明日、どうするつもり
文化祭の初日は、大量の来客を捌くことで終わった。
これが最終日である明日なら打ち上げの提案がされただろうが、違うので即時解散となったのだった。
「……疲れた」
家に帰ると同時に、悠太はリビングの椅子に座り込む。
フレデリカも、悠太の正面の椅子に座り込んだ。
「仕事でもないのに、兄貴がグロッキーなのって珍しいわね。分かるけど……」
「大忙しでしたから仕方ないですよ。お姉ちゃんも珍しく頑張ってましたし。ちなみに、ご飯はどうするつもりです?」
「一度くらい、抜いても問題ないだろう……もし耐えられないなら、冷蔵庫の余りを食べれば良い。朝は作るからガマンしてくれ」
「なら、今日はわたしが作りますね」
悠太が返事をする前に、アイリーンはキッチンへと向かう。
スクラップも手伝うためについていく。
「……明日はさ、ずっと剣術部の方にいる予定なんだけど、変えようか? 今日と同じくらい人がきたら、大変だろうし」
「予定通りで良い。明日は真門くん達が入るからな。それに、剣術部はたこ焼き屋と舞台があるんだから、こっちよりも人手が足りないだろう」
天魔付属の魔導剣術部は、団体戦で全国大会に出場するほどの強豪だ。
強い部活があることは、入学希望者の増加や優秀な生徒を集めやすいといった、学校としてのメリットが大きい。ただ、強豪であり続けるには非常に難しい。
その一つが、部員を確保し続けること。
フレデリカのような大根役者をメインに据えた劇をするのも、その一環なのだ。
「劇の最中は確かに足りないけど、他の時間なら都合つくわよ?」
「一人二人増えたところで変わらん……が、よくよく考えたら、お前を舞台のメインに据えてる時点で人手不足が深刻じゃないか?」
「いくらなんでもヒドくない!? アイリにあれだけ言われたんだから、演技がヒドかったのは認めるけどさ、あくまでも殺陣優先だし」
「その殺陣もヒドいって言ってるんだよ。適度に手加減して、どうすれば見栄えがよくなるかを意識するのが殺陣だ。剣で食っていくなら必須だが、お前は魔導師だからな」
中伝を渡さない理由の一つがこれだ。
剣士にとって奥伝とは一つの上がりだ。これより上は皆伝などのように、流派の枠を超えた存在となる。悠太などはまさにこれで、己の流派を立ち上げることさえ許される。
ただ、奥伝以上となると数が少ない。
多くの剣士は初伝や中伝であり、中伝の位階を授けられたならば剣士として食べていけるだけの実力者と見られる。得手不得手はあれど、殺陣などの技術も修めていると思われるため、まるで出来ないとなると渡せないのだ。
むろん、例外もある。
武仙流の三剣のいずれかを習得すれば文句なしで渡すつもりであるが、他流派で奥伝を取るよりも難易度が高いが。
「なによ、剣聖の一番弟子が魔導師なのが気に食わないの?」
「いや、別に。剣士であれ魔導師であれ、お前が食っていけるようになるなら充分だ。なにせ、不器用すぎて誰からも匙投げられて、門外漢の子供に丸投げされたからな」
「おい、クソ兄貴。何年前のことだと思ってんのよ。人の黒歴史を掘り起こすのやめてくれない」
「忘れろというのは無理があるな。お前がイヤがるから面と向かっては言わないが、親戚連中が度々話題にしてるぞ。あんな不器用だった子が全国大会に出るなんて、とか。あの子の不器用はどのくらいマシになったのか、とか。酒が入る度に必ず話題になるな」
「あー、もう、デリカシー! てか、お父さんでしょう。話題に出してるの!」
「残念だが、主に叔母さんだぞ。やはり同じ魔導師として、娘の行き先が気になるのだろう」
ライカほどでないとはいえ、フレデリカの呪力も膨大だ。剣を通して呪力制御などを身に付けなければ、日常生活を送る上で大きな制限を受けていただろう。
控えめに言って落ちこぼれだった娘が、高校生の時点で国家資格である魔導三種を取ったのだ。同じ魔導師である母親からすれば、話題にするなと言う方が酷だろう。
