矛盾、しています
本館で戦端が開くよりも前。
四人の中で、最も早く神造兵器と接触したのは悠太であった。
「…………」
「覇気どこか、戦意がないな」
悠太が抱いたのは困惑の感情であった。
剣士に限らず、武人にとって戦うことは喜びに繋がっている。
勝利を好む者、生死の狭間を住処とする者、自身の性能を確かめる者、喜びの理由は様々であり、大小はあれど戦いを肯定する者が多いのは事実。
その意味において、神造兵器と戦闘は生涯に一度あるかないかの好機。
至上の闘争を期待される中、当の本人にやる気がないとなれば、困惑して当然。
「…………」
しかし、悠太の困惑が戦えないことへの落胆ではない。
単純明快に、予想しない事態であったから困惑していたのだ。
「望むのなら介錯するが、どうする?」
「…………」
一足一刀――反応がないので、とりあえずで斬りかかった。
中伝であれば、斬られたことにさえ気付かない自然な動き。
厄介なことに、悠太にとって介錯なので殺気や闘気は微塵もない。
達人でも反応が遅れるだろう一刀は、文字通り宙を斬った。
「…………何を?」
「いやなに、無言を肯定と受け取っただけだ」
歯車の翼をはためかせ、ふわりと着地する。
一足一刀の届かぬ位置ではあるが、意図した距離ではない。飛び退いので降りただけ。着地した位置が偶々間合いの外側だったけなのだ。
「楽が出来るならと横着したに過ぎないが、まあ、いい」
ゆったりとした動作で、剣型のデバイスを正眼に構える。
「斬り合いにはならないだろうが、戦いを望むならば付き合おう。お前に引導を渡すためにここに来たからな」
「な、ぜ……?」
心底分からないと、言葉足らずに問いかける。
兵器が戦う理由を問うこと自体が滑稽であると感じながら、悠太は律儀に答える。
「お前達をどうにかしなければ、異界をどうにかできないからだ」
「誤解……守っていない」
「だが、異界に道を繋げようとしたら、邪魔をするだろう? お前は別かもしれないが、他の奴らは確実に」
しばし間を置いて、首肯する。
「なら、斬るしかないだろう。お前にやる気がなかったとしても、他の奴らが攻撃されたら迎撃に参加するよう、指示が出ている可能性が高い。もちろん、指示がなく、参加する気もないと言うなら、何もせずに俺をここに釘付けにすればいい」
問いかけに答えないからと斬り殺そうとした人間とは思えない発言である。
しかし、本心である。
悠太にとって闘争とは手段でしかない。己の剣を振るうことに微塵も喜びがないと言えば嘘になるが、比重があまりにも小さい。避けられる可能性があるなら、徹底してそれを選んで戦闘を避けるのが、最弱の剣聖である。
「……あなたは、勇士ではない」
「そりゃ、剣士だからな」
「違う……勇士は、勇敢な戦士。ヴァルハラに招くに値する……ほどの。……あなたも、技量だけなら……招ける。でも、……勇士じゃ、ない。なぜ……?」
「なぜ? とは、勇士でもないのに剣を磨くのか、という意味か?」
間を置かずに首肯する。
「簡単な話だ。斬りたいモノがあるから、剣技を磨いてきたにすぎない。――ああ、先に言っておく。こうして戦場にいるのは、剣聖としての務めを果たさないと社会から排除されて、結果として斬りたいモノを斬れなくなるからだ」
「…………剣神に匹敵する……あなたに、斬れないモノがあるとは、思えない……」
神造兵器の言葉は正しい。
武仙流の皆伝、絶刀は、文字通り全てを斬る剣だ。
例外に分類される精霊種や神霊種にすら届く斬撃であるが、悠太は滅多なことでは使用しない――いや、使用できない。ただ、神々に届く手段があるという事実は、彼の位階が神々の域にあることを意味し、同じく神々の位階に属する神造兵器であればその事実を感じ取れる。
故に、神造兵器には想像ができないのだ。
剣神にも匹敵する、神域の剣士が斬れない存在など。
「いやいや、斬れないものなんて五万とあるぞ。例えば、見上げればすぐに……」
悠太に合わせて、空を見上げる。
目に映るのは、朱い妖精を閉じ込めるための結界。
「結、界……?」
「すまない。これは俺の思慮不足だ。結界がない場合に見えるモノがそうだ」
見上げたまま想像をする。
脳裏に浮かぶのは、細切れになった白い雲と、青々とした空。もしくは、夜に瞬く星と月。または、と考えても豪雨や雷を伴う曇天くらいのもの。
