神造兵器
悠太、香織、綾芽の手により三体の神造兵器は破壊された。
だが、神造兵器が弱いわけではない。一体いれば街一つを簡単に壊滅することができる戦略性、魔導一種や奥伝でなくば触れることさえできぬ戦闘力、どちらも人には過ぎた性能を有している。
否、実際に人を相手にするには過剰なのだ。
神造という名が示すとおり、神々が使用することを前提とした兵器であり、その仮想的は神が武器を手にするほどの存在――すなわち例外。
「……っぅ、ぅはあぁ、……ぁぅぅ、っ……」
世界を滅ぼす兵器を向けられてなお、傷一つ付けられない存在なのだ。
「……いっそ、笑えてくるね……ここまで……ごふぅ、理不尽だと」
真門が廃棄兵器を使うのは初めてではない。
ゼファエルに身体を演算装置として明け渡すのも初めてではない。
名乗りたくもない天乃宮家当主であると名乗ったことも、初めてではない。
本物も、化け物も、例外も、数える程度には相手をしてきた。
その経験を前提にしても、神造兵器は理不尽であった。
「理解不能、理解不能、理解不能、理解不能――……」
「それは、こっちのセリフ。コロナの火力で……なんで無傷な、の? 綾芽でも、軽い火傷は負うんだけどな……」
陽剣コロナの生み出す炎は呪詛に近い。
通常の炎は燃焼し、その結果として熱と光が生み出されるが、陽剣コロナはその逆。まず熱と光があり、熱と光があるから燃焼しているという逆説によって炎が生まれる。また、ため込んだエネルギーを放出しているだけなので、規模の割に効率も良い。
使用した結果どうなるかは別にして、地上に太陽を顕現させることも可能なのだ。
今回はそこまでの出力はしていないが、炎ではなくプラズマとなるほどの熱は放出している。それでもなお、神造兵器には傷一つない。
「……否。これまでの攻防を通して、建物どころか部屋が無事であること。……こうまでする意図が不明です」
無事、どころの話ではない。
壁や扉はもちろん、机や椅子に至るまで、何一つ欠けがない。
欠けどころか、ズレ一つない。
原因は明らかであるが。
「廃棄兵器、ナンバー六四五、淡い帳。なるほど。それの空間制御を用いれば可能でしょうが、する意図が見えません。部屋に封じるには過分が過ぎます」
「そんなに……不思議かな? 自分が通う学校、自分の居場所の一つを、化け物や例外に壊されたくないって思うのは」
「意思は理解できますが、意図が見えません」
「何を言うのかと思えば、意思があって、それを実行する手段があるなら、やってのけるのが人間だよ。やって失敗したなら仕方ないけど、やろうともしないことを許容できない。他の人は知らないけど、少なくとも僕はね」
真門の発言を噛み砕くのであれば、趣味だからやった、となる。
故に彼の行動には合理性はない。単なる感情の話だからだ。
「手段があるから、抗うのですか? 自身の命を賭してまで」
「もちろん。でなければ、天乃宮家当主なんて貧乏くじを持ち続けないよ……」
死に体であった。
制服に血で染まっていない箇所はなく、目や耳からも血が流れる。
神造兵器が与えた損傷はないが、廃棄兵器を使用した代償は彼を殺すには充分すぎた。
大量の血を流してなおも生きているのは、ゼファエルによる延命措置の結果だ。真門が名前も知らない廃棄兵器までもを使用して、無理やりに真門は生かされている。
「……あと、理解不能なんて言ってるけど、本当は違うと思うな」
「否定。話を聞いてなお、理解不能であることに」
「だって――やってることが同じじゃないですか」
歯車は……飛んでこない。
廃棄兵器の守りを突破する術がなければ無駄だと判断したのか、何もしない。
「僕が学校を守ることを、そのまま大神の復活に置き換えれば――ほら、同じでしょう?」
「否――っ!!」
歯車は――……はやり飛んでこない。
