行動が愚かだから愚か者
悠太とアイリーン、二人がかりでフレデリカをなだめると、昼のピークとなっていた。
喫茶店や食堂は当然のように満席で、出店も同じく長い列ができている。とてもではないがまともな昼食など取れようもないのだが、彼らの手には大量の食料があった。
「助かりました、ライカ先輩。コレの相手をしている間に買い出しに行っていただき。まさかここまで長引くとは思わず」
「本当に申し訳ございません。愚かな姉であるとは知っていましたが、ここまでとは思わず。……いえ、言い訳ですね。愚か者はやるはずがないという愚行を犯すから愚か者なのですから。ほら、愚姉も謝って。額を地面にこすりつけながら、フレデリカのフーはフールのフーですって自虐しながら謝って」
「……誠に申し訳ございません。愚か者の謝罪に意味はないと思いますが、せめてこちらをお納めください」
愚か者のフレデリカは促されると、自身の財布を自主的に差し出しながら土下座を実行。
額を地面にこすりつけているので見えないが、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤に染まっている。
「まずは、お財布をしまおうう、ね……。私は気にしてないし、あくまでも自分のためが大きいから。だから立って。成美ちゃんも待ってるから、早く行こう、ね」
差し出された財布を手に取り、ポケットへと押し込む。
土下座をやめようとしないので、ライカが立たせようとするが抵抗。身体強化をしてまで最終的にはアイリーン、スクラップ、悠太も加わり四人がかりで立たせる。
真っ赤だった顔は元に戻っていたので、顔を赤くしていたことには気付かれなかった。
「お姉ちゃんは、どこまで恥をさらせば気が済むんですか? 人生なんて色々ですし、わたしもよく叫びたくなるので、別に駄々をこねるなとは言いませんよ。でも、TPOを考えてください。分かりますか、TPO。時と場合と場所、ですから覚えてください」
「いや、そのくらいは分かってるわよ? お姉ちゃん、こう見えて成績良いし」
「行動が愚かだから愚か者だって言ってるんですよ、愚姉。知ってても実戦できていないなら意味ないんですよ。粗大ゴミには理解できないかもしれませんが、ビジネスの世界は信用とメンツが非常に大切なんです。血の繋がった姉が度を超した愚か者だと知られたなら、どうなるか……恐ろしくて想像もしたくないんです。分かったなら賢い行動をしろ生ゴミ」
「……ご、ごめんなさい」
光が消えた瞳には深淵が宿っていた。
見られるだけで身が竦み、覗き込めば正気を削られるほどの深みを向けられ、フレデリカは目を逸らして謝る。
「ねえ、ゴミえちゃん、どこ見て謝ってるのかな? というか何に対して謝ってるのかな? 顔すら見ないって失礼だと思わないのかな? そんなんだからお姉ちゃんじゃなくてゴミえちゃんになっちゃうんだって気付かないのだとしたら身内として介錯をしてあげようか自分でできないならお腹を十字に斬るところからやってあげるよただ切れ味の良い日本刀じゃなくて錆びた包丁になるからとーっても時間がかかるけど自分で切腹もできないんじゃ武士の名折れだもんね仕方ないよねそれでどうするさすがにここじゃ各方面に迷惑がかかるから樹海に行くもしくはお兄さんの伝手で剣人会の建物でも使わせてもらういやそうだ思い出した鬼面さんの部下の人から連絡先をもらってたからそっちを使えば」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい! お姉ちゃんは感情的になって暴走しちゃって迷惑をかけました!」
「迷惑? 別にいいんだよわたしやお兄さんには。身内だもの多少の迷惑は家族愛のうちだけど違うよねわたしたちだけじゃなくて色々な人に迷惑をかけたよねさすがのわたしも大根役者に対しては言わないよアレは仕方ないというか配役ミスだものでもその後がダメどれだけ駄々こねて各方面に迷惑をかけたと思ってるの妹として本当に恥ずかしくて――……」
