものを使えば、斬りたくない者まで斬ってしまう。今回であれば……」


 口が止まる。

 順当に考えれば、巻き込まれた生徒や教師に、文化祭の来場者達。

 だというのに、別の誰かのことを言おうとした。


「……だから、このナマクラを使う。絶刀であれば問題なく斬れるし、祓魔剣なら物理的に斬る必要もない。こんな枷が必要な未熟者が、俺だ。だからこそ、最弱と呼ばれるんだ……」


「分かりましたが、その認識は間違ってると思いますよ」


 美術品としての価値が高い刀は、出したときと同じように唐突に消えた。


「悠太先輩のこだわりは強さです。普通は、死地ではこだわりなんて捨てるんです。しょうがないとか言って。でも、先輩は貫こうとしますし、これまで貫いてきました。だから今回もどうか、貫き通してくださいね」


お読みいただきありがとうございます。


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