天乃宮家の――
未来を観測する魔導師には、大きく二つの使命がある。
一つ目は明るい未来、俗な言い方をすればハッピーエンドやトゥルーエンドへと至る道を選び取ること。
二つ目は滅亡の未来、俗な言い方をすればバッドエンドやデッドエンドを回避すること。
星詠みの一族である天乃宮家は、後者を使命とする一族である。
「……威力高めに撃ったけど、どうなったと思う?」
『信頼度九九%で無傷でしょう』
天乃宮家の興りは約一二〇〇年前にまで遡る。
とある天体の欠片を手にした天乃宮家の祖先は、一〇〇年をかけて解析し、それが高度な演算装置・記録装置であると知った。その欠片の中には、人類が知るよしもない隠された歴史と、人類が滅亡しうる数多の未来が記されていた。
通常であれば未来に絶望するであろう真実を前にした天乃宮家の祖先達は、絶望よりも前にあることを考えた。
すなわち『滅亡の未来がこれだけ多いのなら、未来は確定していないのでは?』と。
この考えからさらに一〇〇年をかけて『未来は不確定であり、完全な未来予知は存在しない』ことを証明した。この証明から一〇〇〇年間、天乃宮家は人類滅亡の未来を回避するための道筋と手段を探求する一族となった。
「理解不能――いえ、スコルの危険性を理解していないのですか?」
真門の持つ黒い剣――陽剣・コロナも、滅亡回避の手段の一つ。
機能は二つ。
ありとあらゆるエネルギーをため込み、外に逃がさない機能。
ため込んだエネルギーを、高効率で熱と光に変換する機能。
シンプルイズベスト、と言わんばかりの簡単な機能しかないこの剣が、なぜ廃棄兵器として死蔵されたのか? その理由を、真門は理解していた。
「変換効率があまりにも良すぎて、許容量を超えてもエネルギーをため込んじゃうって言いたいんですよね。……もちろん、分かってますよ。だから、異界化してるのに現実性を保っている、なんて特殊な状態でもない限り使いませんよ」
「理解して、なおも使用するというのなら、やはり狂っています!! スコルにヒビが入るだけで、異界化などとは比較にならない厄災が生まれるのですよ!!」
「ええ、ええ、もちろん、分かってます。単純に熱と光が無秩序に放出されて、日本の半分が吹き飛ぶのが一番マシなケースだってことも、よく分からない外宇宙と繋がって基底現実が揺らぐこともまだマシなケースだってことも、よーく、よーっく、分かっています」
危険性を理解しているからこそ、真門は廃棄兵器を使用したくないのだ。
それが、自身が保有するありとあらゆる権利を放棄する結果に繋がったとしても。
「でも、仕方ありません。使わなければ、確実によりヒドい未来に繋がるそうなので。まあ、未来を抜きにしてもです。危険性だけで言えば、朱い妖精を放置した方がよっぽど上なんですよ。だから使うのは仕方ないんです。……不本意ですが」
「人らしい傲慢さ。いえ、神々が遠ざかった故の不信心さですか。――なれば聞きなさい。我等が仮の主が成そうとしているのは、神域と神威、そしてそれらを統べる大神の復活に他なりません。この神聖なる偉業を知り、なおも立ち塞がるというのですか?」
「残念ながら、立ち塞がりますとも。というか、朱い妖精がやろうとしていることなんて、とっくに知っています」
歯車が爆ぜる。
空間が潰れる。
熱と光で呪力が砕ける。
神造兵器からすれば、遺憾の意を表明しただけのこと。
真門にとっては、身体中の神経を掻きむしられ、意識を失いかけるも、全身に走る痛覚によって目を覚まさざるを得ないほどの負荷がかかる。
「無様としか言えません。そのように矮小な身で、なぜ立ち塞がるのです?」
「……ふぅ、ぐぅぅ、はぁ、……そんなの、決まってるじゃないですか……」
二つの廃棄兵器を制御するために、真門は無茶をしている。
それは、自身を制御装置の演算リソースとして提供すること。
真門は魔導師ではないが、才覚だけは分家筆頭を名乗るに相応しいもの。それらを演算リソースにしているのだが、これは人体を無理やりコンピューターとして動かすようなもの。死なないように加減はされているが、長引けば人間性を喪失しかねない危険な行為。
彼がこのような無茶をする理由は一つ。
「僕が、天乃宮家の――当主だからです」
