殺すのであれば
悠太の絶刀は、違えることなく神造兵器の核を貫いた。
いかなる修理・治療をほどこしたところで、もう二度と神造兵器としての力を振るうことはできないほどに、その機能を破壊した。
「……未熟だな」
剣型のデバイスを引き抜き、小さく呟く。
「未熟、ですか? 充分すぎるほどに殺したと思いますけど……」
「絶刀を振るって殺しきれなかった。これで未熟でないならなにが未熟だというのだ」
絶刀は、武仙流の奥義である全てを斬る剣。
神にすら届く剣は、悠太には負担の大きい代物。これを振るうなら必殺の状況でなければならず、一太刀で殺さねば悠太が逆に殺される諸刃の刃。
だというのに、神造兵器はまだ稼働している。
さらに、神造兵器を貫くと同時に、歯車によるカウンターを受けている。真門が空間を歪めて悠太を守っていなければ、抵抗も出来ずに殺されていただろう。
そこまで理解するからこそ、悠太は自身の未熟を口にする。
「……いえ、事前の打ち合わせもなしに空間を歪めて、敵の目の前に転移させたんですから……上手くいかなくて当然だと思いますよ? むしろ、よく一撃で核を潰せたなとビックリしているんですが……」
「師匠や姉弟子なら、反撃する間もなく殺している。なにより、俺は剣聖だ。これほどの有利を活かしきれないなら、恥じて当然だろう」
無茶苦茶な理論であるが、剣聖にはそれを求められる。
魔導一種や奥伝では対処しきれない生ける不条理を、剣を持って殺す理不尽。
それが出来るからこその剣聖であり、それをするからこそ存在を許される。社会にとっての剣聖とは、扱いにくい異物でしかないのだ。
「ビックリしたのは俺の方だ」
「あ、……そうですね、すみません。いきなりの転移はどうかと思いましたが……あのタイミングでないとダメっぽかったので……」
「違う、俺のことじゃない、君のことだ。……死にかけてまで足止めする必要はないんだぞ」
違和感しかない教室だ。
壁、床、備品、神造兵器には一切の損傷がないのに、真門だけが血に塗れている。
衣服は余すことなく血が染みこみ、しかし真門の身体には損傷がない。
まるで、傷付いた側から治したように。
「……仕方ないんです。ええ、……仕方、ないんです。今日の僕の仕事がこれだったから、やったに過ぎないんです」
最弱とて悠太は剣聖。
自身の力量は当然ながら、神造兵器の強さも正確に把握している。
その上で、悠太は深く息を吐いた。
「星詠みの思惑通りに踊るのが最善だとは分かるが……イヤならイヤと言っていいし、辛いなら辛いと言うべきだ。真門くんの事情は知らないが、多少は察しているし……君は俺の後輩だ。言える範囲で吐き出して構わない」
「あはは……優しいですね、先輩は。では、耐えられなくなったら、甘えさせてもらいます」
真門は、自身の目的のために天乃宮家当主であることを受けて入れいる。
手放すことはありえず、手放せと強制されれば全てを使ってでも抵抗する。
故に、真門は従うのだ。天乃宮の星詠み――ゼファー・ラジエールの指示に。世界滅亡を防ぐための駒となることを受け入れたのだ。
当主という立場に居続けるための、正当な対価として。
「さて、と……っっぅ」
「無理をするな。というか、立って良いのか?」
「治っているので、これは幻肢痛みたいなものです。――何か、言い残すことはありますか?」
伏した神造兵器の前まで身体を運び、しゃがむ。
かろうじて稼働している神造兵器は、真門と視線を合わせるために首を動かす。
「なぜ、対話を求めるのです?」
「僕がしたいから、かな」
隈護真門は天乃宮家当主であるが、魔導師ではない。
例え殺されかけたとしても、相手が人でない神造兵器であっても、殺すという選択が取れるほど心が強くはない。
「生き辛くはありませんか? 貴殿の立場では、弱みにしかなりませんよ」
