対応マニュアル
文化祭二日目。つまり最終日。
魔導戦技部の出し物は大盛況であった。
「最後尾、こちら。人が多いので、一人一プレイです」
「えー、二時間くらい並んで、一プレイだけなの?」
「一人でも多くの人に、体験してもらうため。えっと……」
小隈綾芽は、対応マニュアルと書かれた冊子を取り出す。
目次から対応するページを開き、淡々と書かれていることを口にする。
「文句があるなら体験しなくて結構ですどうぞ他のクラスや部活の出し物へ?」
「ちょっと、そんな言い方」
「二回目の人の対応は、このページ。――こほん。同じことをもう一度言います文句があるなら体験しなくて結構ですどうぞ他のクラスや部活の出し物へ次は物理的に排除するのでご注意ください」
「だ、だから――」
「三度目は……実力行使? まあ、書かれてるなら仕方ない」
文句を言う男子生徒の顔を掴み、力尽くで別館から放り出す。
そしてまたマニュアルを開き、淡々と読み上げる。
「文句は天乃宮家の受付に直接どうぞ並び直すならお好きにどうぞ騒いだら強制排除します。……よし、対応終わり」
二度、三度と続ければ誰も何も言わなくなる。
一罰百戒を地で行く対応だが、続ければ当然悪評が出る。
ただ、部員に面と向かって文句を言えば綾芽が力尽くで追い出すので、SNSなどを通して人伝に広がっていくのだった。
「このペースなら、昼頃には混雑もなくなりそうだな」
「代わりに、評判が駄々下がりですけどね」
「……魔導戦技の評判が下がるのは、やはりマズいか?」
悠太個人としては、魔導戦技の評判が上がろうが下がろうがどちらでもいい。
実戦の場として活用してはいるが、なくとも問題ないのだ。
だが、天乃宮家は違う。魔導戦技を将来どうするかは分からないが、悪評が広まれば公開する前に立ち消えることもありえる。
「いえ、そちらは別に。今はまだ関係者からデータを集めている段階なので、一般層からの悪評なんてないも同じです。無理筋ではありますが、天乃宮家から機材を貸与されるための条件、という理由もあるので。……まあ、個人的には強攻策は反対なんですけど……」
「やはり当主からの指示か」
「……わかります?」
「ここ半年で幾度か体験しているからな。手のひらの上で転がされるように、都合良く事態が動く感覚は独特だ。どうなるか予想できるのにあらがえないのは恐ろしいが、味方であるうちは頼もしい限りだ」
「あはは……味方であるうち、ですか。僕も悠太先輩を敵に回したくありませんから、よく分かります」
真門は、天乃宮家の分家、隈護家の長男であるが、魔導師ではない。
悠太のように呪力がないから、というわけではない。呪力だけを見れば、国家資格を持っていてもおかしくないほど多く、分家筆頭たる隈護家の長男の名に恥じぬもの。では、なぜ魔導師でないのか?
