1対4での指導
「はいはい。時間もないことだし、さっさと殺し合ってね」
「おい待て天乃宮。ここが異界に近い結界内で、この身体が幻術で出来たアバターってことを説明してないのは別にいいが」
「別にいいならいいじゃない。それとも、チュートリアル要員に説明しろっての?」
ヒドい言い草である。
フレデリカより弱いが、団体戦で県大会上位に入る実力はあるメンバーなのに。
「俺がヒヨッコ共に忖度するわけないだろう?」
悠太の言い草も大概であった。
「じゃあ何よ? くだらない理由ならぶっ飛ばすけど」
「この身体が幻術なら、本物の身体はどうなってる? あと、真門くんだったか? 倒れてたけど介抱しなくていいのか?」
「実体なら結界内に格納してるわ。アバターが残機無しで死んだら現実にはじき出されるだけだから、何の心配もないわよ。真門くんについては余計なお世話。結界とアバターの維持に処理能力を取られてるだけ。根本的に解決したいなら、この茶番をさっさと終わらせなさい」
「分かった分かった。天乃宮なりに心配してるんだな」
試合を急かす理由に得心がいったと、悠太は剣型デバイスを正眼に構える。
魔導剣術部の部員は、同じく剣型デバイスを正眼に構えた部長を除いて、まだ現状に戸惑っていた。
「早く構えろ、ヒヨッコ共。剣士でありたいなら、反射で剣を構えるまで反復しろ。強くなりたいなら認識よりも早く斬れるように鍛えろ。だから全国に行けないんだよ」
あからさまな挑発を受け、ようやく剣を構える三人。
悠太は構えたまま何もしない。
「お前等、南雲さんを囲め。斬りかかる前に可能な限り魔導を待機させろ」
部長の指示を、彼らは実行した。
魔導剣術は一対一の競技のため、包囲戦の経験はなく訓練もしたことはない。
それでも悠太を囲う。悠太が魔導を使えない剣士であるなら、常識の範囲にしか剣は届かないから。
「…………行くぞ!」
四人は一斉に動いた。
未経験のため練度はお粗末でしかないが、フレデリカの首を確実に飛ばせる程度の連携はできていた。
「っ……!」
一息の内に部長の手には痺れが残り、三人の首が飛んだ。
無意識のうちに首を守っていた剣を下ろした部長の目に、残心を取る悠太の姿があった。
「うん、驚いた。フーと同じ軌道ではあるけど、防がれるとは思わなかった」
悠太が何を行ったかは明白であった。
一息の内に、一足一刀を四回行使しただけ。
魔導によって強化された四人に何もさせず、単純な身体操作のみで三人の首を飛ばした。
トリックが介入する余地のない、単純な話である。
「南雲さんを驚かせたんなら、大金星かな?」
「まあ、意味はないけど」
ぼとり、と。
部長の両腕が根元から落ちた。
「見えなかったでしょ? 予備動作のなくすことこそ、一足一刀の本質。武人としての位階を上げるか、対応できる魔導を習得するか、くらいしか対応できない」
部長の首もぽとりと落ちる。
これがアバターでなければ、周囲が血の海となる惨状が広がっただろうが、残機ありの幻術。
四人の身体はすぐに元通りとなった。
「さて、ヒヨッコ諸君。自分がいかにヒヨッコであるかは理解できたことだろう」
血糊でも払うように剣を振るうと、四人は首を押さえた。
首を斬られた感触を思い出したのだろう。
「でも、安心して欲しい。俺はどこぞの生徒会長と違って鬼じゃない、人間だ。それに、愛弟子からヒヨッコの面倒を見て欲しいとお願いされているからな。ちゃんと指導してやるから、構えろ」
すぐに構えたのは部長だけ。
その他の三人は、部長の喝を受けてようやく構えた。
「躾はまあまあ、出来ているな。心構えはド素人並だが」
「厳しい意見だね。あくまでも部活なんだから、甘く見てもらえないかい?」
「充分、甘いぞ? 先手は譲ってるし、ぐだぐだしても待ってるだろう。フーが同じことしたら、骨が折れない程度にぶっ飛ばしてるからな。――あ、生温い手を打ってきたら、首を飛ばすなんて優しい対応はしないからそのつもりで」
もはや先は見えているので結論だけ述べるが、悠太は無傷で勝利した。
「踏み込みが浅い。剣が軽い。圧が弱い。牽制なのが丸見えで牽制になっていない。それ以前に牽制後の繋げ技もなってない。牽制の基本は相手を誘導すること。それには本命に等しい圧か、好機と誤認させる弱さのいずれかが必要。今のにはどちらもない」
などと言いながら、両腕を八等分にしてからの唐竹割り。