「……何か、ある? もしくは、……神々にも視えない、何かを見てるの?」
「頭が硬いな。どれだけ手を伸ばしても届かない――空。俺が斬りたいのはそれだ」
間を置いて考える。
首を傾げながら考える。
日本語以外の言語を話しているのかと可能性を探りながら考える。
しかし、どれだけ考えても、悠太が「空」を斬りたがっているという結論になる。
「……空、とは。テュール神の治める領域である、空、でしょうか?」
「テュール神が何かは知らんが、天空神であるならそうだな」
急に、目の前にいる人間が、得体の知れないナニカに変貌した。
頭を振りかぶり、努めて平静に、言葉を紡ぐ。
「ならば、空を斬るとは、天空の擬人である天空神を斬る、という意味?」
「なぜ、そんな手間をかけなければいけないんだ? もっと単純に、曇天の空に向かって剣を振って、雲を斬り裂いて日の光を浴びる。その程度の意味でしかないぞ」
神を斬るというのなら、まだ理解できた。
不敬極まる行為であるが、勇士が強者に挑むのは喜びであり生態だ。
しかし、空に向かって剣を振り、その結果空を斬るというのは、何の生産性のない行為。
そこに闘争はなく、愉悦もなく、喜びもなく、意味もない。
つまりは、無駄なことに挑んだ結果、神々の領域に届いてしまったのだと理解した。
勇士にとってはもちろん、人間にとって栄誉極まる偉業を為したというのに、まるで価値を見いだしていないことも理解してしまった。
「……あなたはやはり、勇士ではありません」
他の場所で戦闘が開始された。
神造兵器でさえ恐ろしさを感じるほどの呪詛が無遠慮に振りまかれ、純血種が荒ぶり、同胞の気配が遠くなる。
事前の命令により戦闘態勢へと変化するが、神造兵器にはどうでもよかった。
目の前にいるナニカを排除せねばと歯車の翼を広げる。
「仮の主にも、同胞にも、あなたを近づけさせる訳にはいかない」
価値観の違う化け物を幾度も見てきた。
理解できない異質を幾度も屠ってきた。
その経験が、目の前のナニカを排除せよとささやく。
「結局はそうなるのか」
剣と歯車を向け合うと、時間の流れが変わった。
一秒が何百倍、何千倍にも引き延ばされ、互いに殺し合う。
刃の剣に斬り裂かれ、歯車に身を砕かれ、四肢を破壊しても斬り殺され、首を潰したのに斬り殺され、腕や足だけを奪って斬り殺され――……。
幾度も、幾度も――……。
幾千も、幾万も――――…………。
延々と続く殺し合いの中、終わりの見えない闘争を続け、
「武仙流・皆伝――絶刀」
終わりは唐突に。
前触れもなく訪れた。
「……理解、できません」
胴体を斜めに斬られただけ。
核に値する部位は無傷であるのに、再生することができない。
いや――再生して立ち上がろう、という戦意が沸いてこない。
「これほどの闘争を前に、なぜ、心が躍らないのです……」
神造兵器は確かに楽しんでいた。
殺さねばならぬナニカだと認めながら、双方にしか通じないシミュレーションであると理解しながら、現実に斬られる瞬間まで、生涯最後の闘争を確かに楽しんでいた。
だというのに、悠太の中に――喜びがほとんどなかった。
「色即是空、空即是色――この世の全てが等しく無価値であるなら、戦いで抱く感情も同様に無価値だ。……俺は弱いからな。そんなものに意識を割いていたなら、間違いなく負けていた。なら、戦いを楽しむはずがないだろう」
「……その考えは……矛盾、しています」
悠太の至った理を、神造兵器は否定する。
「全てが無価値と言うなら、空を斬るという……無駄なことをしません。無駄を行うのならば……そこに、価値を見いだすということ……無価値のままに、挑み、至るほど、神域は……安くは、な……い」
戦意ごと身体を斬られた兵器は、機能を停止する。
神々の領域にあるモノにとって、本質とは重要な意味を持つ。兵器であれと規定された存在が、戦意を失うとはどういうことか。兵器としての本質を自ら否定すれば、どうなるか。
答えは悠太の眼前にある。
「さあ、ね……ただ、矛盾に答えを出したとき、俺は業を知るのだろう」
壊れた兵器に背を向け、屋上を後にした。
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