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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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ボーナスタイムを楽しみましょう

 展開を終えた異界を破壊することは非常に難しい。

 そのため、現実を浸食し尽くすし、展開を完了する前に対処することが基本であり、自然発生の異界は浸食速度が遅いためコレが可能となる。

 ただし、人為的に異界を展開する場合は別。

 朱い妖精ほどの化け物であれば、浸食を完了するのに一秒もあれば足りる。


 ――祓魔剣、絶招・虚空。


 朱い妖精の異界が浸食を終えるまでの一秒。

 素手で三剣を振るう悠太の絶招は、異界を斬り裂いた。

 魔導や武を極めたような化け物でも驚嘆するような妙技は、まさに剣聖と讃えるべき偉業である。


(……根幹を斬り損ねた)


 偉業を為したはずの悠太は、未熟を恥じるように唇を結んでいた。


「真門くん、無事か?」


「え? 無事って何が……あの、まさか」


「無事のようで何よりだが、ここ以外は全滅だろう。天乃宮なら無事だとは思うが、足切りラインはおそらくそこ。……表層しか斬れなかったのが悔やまれる」


 悠太の落ち度ではない。

 通常の異界であれば斬り込みを入れた時点で、風船が破裂するように異界は崩壊する。だが、朱い妖精の異界であるヴァルハラは冥界。肉体を取り込むことは叶わなくとも、精神体のみを取り込み、動かなくなった肉体を現実に残すことで、擬似的に死者と定義した。

 責めるべきは、このような保険をかけていた朱い妖精である。


「肌感覚でしかないが、範囲はかなり広い。どれだけの人が巻き込まれたか」


「安心して、とは口が裂けても言えませんが、被害は校内に留まっています」


「……星詠みが予め仕掛けをほどこしていた、ということか」


「そう、なりますね……ただ、異界とリンクさせた結界のため、解かない限り朱い妖精を逃がすことはありません」


「それは朗報だ。後は間合いに収めるだけだが、問題はそこだな。中途半端ではあるが、異界は展開済み。どこかに入り口があるだろうが、どこにある不明。発見したとしても、無防備であるはずもない」


「よく分からないけど、変なところを見つけて殴ればいいの?」


 首を傾げながら短慮な発言をしたのは綾芽。

 並の魔導師ならば脳天気な発言に眉をひそめるだろうが、悠太は頷いた。


「そうだが、小隈さんは変なところがどこか分かるのか?」


「んー、と、四つ? 妖精が連れてた人形の気配がするから、多分それだと思う」


「神造兵器が四体、か。……どうするか」


 剣聖としての義務感から、戦うことに否はない。

 ただ、純粋な戦力分析として、一対一でなければ勝ち目がない。

 異界に取り込まれていない人員でなければ戦力としては数えられず、最低でも神造兵器の足止めができる者となると、三人しかない。


「予定通り生きてるみたいで安心したわ。状況は分かってる? さっさと人形を殺して妖精も殺すわよ。大人しくしてろって言われてストレス溜まってるのよね。全力出して良いっていうか、全力出さないとこっちが死ぬって大義名分もあるし。ボーナスタイムを楽しみましょう」


 呪詛と呪力をまき散らしながら部室に入ってきたのは、香織であった。

 テンションが異様なほどに高いが、内面的変化よりも恐ろしいのが目である。血走るという表現では表せないほどにギラギラと輝き、同時に理性的に落ち着いている。

 少しでも突けば爆発する、そんな怖さを内包していた。


「闘争を楽しむような趣味はないが、斬らざるを得ないのは確かだろう。ところで、生徒会の被害はどうなっている?」


「私以外全滅よ。どれだけ呪力があっても、魔導一種級の障壁がないと呑まれるでしょうから仕方ない……ん? んん? ――ねえ、あなた。寝たふりをやめないと敵として処理するけど、どうする?」