答えは単純で、魔導師になるための鍛錬をしていないから。
呪力がどれだけ多くとも、技術を持たねば魔導師たり得ない。
また、武術の類いも身に付けていないため、どこにでもいる一般人でしかないのだ。
「おや、真門くんに警戒されるとは。仲良くなったと思っていたのに、すこし悲しいぞ」
「からかわないでくださいよ。僕も先輩とは仲良くなったと思っていますが……しがらみがあるので。どうしようもない場合は、覚悟決めないとなぁ、と……」
「分かっている、冗談だ。いつか敵に回るとしても、回さない努力は続けている。まあ、それを抜きにしても、真門くんとは仲良くしようと思っているが」
呪力を持ちながらも、魔導の探求を放棄した真門。
呪力を保有せずとも、剣の極め剣聖へ至った悠太。
反するような生き方を選んだ二人であるが、互いに共感のようなものを覚えていた。
「二人とも、見回り、終わった」
「ありがとう、綾芽。次は三〇分後だから、それまで裏で休んでて」
「三〇分後、分かった」
とことこ、と奥の部屋へと消える。
幾人も別館から放逐したというのに、疲れた様子はまるでない。
「よくもまあ、躊躇なくマニュアルを実行できるな。俺もやろうと思えば出来るが、問答無用はやりたくないから、どうしても会話してしまうからな。一人当たりの時間がかかるし、そもそも無理やり引きずるほどの力もない。だから彼女にやらせるのは適確と言えば適確だが、ストレスもなくよくやれるものだ」
「綾芽はその辺の情緒がちょっと……でも、大分育ってるんですよ。魔導戦技部の皆さんが相手なら、問答無用は躊躇すると思いますから。まあ、クラスメイト程度だとやるんですけどね。魔導科の生徒って、アレな人が多いので」
「確かに、放り出されたのは魔導科のバカだな。普通の感性をしていれば、二回同じことを言ってる時点で話が通じないと気付くものだ。だから気にする必要はない」
「あはは、大丈夫です。常識的な部分を除けば、綾芽に乱暴なことをさせるのが心苦しいだけですから」
二人とも、放り出された生徒の心配はしていない。
自分からバカやった結果というのもあるが、綾芽が加減を間違えて怪我をさせるとは思っていないのだ。
「その点は俺も同感だな。天乃宮を使わないのは理解できるが、本来なら俺がやるべきことだろう。最適かは置いておくとして、それでも小隈さんに割り振ったんだ。ここに人が集まりすぎることが、今日起こる何かの不利になると考えて良いのか?」
小隈綾芽が普通の人間でないことは、朱い妖精の襲撃からも分かる。
神造兵器を膂力のみで退ける規格外の存在にマニュアルを渡し、マナーの悪い来場者を排除することに用いる理由が、それ以外に考えられなかった。
「詳しいことは何も。ただ、マニュアル通りに行動することを推奨されただけです。最終的に僕たちの利益になることは確かですが、どのような経緯で利益になるのかは……」
「未来が分かる連中というのは厄介だな。昨日、騒ぎに騒いだお姫様が良い例だ」
「初空のおひい様ですね。僕が言うのも何ですが、悪い子ではないんです。ただ、視えすぎてしまう弊害というか、先輩の言うところの敵に回さない努力よりも、敵に回さない状況を作ることを優先するきらいがあるというか」
「安心してくれ、その辺は分かっている。子供でいることを許されなかった子供、というのがアレだ。潔癖ではあり得ないと知り、潔癖では成せぬことに挑みながらも、心は潔癖を求めてしまう。その歪みと重圧を一身に背負いながらも、潰れること許されず、運の悪いことに潰れることもなく歩み続けてしまった高潔さ。十二天将に相応しいという他あるまい」
「べた褒めですね。もっと思うところがあると考えてましたが」
十二天将・天乙。
日本魔導界でもトップクラスの未来視であるが、能力以外は見た目通りの子供。
成美とも盛大にケンカをするように、お世辞にも口が良いとは言えず、他人との衝突も辞さない性格をしている。能力以外での評価は、高くないのが実情である。
「社会不適合という意味なら俺も大概だぞ。それに、腕前は別にするが、あの年頃で同じように振る舞えたかと言われれば否と答えるしかない。ならば相応の評価をに決まっているだろう。それ以外の点については、社会性を身に付ければ自然と身に付くか、周囲がフォローするから問題ない」
「視野の広さは相変わらずですね。とてもマネできません」
「広さという点では未来視にも星詠みにも勝てないよ。――話は変わるが、真門くんは文化祭のシフト、いつ決めたか覚えているかい?」
「……半月くらい前、でしたよね」
「そう。半月前から、別館に俺と天乃宮家の関係者が集まるように、シフトが組まれたんだ。提案をしたのは君だったね。当時は意味が見いだせなかったが、この状況を想定して、君に指示が出されていたとしたら? そう考えると、冗談でも勝てるとは言えないな」
半月前にシフトの要望を出した真門は、さっと目を逸らすのだった。
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