「魔導剣術だ。剣で時間を稼いで魔導をメインにするのは立派な戦術だし、理に適って入る。だが、肝心の魔導があらゆる点で鈍亀以下。発動速度は遅すぎる、術式が荒くて密度が低い、術式選択の判断は不適切かつのろま。これなら雑に剣を振った方がよっぽど脅威になる。魔導をメインにしたいのなら、体力作りと合わせて使用する魔導を絞れ。俺がやられてイヤな攻撃や妨害を具体的に挙げるなら」
向けられた魔導を全て切り捨て、魔導剣術のルール内で有用な魔導をいくつか伝えた上で、袈裟懸け。
「はっきり言って、一番ダメなのだお前だ一年。技量云々以前に、学ぶ姿勢が中途半端。反射神経と呪力を扱う才能はある方だ。そこは否定しない。センスがあるヤツに分類されるが、センスだけだと伸びなくなる。武術や魔導に限らず、技術ってのはセンスがないヤツを育てて、センスがあるヤツを超えるためのマニュアルだ。お前の心が折れるまで、センスだけじゃ対応できないものを見せてやるから、終わったらじっくり考えろ。センスに頼るんじゃなくて、センスを活かすやり方を」
………………一番悲惨な末路を辿ったのは、一年だった。
具体的に何をしたのかは明言を避けるが、自害を一〇回試みて一〇回とも阻止された、という事実があったことだけ付け加える。
「最後に残ったのは部長さん……で、いいんですよね? 間違ってないですよね?」
「そうだが、ヒヨッコじゃなくていいんですか」
「まあ、最後の一人ですし、愛弟子が世話になってますし」
悠太は構えを解いて、頭を下げた。
「……というか、すいませんでした。指導とはいえ、先輩をヒヨッコ呼ばわりして。可能なら事前に説明をしたかったのですが、誰の口から漏れるかが分からないので」
「いやいや、南雲さんから見なくても、ヒヨッコなのは事実ですよ。個人戦はフーカのおかげで県大会でベスト八でしたが、団体戦は県大会に出るので精一杯。でも、今日の指導を受けたメンツがいれば、もっと上を目指せるでしょう」
部長も構えを解いて、頭を下げた。
「図々しいお願いではありますが、俺が出せる最高を見ていただけますか?」
「そのつもりですが、一つだけ。――上段はヒヨッコが使うものじゃありません。部長さんくらい大柄なら多少はマシでしょうが、才能に頼りすぎて剣が鈍ります」
「分かっています。練習は欠かしたことはないですが、試合で使ったことは一度もありません。ただ、剣聖と謳われるあなたの意見を聞きたいだけです。……贅沢なのは、理解していますが」
「いいですよ。滅多にない機会ですからね」
悠太が構え、会話が止まる。
上段の部長は痛いほど早鐘を打つ心臓を、深呼吸で鎮める。
悠太は何の反応も見せず、部長が動くのをただ待っていた。
「しやあああああああああああああ!!」
怒号裂帛。
体格という才能を、身体強化の魔導で底上げしての振り下ろし。
まともに当たれば鉄骨すらへこませる必殺の一撃を、悠太は一歩下がって回避する。
「――っっっ、ぃぃぃいいいいやあああああああ!!」
床を打ち、剣型デバイスを壊すはずの軌道が、変化した。
振り下ろしからの切り上げ。よくある繋げ技ではあるが、部長のそれは技と呼べるほど綺麗ではない。
魔導によって引き上げられた身体能力のみを頼りに行われる、文字通りの、無理矢理の力業。全身の筋繊維のみならず、骨や内臓にまでダメージが入りかねない渾身の二撃目は、人に致命傷を与えるには充分すぎる威力を秘めていた。
「先に総評を言うと、論外」
自身を犠牲にした渾身は、悠太には届かなかった。
「初撃は合格。力任せの部分は大きいけど、部活でやるならあれで充分。特に評価できるのは、発生に魔導を仕込んでいること。軽度に精神干渉することで、怯みやすくするのは良い工夫だ。――だけど」
悠太の剣が、部長のノドを貫いた。
「最後が全てを台無しにした。部活動で玉砕覚悟で剣を振るうんじゃない。あれで病院にでも連れてかれたら、他の部員に迷惑がかかる。最悪、学校や親御さん、指導の先生に批判が集まる。もし、本気であれを使いたいんなら、扱いが面倒な慣性制御の魔導や、反動に耐えられる身体作りをすること」
言い終えると、剣を振って首を落とす。
他の三人と同じように、部長のアバターは溶けるように消失した。
「……ただ、あの剛剣はうらやましい」
誰に聞かせるわけでもなく、ぽつりと本音を漏らす。
残心を解き、ドームのセンターに自分以外が残っていないのを確認し、悠太は観客席へと踵を返した。
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