故に、天乃宮香織は
霊長三類・鬼種。
現代では混血を含めても絶対数が少ない種族であるが、かつては洋の東西問わず、猛威を振るった種族である。
地獄の官吏として語られる鬼や、吸血鬼のような不死身の化け物。
土蜘蛛やオーガのような妖精種に近い鬼。
神話にまで遡れば、巨人や鬼神までもが鬼種に含まれる。
呼び方こそ鬼であるが、その範囲は多岐にわたるのが鬼種という種族だ。
混血の鬼種である天乃宮香織は、この多岐に分類される鬼である。
「ははははっははははっはははは! いいわねいいわよ! こんだけぶっ叩いても壊れないなんて、サイコー! 最っ高のサンドバックじゃないの!!」
魔導師は例外なく専門を持っている。
初空の未来視や、天乃宮の星詠みのように有名な専門もあれば、魔導師個人が胸に秘めた専門もある。
香織も例外でなく――否。魔導一種を持つ優れた魔導師であるからこそ、専門を持つ。
彼女の専門こそ――呪詛である。
この呪詛こそが、香織が混血の鬼種である証なのだ。
「最高だと? 最高なのは鬼女であろう!! 我を前にして恐れるどころか喜悦を見いだすその狂騒、まさしく勇士! まさに現代のベルセルク!! 今からでも遅くはない。いや、すぐにでも我等がヴァルハラに参列せよ! エインヘリャルとなり至高の闘争に備えるのだ!」
「何がヴァルハラよ、何が至高よ、闘争ならここにあるわ! いえ、今、この瞬間の闘争を楽しまないでどうするのよ!!」
呪詛に詳しい魔導師が今の香織を見れば、呪詛に呑まれたと断言するだろう。
まともな政府であれば、即座に魔導災害として適切に処理するであろう。
だが、香織は呪詛に呑まれてはいても、呪詛に堕ちたわけではない。
暴走状態であるのに、香織は理性を手放してはいないのだ。
「……ぐぅ、器用ではないか、鬼女よ!」
その拳も、蹴りも、呪詛も、あますことなく神造兵器のみを注がれている。
呪詛に呑まれ、狂騒を楽しんでさえ、彼女は魔導師なのだ。
否、この狂乱こそが魔導師としての香織の本質。
呪詛という名の魔導災害を制するからこそ、彼女は魔導一種であり、天乃宮の魔導師たりえるのだ。
「だが、なぜだ? なぜ武器を持たない!! 実に素晴らしき武であるのに、なぜ凶器を持たないのだ!! それでは勇士たりえぬぞ!! エインヘリャルには届かぬぞ!?」
「私が武器を持たない理由? そんなの、私が魔導師だからに決まってるじゃない」
香織は素手で神造兵器と対峙しているが、剣人会の剣士達からすれば正気を疑う光景だ。 そもそも、人の手足は凶器にはなるが武器ではない。どれほど鍛えても軟鉄よりも柔い。魔導で強化することは出来るが、武器を強化した方が効率が良い。何より、武器を使った方が間合いが広くなる。
人は武器を持つからこそ、人よりも強い獣や化け物を相手にできる。
武器を持ってようやく、それらの前に立つことが出来ると言い換えることもできる。
「いな、否、イナアアアアァァァ! 確かに、確かに鬼女は強い! 素手にも関わらず我に呪詛を届かせる強者である! しかし、だっ! 武器があればより確実に我を損傷させられただろう! 事実、鬼女の武は武器を前提とした武である! なにより、武器も鎧もない鬼女は、我の手により血を流している!」
神造兵器は香織に合わせて近接戦を楽しんでいるが、適宜歯車も飛ばしている。
香織は素手を貫いているが、神造兵器は歯車を組み合わせた武器を手にしている。
神造兵器の間合いに踏み込み、幾度となく殴打し呪詛を流しているが、一撃を当てるまでに三度は神造兵器の攻撃を受けてしまっている。
制服はボロボロで、血によって赤く染まってもいた。
「はぁ、スペックは高いのにつまんない考えしてるわね。南雲くんの訳分かんない考え方のほうがマシだわ」
「南雲くんとは、我々を斬った剣士――最弱の剣聖・南雲悠太のことか? 彼の剣士も素晴らしいが、なぜだろうか? 我々は彼の剣士を勇士とは認められない。実に不思議だ!」
「不思議でも何でもないわよ。あんたらの言う勇士って、騎士とか武士とか狂戦士みたいな武人の類いでしょ? 南雲くんみたいな求道思想の連中はね、頭魔導師なのよ。自分なりの命題を持ってて、それを追求することしか考えてないの。戦うとしても追求の手段かとか、仕事としてとか、政治的な理由とか、そんな不純物の塊としてよ。エインヘリャルなんて戦闘狂と同じなわけないでしょう」