「そうですね。……投げ出していいなら投げ出すでしょうし、……夢とか人生設計とかがメチャクチャにはありましたが、この立場でしか出来ないことがあります。この立場だから、許されることがあります。そのためであれば、耐えられます」
魔導師はあくまでも、魔導を扱う技能職であるが、中には魔導の深奥を目指す研究者や探求者が存在する。彼らは魔導師の中では少数派ではあるが、魔導を使って犯罪や災害を起こす可能性が高い危険な存在だ。
こうした危険な魔導師は、命題と呼ばれる絶対のテーマを持っている。
生涯をかけての研究テーマ、と言えば聞こえは良いが、命題はその程度では済まない。
そもそも、魔導を極めるためには人の生涯では足りない。一〇〇年という寿命を超えて古種となってもなお足りない。では、足りない時間をどう埋めるかと言えば、命題を探求するために血族を巻き込む。または、探求のための組織を作る。
その最たる存在が――天乃宮家である。
「耐える……それは、滅亡の未来を超えるために……?」
天乃宮家の命題こそ、滅亡の回避。
本家も分家も命題を果たすために存在し、当主であったもその宿痾からは逃れることは許されない。――否。逃れることは可能だが、天乃宮家を捨てることを意味する。
「いやー……そっちはあくまでも義務であって……ただのお仕事だから……耐えられるのは個人的なことが理由で……」
顔を赤く染めながら、誤魔化そうとしどろもどろに口を濁す。
「――いいでしょう。ならば別の問いを」
瀕死の神造兵器が何を考えているかを、真門は推測することすらできない。
ただ、察したとか、呆れたとかではなく、単純に真門への興味を薄れただけのように感じ取れた。
「なぜ、我等を破壊しようとしたのですか?」
「なぜも何も、異界の楔を破壊しようとしただけで――」
「――否定。我等は異界を顕現させる触媒でありますが、維持は仮の主のみで行います。また、異界へのアクセスを試みる場合、我等のいずれかに声をかければ済む話です。ハティの月を手中に収める天乃宮家が気付かないとは思えません」
絶句した。
言葉を失った。
悠太がではなく――真門が。
天乃宮家の当主が、信じられないことを聞いたと驚愕した。
「……なぜ、貴殿がそのような反応を?」
「いや、だって……知らないし、聞いてないし……」
隈護真門が天乃宮家当主であることは事実である。
だが、彼は星詠みではなく、魔導師でもない。
ただの一般人である彼が当主の座に納まっているのは、星詠みであるゼファエルを保有者だからであり、ゼファエルが全ての情報を真門に伝えるわけでもない。
というよりも、伝えることができないのだ。
ゼファエルが扱う情報量は、人のみでは一‰も処理できないほどに膨大であり、伝えない方が良い結果に繋がることが多い。天乃宮家が真門という当主に求めていることは、メッセンジャーとしてであり、それ以上ではない。
「あ、でも、推測は出来るよ!」
「結構です。世界の破滅を防ぐため、という答えしか返ってこないのでしょう」
うぐぅ、と口を閉ざす。
一言一句違えないことを言うつもりだったからだ。
「ただ、一つ忠告を――最弱の剣聖が斬った遺骸が回収されました。貴殿等の描く未来にどう影響するかに興味はありませんが、碌でもないことに使われるでしょう。――あの妖精と同じように」
貫かれた胸に手を当てながら、神造兵器は身体を起こす。
「剣聖、殺すのであればこれが最後の機会です」
「殺し損ねた相手に固執する気はないし、介錯は望んでいないのだろう? 本命が残っているのに消耗する気はない」
神造兵器の全滅が、異界の破壊に必須であれば殺しただろう。
朱い妖精を討伐する余力が残らない可能性が高いが、香織や綾芽という代役がいる。
しかし、残せるならば残すつもりだったので、何もせずに見逃した。
本命は朱い妖精。神造兵器の討伐は、邪魔が入らないようにするためであり、危険性がなくなれば手を出す理由はないのだ。
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