そも廃棄兵器とは、例外なく世界を滅ぼす要因だ。
いかに天乃宮家といえど、こんな危険なモノを現実に持ち出すなど通常はあり得ない。それこそ、朱い妖精の異界が現実を浸食した程度では使われないし、使ってはいけないのだ。
では、なぜ今回使用されているのかと言えば、初空の未来視が観測した滅亡を回避するためだ。朱い妖精の行動を阻害することが必須となるので、使われているに過ぎない。
ただ、使用の許可が出たとして、次に誰が使用するのかという問題が出てくる。
異界を幾重にも重ねた上で廃棄されてだけあり、廃棄兵器は人間には扱えない。
そのため、天乃宮家は廃棄兵器を扱うための、制御装置を開発した。
「当主? 神代にも匹敵する星詠みの一族の、当主であると?」
「うちの一族は、……少し、変わってましてね。分家は血筋で構成されていますが、本家は完全な実力主義。外から頭のおかしい優秀な魔導師を引っ張ってくるなんて普通なんですよ。だもんで、当主を選ぶ基準もいくつかあって、……不幸にも、その一つに引っかかったのが、僕……というわけです」
天乃宮家当主たる資格の一つ、それが廃棄兵器の制御装置に選ばれること。
その装置は今、真門の胸ポケットに入っていた。
「――ところで、疑問が一つあるんですが、聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
廃棄兵器の制御装置――ゼファー・ラジエールは、高度な演算装置だ。
現在は廃棄兵器の制御にリソースを割いているが、普段は別のことに使用している。
それは――未来演算。
天乃宮家が約一二〇〇年前に手にした、世界の滅亡を演算する天体の欠片。それの複製品を核とした演算装置、これが天乃宮の星詠みの正体である。
「あなた達は本当に、あの妖精が――朱のユートピアが、ヴァルハラを再建できると信じているのですか? 心のこそから、本当に?」
星詠み、ゼファエルは、真門では神造兵器を破壊することは不可能だと結論を出した。
それは廃棄兵器の性能が不足しているから、ではない。
使用者である真門の身体が、神造兵器を破壊するまで耐えられないのだ。
「当然――」
「嘘、ですよね。いえ、最初は信じていたのかもしれません。現実を浸食するほどの異界として、ヴァルハラは存在しています。いかに古種といえど、それは偉業と言うほかありません。でも、停滞をしているのではないですか? 何百年、もしくは何千年も前から」
破壊できないのであれば、どうするか?
ゼファエルが出した答えは単純明快――足止めである。
「……」
「多分、決定的だったのは、朱い妖精に対する名付け。丹念に、執拗に、病的なまでに痕跡を消して回ったようですが、人類はまだ忘れていませんよ。朱のユートピアという名前で、彼の妖精を縛った事実を」
神造兵器の興味を惹くように言葉を紡ぐが、真門は何一つ考えていない。
ゼファエルから指示を受け、右から左に垂れ流しているスピーカーに徹しているだけだ。
(……あの、ゼファエル? よく分からないんだけど、すっごく睨まれてません。なんだか一族郎党、末代まで祟ってやるみたいな……)
(よい傾向です。信頼度八〇%で作戦は成功しています)
(いや、あの……成功するのは結構なんだけど、……僕、殺されない、このまま)
(もっとも信頼度の高い作戦を実行しています。他の手段を実行した場合、信頼度九六%で失敗すると)
当主であれど、凡人である真門にはゼファエルの言葉がどれだけ正しいかは分からない。
ただ、代案を出せないので唯々諾々と従っているだけに過ぎない。
「……訂正、および謝罪をしましょう。あなたは間違いなく星詠みの当主であると」
「ありがとうございます? ……ちなみに、訂正された結果、どうするつもりですか?」
ゼファエルからは好きに答えて良いと言われたので、素で質問する。
碌でもない答えが返ってくると予想しながら。
「無論、排除すべき敵として、全力を持って対応するだけです」
顔を引きつらせるヒマもなく、自身の身体をゼファエルに差し出す真門であった。
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