天乃宮香織は、根っからの魔導師である。
思考も、生き方も、価値観も、全てが魔導師としてチューニングされている。
武器も持たず、徒手空拳で戦っていることも、彼女の命題に関わるから。
「矛盾がある。鬼女は自らを魔導師として定義している。それが真であるなら、魔導師に近い南雲くんが戦いを楽しまぬ理由にはなるまい」
「なるわよ。だって魔導師にとって戦いは手段よ。私が楽しんでるのはね、闘争こそが神楽になるからよ。鬼の呪詛を楽しませて、鎮めて、塵も残さずに成仏させること。これこそが、大江鬼の呪詛の巫女である私の命題。天乃宮家が挑むに相応しい、世界を救う使命よ!」
大江鬼とは、平安時代に実在した鬼の集団だ。
茨木童子を頭とし、大江山に巣くった強大な鬼達。
源頼光と、彼の配下である四天王によって駆逐された鬼は、呪詛を残した。
呪詛は国を滅ぼすほどの濃度がったが、呪詛とは適切に処理すれば霧散するもの。平安時代の魔導師達であれば問題なく処理したはずだが、大江山にはある鬼がいた。
鬼の名は――酒呑童子。
茨木童子の食客でありながら、大江山の鬼を実質的に支配した――鬼の純血種。
彼の鬼が核となり、大江鬼の呪詛を余すことなく飲み干したことで、大江鬼の呪詛は禍津神となった。国滅ぼす呪詛鬼神の対処を任された一族こそが、天乃宮家である。
彼らはこの禍津神に対処するために選んだのが、呪詛に耐えうる巫女を人柱とし、数百年、数千年をかけて呪詛を浄化するという気の長い儀式。この儀式は現代でも続けられており、現在の巫女こそが天乃宮香織である。
「だからね――もっと私を楽しませなさい! 鬼の呪詛を浄化するための供物になりなさい! 天乃宮の鬼神楽で死ぬまで味わせてあげるからさあああぁぁぁ――っっっ!!」
呪詛の基本は類感である。
類似したもの同士は互いに影響を受けるという――類感の法則。 これは知ろうとの呪詛でも神の呪詛でも変わらない基本条件であり、香織が鬼の混血となった原因。
鬼の呪詛を扱うものは鬼である――という当然の帰結。
彼女の語る鬼神楽とは、大江山の鬼呪を鎮めるために編み出された。そして、鬼とは荒ぶる神の象徴である。そんな鬼を楽しませるのは闘争に他ならない。鬼が満足するほどの闘争を、長く続けるための技術。
すなわち――武芸だ。
武芸こそが鬼神楽であり、鬼を鎮めるために闘争を楽しむ。
故に――香織にとって闘争は手段なのだ。
「香織、やかましい」
香織と神造兵器の間に、何かが投げ捨てられた。
「遊んでるヒマなんて、ない。真門が死んじゃう」
「真門くんなら死なないし、心配ならあんたが行けばいいでしょうが」
何かを捨てた綾芽が、頬を膨らませながら着地した。
「そっちは、悠太先輩がいってる」
「ならいいじゃない。私が神楽を優先したって結果は変わらないわ」
「そういう問題じゃ、ない」
土煙が晴れると、神造兵器の残骸が現れた。
下手人が誰かを論ずるまでもない。
同胞を殺された神造兵器は、
「素晴らしい、素晴らしいぞ! さすがは純血種!! 我々を苦もなく破壊する力があれば、必ずや我等が主が復活するであろう!!」
――喝采だった。
恨み言の一つも言われると思っていた綾芽は、うんざりと言わんばかりに眉をひそめる。
「……綾芽。真面目にやらないなら」
「分かった、分かったわよ。だから私に止めを刺させなさい」
「止めだと? いな、否であるぞ! 我はまだ」
パチンッ、と指を鳴らす。
それだけで、神造兵器は溶け落ちて、永遠に動くことはなくなった。
「残念だけど、もう終わってたのよ。呪詛の触媒をそんだけ浴びて、無事でいることに疑問を覚えなさいよ」
溶け落ちた部分には、ある共通点があった。
香織の血だ。
大量に付着した血が呪毒となり、神造兵器を溶かし殺したのだ。
「やっぱり、遊んでた。真面目にやってたら、もっと前に殺せたのに」
「そりゃ、私の魔導は鬼神楽だもの。遊ぶに決まってるでしょう」
兵器である彼らには理解できないだろう。
殺せたのに殺さず、楽しむためだけに戦うなど。
兵器には理解できない故に、天乃宮香織は魔導師なのだ。
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