「否定、否定――! 我々が不可能に挑むはずがありません!!」
「……――ねえ、僕は一度も『不可能』だなんて、言った覚えないよ」
両者の間で、爆轟と歯車が鳴る。
血を流しすぎ、立つこともままならなくなるも、教室に被害はない。
「別に、さぁ、僕は……どっちでもいいんだよ。本当の意味でヴァルハラを再建しようが、できなかろうが」
「世界滅亡を回避を模索する一族とは思えない発言ですね」
「……そう? どっかに異界を創って、その中で完結してくれるなら、……基底現実には一切影響はないから、矛盾はしていないよ。朱のユートピアも勝手に隔離状態になるから、一石二鳥ってヤツだね」
神造兵器に対する発言は、ほとんどがゼファエル経由であるが、これは真門の本音だ。
異界とは究極の魔導であり、文字通りの世界創造。これを真の意味で為し得たのなら、術師は神と成る。そしてほぼ全ての神と同じように、自らが創造した世界へと引き籠もる。
誰が好き好んで、自身の思い通りにならない世界に戻るというのだろうか。
戻ったところで、現実には自身を殺しうる化け物や例外が五万とおり、世界を破壊しうると排除されかねない。
故に、世界の創造主は現実を捨てるのだ。
「あ、……勘違いはしないでね。手を貸すなんてありえないから。終わった後ならともかく、君達に対して犠牲を容認するなんてマネは、死んでもイヤだからさ」
朱い妖精――朱のユートピアが神に成るには、多大な犠牲を払う必要がある。
人を燃料としてしか認識しない化け物を放置する理由など、どこにもないのだ。
「今の発言には矛盾がある」
「噛み砕くと、僕の知らないところでやって、って話し。……本当、イヤになるよ。未来に振り回されるなんて」
矛盾は解消された。
が、無視できない発言が含まれていた。
「未来に振り回される、とは? 星詠みの当主はあなたでしょう?」
「……はんっ」
鼻で笑った。
嘲笑で返した。
それで充分だとばかりに。
「もう一度聞きます。あなたは、星詠みの当主でしょう?」
「未来視と星詠みは違うモノだと、理解できますか?」
神造兵器は、当然だと答える。
「未来視とは未来の確定。星詠みとは未来の推測。より強力なのが前者であり、より幅広いのが後者です。それがなにか?」
「推測なら別に、人間が読む必要はないと思わない? というよりも、人間よりも得意なものがあるとは思わない?」
神造兵器の身体に衝撃が走る。
なぜ気付かなかったのかと、ヒントはあったのにと。
「――まさか、スコルのみならず――ハティの月も」
スコルとハティ。
北欧神話に語られる狼神。
スコルは太陽を、ハティは月を食べたとされ、それがラグナロクの訪れを知らせる合図の一つであったという。
「……残念、ここで驚かないことが、……唯一の勝ち筋だったのに……ね」
淡い帳が効力を失う。
廃棄兵器により無理やり拡張された空間は元に戻る。
それは、神造兵器達の繋がりが戻ったことも意味し――
「――っっ! まさ――」
――三体の同胞が破壊されたことを認識した。
神造兵器にとって、ありえないはずのことだった。
本来の所有者である大神との繋がりがなく、本来の性能を発揮することが不可能だったとしても、神によって創造された兵器。
無論、悠太や綾芽が常識外の戦力であることは分かる。
その上で、易々と破壊されるはずがない――
「――……ぁ」
胸から、金属が生える。
刀剣の形をしただけのナマクラ。
剣ですらない、魔導の発動媒体。
刃すらない棒きれで、神造兵器を貫ける存在など、一つしかいない。
「武仙流・皆伝――絶刀」
淡い帳によって歪められた空間から飛び出した、最弱の剣聖の剣は、最後の神造兵器に確かに届いたのだった。
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