既定路線です
真門くん周りの設定は悠太くんの設定よりも前に作っています。
四体の神造兵器は、校内の四隅に……いるわけではなかった。
校庭の真ん中、本校舎の教室、別館の屋上、プール、と。距離も位置も点でバラバラな場所に陣取っている。それぞれの適性を考えて、悠太は屋上、香織は校庭、綾芽はプールへと振り分けられた。
残った教室に振り分けられた真門は、足取り重く廊下を歩いていた。
「……はあ、なんでこんなことに」
『既定路線です。予定外の問題は発生していません』
答えがないはずの独り言に、返答があった。
真門は微塵も驚かずに、胸ポケットのスマホに触れる。
「ゼファエルにとっての既定路線でしょ。僕は一切聞かされてないよ」
『情報共有による行動の変化が無視できないと判断しました。事前に知らせていた場合、信頼度八一%でガーデンによる異界範囲の制限を躊躇し、不確定要素の介入を招きます。被害を最小限に抑えるのであれば、この選択が最適です』
「……戦略兵器を片手で封殺する化け物がいるからね、この町。それがなくても、校外に被害が出たら自衛隊とか十二天将が動きかねないか」
声は、胸ポケットのスマホから発せられていた。
ただし、通話ではない。電源ポタンを押すまで画面はスリープモードで黒いまま。解除しても、アプリは一つも立ち上がっていない。
「でもさ、ゼファエル。本当に平気なの? ガーデンは僕の生命線だよ。いやそれ以前に、廃棄兵器の封印が主な用途でしょ。まともな防御手段がないこの状況じゃ、僕が死んで封印が壊れたりするんじゃ……」
『ガーデンは最も安全に、最も安定して発動する障壁に過ぎません。防御性能のみを追い求めるのであれば、ガーデン以上の性能を誇る廃棄兵器は多数存在します』
「廃棄兵器を使うって時点で怖いんだよ。何が悲しくて世界が滅びかねない火遊びをしないといけないのさ……」
スマホに向かってうなだれる。
画面に表示されるのはシンプルなホーム画面だけである。
『本機は廃棄兵器の制御を主としています。信頼度九九%で制御すると断言します』
「うん、そうだね。ゼファエルはそう言うよね。分かってるよ。ゼファエルを信用してないわけじゃないし、信用しないと死んじゃうってのは分かってるから。だからこれはただのグチ。言わなきゃやってられないだけだから」
スマホを胸ポケットにしまい、教室のドアを開ける。
神造兵器は、窓の縁に腰をかけ外の風景を眺めていた。
瞳をドアの方へと一瞬動かすも、すぐに元に戻る。
「天蓋を覆う箱を造り出したのはあなたですね。不用心だとは思わないのですか? あなたが死ねば、この檻は成立しませんよ」
「……あなたを放置して、他の場所で戦闘が発生した場合はどうします?」
「無論、排除のために行動します」
「理由なんてそれで充分でしょう」
神造兵器はようやく、顔を動かした。
視認された。それ以上の意味などない行動に、真門は重圧を受ける。
肺と心臓を鷲掴みにされたような息苦しさの中、深呼吸をしてから視線を合わせる。
「不可解ですね? 勇士の資格さえないあたなでは、足止めもできません。一秒でも長く生きたいと願う草民の性質から外れています」
視線を合わせた上で、声をかけられた。
一方的な問いかけに耐えられず、心臓を抑えながら片膝をついた。
「……はあ、はぁ、……ふぅぅ……簡単なこと、です。一秒でも長く生きるための最善が、朱い妖精の排除だから……だからです」
窓の外、校庭から溢れ出た呪詛が、校舎を揺らした。
香織と神造兵器の戦闘が開始されたのだ。
「その好ましい心意気に免じて見逃します。では……?」
窓を割って飛び出そうと手を伸ばすが、届かない。
魔導障壁の類いはないのに、一定距離から進まない。仕方なしに歯車を飛ばすが、手が止まったのと同じ距離で止まり、ボトボトと床に落ちる。
「これは……?」
「……廃棄、兵器、ナンバー……六四五、淡い帳……」
蚊のよう鳴く耳障りな声。