フレデリカの顔を挟んで掴んだアイリーンは至近距離で言葉を浴びせかける。
その光景は当然のように目立つが、異様な言葉責めに誰もが顔を背けるか足下へと注視して通り過ぎていく。
なお、別館へと向かう足に乱れも遅れはない。
「ほら、二人とも。そろそろ別館に着くからお説教は後にしろ」
「そうですね。お姉ちゃんが駄々こねたせいでお腹と背中がくっきそうですよ、まったく」
楽しみだなー、と鼻歌交じりに別館に入る。
瞳の中の深淵はなりを潜め、お昼の屋台グルメが楽しみだと輝いている。
「……アイリちゃんって、あんな子だったっけ? フーカちゃんには厳しいとは思ったけど、今のはちょっと……」
「色々とため込む子ですし、魔導師らしさを一番継いでいる子ですから。もしもの話になりますが、呪力が並の魔導師程度にあれば確実に魔導一種を取れます。幸か不幸かは分かりかねますが、個人的には少なくて良かったと思っていますよ」
「…………え? アイリちゃん、そこまで少なかったっけ? 制御がすごく緻密だから、外に出してないだけだと」
「少ないのに、下手な魔導師よりも腕が良いんです。ある意味で、フーの反対ですね」
研究を主としている最大の理由が呪力量だ。
アイリーンの呪力量は、悠太の一〇倍。数字だけ聞くと多いかもしれないが、悠太の呪力量は常人の一〇分の一。つまり、魔導資格を持たない一般人の平均値そのものが、アイリーンの呪力量だ。
デバイスや高度に発展した魔導術式があるため、呪力量の重要性は年々下がっている。ただ、呪力量が多いほど魔導師として大成しやすい、という基本原理は変わらない。目を覆いたくなるほどに不器用なフレデリカが、魔導三種という魔導師の国家資格を保有しているのも、一般的な魔導師の一〇〇倍という、莫大な呪力を保有しているから。
アイリーンが魔導師を志すとしたら、研究者になるのが限界で、技術者として活動するのは無理と断言できる。
もっとも、会社を興してビジネスをするのが性に合っているので、呪力があっても会社経営に精を出している可能性が非常に高いのだが。
「もしかして、南雲くんの家って魔導師としてスゴい家系、なの……?」
武仙というビックネームや、フレデリカの不器用さに隠れていたが、改めて考えると土地の管理者という違う側面が見えてくる。
土地を霊的に管理できるということは、魔導師として一流である証。
スクラップや剣人会の奥伝が暴れても土地の運営に支障が見られない、というのはただの一流では為し得ない。武仙が力を貸していたとしても、それに近い実力者であることは明白。
また、魔導師の優秀さとは一代では完成しない。
優秀な魔導師を生み出すには、何百年もの時間をかけて魔導に馴染む身体を遺伝子に刻み込む必要があり、その結果、魔導師の名家ができあがる。その最たる一例が、天文宗家と名高い天乃宮家である。
日本には、世間では知られていない名家が多く存在していると噂され、南雲家もその一つではないかと考えたのだ。
「俺の家は普通ですよ。優れているのはフーとアイリの方です。二人の祖母、ミレイユさんの母に当たる方が、それはもう優秀だったそうです。酒の席の話ですが、こっちに嫁ぐときに一悶着あり、師匠と姉弟子が嬉々として介入したとかしないとか」
「う、うん……それ以上は、今はいいかな。ちょっとカロリーが高そうで……んん?」
部室の前を前にして、強烈な違和感に襲われた。
なんと、列ができているのだ。悠太が出ていく前は閑古鳥が鳴いていたはずなのに、廊下にまで伸びる列が。
「あ、帰ってきた!? ちょっとパイセン! さっさと戻って筐体を追加して! 手が足りないって言うか、列が捌くないから!! 早く、ハリー!!」
結局、彼らがお昼にありつけたのは、昼時から二時間後になるのだった。
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