「むぅー、お母さんか……迷惑かけてる自覚あるし、文句は……――あるわね! 誰だろうと黒歴史に触れるなんて許されないわ!」
「許されるかどうかは別にして、わたしへの態度は改めて欲しいですね。振り返ったら絶対に黒歴史になりますよ。少なくとも、わたしの中では黒歴史ですし」
「黒歴史って何がよ? 可愛い妹への愛情表現に何一つ恥じることなんてないわよ」
大皿料理を持ったアイリーンに対し、澄んだ瞳でのたまった。
アイリーンはもちろんのこと、悠太や、味噌汁やご飯を運ぶスクラップまでも、何言ってんだコイツ、と蔑むのだった。
「……ゴミがゴミなのはいつものこととして、ご飯にしましょう。簡単なものになりますが、マズくはないと思いますよ」
大皿に載っているのは、キャベツともやしに、魚肉ソーセージの炒め物。
それにワカメと豆腐のスタンダードな味噌汁に、冷蔵庫に常備されている白菜の漬け物。簡単なものと言うわりには、しっかりした夕食のメニューである。
「簡、単……? そりゃ、兄貴が作るよりは簡素だけど、わたしよりも上手くない? お姉ちゃんビックリなんですけど、いつの間に上手くなったのかな」
「いつの間にも何も、お母さんの手伝いをしてますし。むしろ、お姉ちゃんは相変わらずなんですか? お兄さんに頼り切りなんて言わないですよね?」
さっ、と顔を背ける。
姉の情けない姿に目の当たりにし、責めるように悠太へと顔を向ける。
「剣ばかりでなく、少しくらい花嫁修業をさせた方がいいんじゃないですか?」
「へたに料理させると命に関わるからな。本人がやりたいと言わない限りは手を貸さないようにしている」
「つまり、お姉ちゃんはやりたいと言ったことがない、と?」
「有り体に言えば」
アイリーンの目が細くなるが、何も言わずに箸を手に取った。
自身の評価が下落していると感じ取ったのか、フレデリカは話題を変えようと口を開く。
「明日、アイリは明日、どうするつもりなの? もし文化祭に行くなら、打ち上げに参加する? 歓迎されるわよ」
「しませんよ、参加なんて。目的だった願書や過去問も買えましたし、素人さんのお祭りですよ。当事者でないなら、一回参加すれば充分です」
冷めた考え方ではあるが、納得している自分もいる。
文化祭は学校をアピールすることも目的であるが、主役は生徒達なのだ。他校の文化祭など、志望する予定がないのであれば、友人がいなければ参加しない。
「じゃあ、何するの? わざわざ出てきたんだから、予定なしじゃないんでしょ?」
「サステナなど、環境問題に強い興味を示しているデパートへの営業です。SNSでは騒がれますが、自然が近い日本では害獣駆除が必須事項。駆除したならせめて有効活用しようというのは、高い付加価値をつけられます。品質も昔より上がっていますので、今ならば東京への出品も叶うはずです!」
「やっぱり、東京へってのが重要なの? 地元のデパートに出してたし、通販もやってるんでしょ。無理に出す必要はないと思うけど」
「当たり前です! 日本の首都というだけでなく、富裕層も多く集まっており、目の肥えた人の絶対数も多いんです。東京へ商品を出荷し、デパートで買えるというのは一種のブランドなんですから。ここで注目を集めれば、販路拡大からの事業拡大も夢じゃありません!」
拳を握り、熱く語る姿は、彼女が商魂たくましい経営者であることを思い出させる。
その姿は真実であり、語る意図も多分に含まれているのだろうが、悠太には違う面があると分かった。フレデリカには語っていない、朱い妖精に襲撃されたという情報。
文化祭に参加することで、再度襲撃を受ける危険性が高まるのか。
もしくは、天魔付属が巻き込まれる危険性を減らしているのか。
どちらにせよ、剣聖としての直感が、朱い妖精は間もなく動くと語りかけてくるのだった。
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