聞く価値すらないそれが届いて、神造兵器は初めて真門を観察する。
呪力や術式を観測し、ついに真門の右中指にハマる指輪に気付いた。
「正気ですか……?」
「正気で、神造兵器の前に立てるとでも? ――ゼファエル、汝の閲覧を申請する」
『閲覧申請を受諾。――「我、汝に問う」』
胸ポケットのスマホから術式が起動する。
破壊のために歯車を撃ち出すが、真門に届くことなくボトボトと床に落ちる。
『「我は何者なりや」――』
「汝は管理者。名はゼファー・ラジエールなり……っ、ぅお……ぇぐ、かふっ」
神造兵器からの重圧とはまったく別の理由から、真門は身体の自由が効かなくなる。
ノドの奥からせり上がる吐き気を抑えようとするも、肺が潰れたようにまとな呼吸は出来ず、神経を掻きむしられるような痛みでまともな思考も出来ない。
身体は不規則に痙攣し、自身が顔面から落ちたことにも気付けない。
強力な呪毒を服用したかのような動きは、神造兵器から思考するという機能を奪い去った。
『ユーザーとの接続が完了しました』
「……はぁ、ぁぐぅ、……ふぅぅ、はあ、はあ、ぅぅ……ふぅ」
スマホから機械音が発せられると、真門が起き上がる。
神造兵器から見て、今の真門は死人と変わらない。
痙攣こそないが、歪む表情から痛みは継続していることは明らかである。
「何をしたか判別はつきませんが、無駄なことです」
歯車を撃ち出す。
真門の頬をかすめた後、壁が破壊された。
「重力異常による空間歪曲に、パラドックスを利用した無限等割。非魔導師にも使用できるよう魔導具に仕立てた腕は驚嘆に値しますが、解析は終えています」
「――ダストボックスへアクセス。ナンバー〇〇九の仕様を申請」
『申請を承認。廃棄兵器・陽剣コロナの現出を開始します』
歯車が撃ち出された。
一発ではなく無数に。
一人を殺すには過剰な、軍勢を屠るような歯車の弾幕。
それら全てが例外なく――熱と光に消し飛ばされた。
「――スコルの複製を持ち出すなど、何を考えているのです!?」
真門の持つ黒い剣に対して、感情を露わにした。
それは怒りや憤りではなく――畏れである。
「スコルの名前が出てくるってことは、やっぱり北欧神話の関係者か。――でも、気持ちは分かるよ。ダイソン球を再現するとか、天乃宮のご先祖様は頭おかしいよね」
北欧神話に登場する怪物・スコル。
魔狼フェンリルと巨人との間に産まれた狼で、太陽を飲み込んだという伝承を持つ。
また、ダイソン球とはSF小説などに登場する概念で、太陽を人工物で覆うことで太陽のエネルギーを余すことなく活用しようという代物。早い話が太陽を電池に替えるという概念である。
「答えになっていませんよ」
「簡単に言うと、世界滅亡を回避するための手段としてご先祖様が造っただけ」
「……狂っています。滅亡を回避するために、滅亡の要因を造り出すなど」
「だよねー。僕もどうかと思うよ。でも、ご先祖様も考え無しではないんだ。破棄できる物は全部破棄してるし、破棄するのも危険な物は、異界を何重にも重ねて造ったゴミ箱――ダストボックスに死蔵してるから」
滅亡を回避するために、滅亡の要因を造るとはどういうことか?
例えば、巨大隕石が衝突して世界が滅ぶとする。色々と対策を練り、巨大隕石を破壊するためのミサイルが開発できたとしよう。
巨大隕石に撃ち込めば無事に世界滅亡は回避することになる。
ただ、このミサイルが地球に撃ち込まれたなら?
間違いなく地球環境が大きく変化し、人類は滅亡することになる。
そして真門の持つ黒い剣こそが、例えに出したミサイルそのものなのだ。
「まともな神経であれば、死蔵した物を出すとは思えません」
「さすがに無条件では出せないよ。最低でも制御できる誰かと、天乃宮家当主の承認。この二つが必要になるからね」
そう言いながら。
真門は黒い剣――廃棄兵器・陽剣コロナから熱と光を放出した。
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