 拳を握りしめ、一点を見据える。

 視線の先にいるのは、仮想世界にアクセスするための装置。


「そう警戒されなくとも、起きますので少々お待ちください」


 校内が異界に呑まれる直前にやってきた客だ。

 赤い女。

 そうとしか形容できない女に対し、香織は拳を解いた。


「一般人よね。何で異界に呑まれていないのかしら?」


「異界とは、魔導災害のでしょうか? このゲームのようなアスレチックを試していただけで、他には何も。もしや、大変なことに巻き込まれているのでしょうか?」


 嘘はなく、ただ困惑する姿に完全に警戒を解く。


「そうね。外からの助けなんて期待できない危険な状態よ。少しでも騒ぐなら安全のために殺すしかなくなるから、奥の部屋で閉じこもってなさい。あなたに出来ることなんて他にないから」


「実感はわきませんが、分かりました。では、皆様の武運長久をお祈りいたします」


 赤い女は、素直に奥の部屋へと待避する。

 騒ぎの一つも起こさないことに違和感を覚えるが、彼女らにとって都合が良いので気にしないこととした。


「あの女が呑まれなかったのって、南雲くんが何かした結果だと思う?」


「同じ部屋にいたから、巻き込まれなかった可能性は否定できない。再現性があるかは分からないから、期待されても困るが」


「そうよね。気にしている余裕なんてないし。――で、方針は? 固まってないってふざけたこと言うなら殺すけど」


「小隈さん曰く、神造兵器四体をどうにかする必要がある。間違いなくあの人形だろうから、対処するには四人必要だが……」


 足りない。

 悠太、香織、綾芽の三人は、間違いなく神造兵器を殺せる。

 一対一という前提があり、一人で二体を相手すれば逆に殺されるという点も同じ。

 だから、あと一人がどうしても足りないのだ。


「四人、ね。……魔導一種持ちってだけなら、心当たりがなくもないんだけど……神造兵器は本物じゃないとダメだし……あー、うん……仕方ない、か……」


 呪詛と呪力を抑え、その場に正座する。

 何をするつもりかと悠太が口にするよりも早く、香織は首を差し出すように頭を下げた。


「私から頼める立場じゃないけど、真門くん。どうか力を貸して」


「…………うん、それしか、ないよね………………ただ」


「ガーデンで封鎖しているのは分かってるわ。無理に倒す必要なんてないし、止めは私達の誰かが刺す。やって欲しいのは足止めよ。私達の誰かのところに救援に向かわないように」


「分かったから、頭を上げて、香織ちゃん。このくらいは始めから覚悟してるから」


 本当に大丈夫か、とは聞けなかった。

 一つは、足止めが必要であるから。

 もう一つは、天乃宮家の事情が関わっていると予想されるから。

 本家が分家に頭を下げるのは問題ということだが、そのように単純な話ではない。


(天乃宮が要請するのだから勝算があるのだろうが、真門くんは普通科で、魔導師ですらない。武の気配も微塵もないなら、天乃宮家が隠したい機密があるということか?)


 日本魔導界に大きな影響を与える天乃宮家である。

 化け物や例外と渡り合えるナニカを保有し、秘匿しているのは当然だ。

 問題があるとすれば、一般人と変わらない真門が関わっているという点であるが、彼は天乃宮の星詠みと繋がりがある。それを踏まえれば、彼であっても不思議ではない。


「今見たことは、忘れればいいのか? もとより言いふらす気はないが」


「忘れていただけるのなら、ぜひに。ひっじょーにデリケートな話なので」


「そうなの? 真門は、最近はよく天乃宮――むぎゅ」


「――ストーッッップ! アレはやむにやまれぬ事情があったからで、言う必要が少しでもないのであれば言う気は一切ないから!」


 隠したいナニカを言いそうになった綾芽の口を、急いで塞ぐ真門。

 複雑な家庭事情があるのだと、事情を聞きたくないという気持ちがより強くなる悠太であった。


お読みいただきありがとうございます。


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