二〇点
「アイリ、観てくれたのねー!?」
「うわっぷ」
アイリーンの姿を見つけた瞬間、フレデリカは抱きついた。
抱きつかれたアイリーンはイヤそうに顔を押しのけるが、フレデリカは気にせずに抱き寄せようとする。妹が大好きだと身体で表現する姉の顔には、暗さなど微塵もない。
舞台の上で大ブーイングを浴びせられたというのに。
「で、で、お姉ちゃんの演技はどうだった? カッコよかったでしょう!」
「……二〇点」
「ん、んん? 二〇……点? それは、二〇点満点で?」
「もちろん、一〇〇点満点に決まってるでしょう? ダメ役者さん」
ガーンッ、とショックを受ける。
ただ、アイリーンを抱きしめる手の力はそのままだ。
「どういうこと、アイリ!? わたし、ちゃんと指示通りに演技したし、殺陣だって限界ギリギリまで頑張ったんだから!?」
「まず、演技そのものがダメダメ。最初の台本ありの部分、動きがぎこちなさ過ぎ。そのあとの自由パートだろう部分は、見所ありましたけど」
「そ、そうよね。だって皆、ガチでわたしを倒そうとしてきたし」
「一方的すぎるのはつまらないので。見てられたのは二分くらいで、その後は展開が同じでダレちゃいます。しかも、最後はなんです? 棒立ちで面食らうとか、演劇ナメてるんですか? 今回は殺陣で頑張ってたのでプラス点つけましたけど、本来だったらマイナス点ですよ。なので、オレンジジュースとチュロスの代金、返してください」
本来はマイナス点の評価に、ついに崩れ落ちるフレデリカ。
だが、よろよろと財布を取り出してアイリーンに渡しているので、正気は保っている。
「そこまで。フーを追い詰めるのは構わんが、飲み食いした分をたかるな。コレはただでさえ妹に弱いんだから、これ以上悪化させるな」
「いや、私も本当に差し出してくるとは。ウザかったので強めにガツンと言ったのは認めますけど、……ひくわー」
誰も受け取らない財布が、虚しく宙を彷徨う。
「……受け取らないの? 返せって言ったのに?」
「百歩譲って、千円札一枚出すくらいなら俺も見逃したが、財布丸ごとはないだろう。今月の小遣いとか全部入ってるんだろう、欲しい本とか菓子とか買えなくなるぞ」
南雲家では、生活費の類いは全て悠太が管理している。
生活費には家賃や食費、個々人の小遣いも含まれており、悠太から直接フレデリカへと手渡されている。
なお、悠太も剣聖として稼いでいるため、自身とフレデリカの学費を含めて面倒を見れるのだが「将来のために残しておきなさい」と両親から言われた上で、生活費を受け取っている。
「アイリに色々奢る以上にやりたいことなんてないから大丈夫よ!」
「大丈夫なわけないだろう、バカ弟子」
顔面を鷲掴みにして、無理やりに立たせる。
その際に財布も床に落ちたが、アイリーンが強制的にポケットに押し込んだ。
「お兄さん、お姉ちゃんの育て方を間違えたんじゃないですか? ヒドいのは最初っから分かってましたけど、昔はここまでではありませんでしたよ」
「俺の担当は剣と魔導までだ。昔よりヒドくなってるのは認めるが、誰が対象化は明白。なら、責められるべきはアイリの方じゃないか?」
「いえいえ、お兄さんの鍛錬が厳しすぎて頭のネジが飛んじゃったんですよ、きっと。だから厳しすぎるお兄さんの所為です」
「コレの不器用は極まっているからな。身体に叩き込んだ上で骨髄に刻みつけないと覚えないから厳しくなるのは仕方ない。俺としては、妹が素っ気なくてどうしよう、なんて鍛錬中にぼやいていたのが印象的だな。面倒くさいのは分かるが、邪険にしすぎた反動じゃないか?」
――どっちもどっちじゃないかな?
第三者として聞いていたライカはそう思うが、巻き込まれると悟って何も言わない。
強制的に立たされたフレデリカも、顔を鷲掴みにされたままなので何も言えなかった。
「……なんか不毛な気がしてきたな。バカ弟子に時間を割くのが」
「…………そうですね。ここは間を取って、親バカなお母さんが悪いことにしましょう」
第三者に押しつけるという結論が出たところで、フレデリカは解放された。
息苦しかったのか呼吸は荒く、痛かったのかこめかみを中心に手でほぐしている。
「そういえば、なんで兄貴がここにいるの? まだ交代の時間じゃないわよね……」
もしかしてサボった、と意外そうに問いかける。
空を斬ることに全てを人生を費やしているが、悠太は決まり事を極力守ろうとする。
本人の性質や、大学進学のために少しでも内申点を上げようという涙ぐましい努力という側面もあるが、一番は社会に溶け込むための擬態だ。
彼にとって社交性とは、剣聖という国家でさえ警戒する武力を仕舞うための鞘。
疎かにすれば自身が討伐対象になると理解するからこそ、悠太は常日頃から決まり事を守ろうとする。常日頃を疎かにした部分から、ボロが生じるのだ。
「物好きな変わり者がいて、今はそれが受付をしている」
「その物言い、まさか部外者だったりする?」
「立場もあって、後輩からの印象は最悪だな。どっちも我が強いというのもあるが……いや、この場合は後輩が大人げないのか? だが、魑魅魍魎を相手にしている経験を考えると……まあ、どっちもどっちか」
「ねえ、大丈夫? 下には生徒会室があるのよ。あまりにうるさいと香織が駆け込んでくると思うんだけど……」
「天乃宮が駆け込んでくれば、少しは賑やかになるだろうな。俺が受付しているときは閑古鳥が鳴いていた」
「仕方ないでしょ、隔離されてるんだし。一応、パンフにものっけてるけど、真ん中当たりで目立たないもの。弱小部の定めとはいえ、色々と勘ぐるわよね」
基本的に、別館に出し物はない。
魔導戦技部が例外的に出しているだけであり、これも部室が別館にあるからに他ならない。ただ、魔導戦技部が冷遇されているわけではない。仮想空間の構築という、機密の固まりを使用する関係上、仕方なくの処置だ。
研究成果の展示や、何かしらの出店の場合、本館などに配置されていたのは間違いないのだから、自業自得である。
「でも、人がいないならちょうど良いわ。どっかでご飯買って部室で食べましょう。去年は落ち着いて食べるところ探すの大変だったし」
学校側も、飲食ができる休憩スペースを用意している。
予め振り分けた教室や、食堂などがそれだが、残念ながら来客全てを収容するキャパはない。そこから溢れた者は、トレーをもったまま席が空くのを待ったり、敷地内の縁石に座ったりと様々だ。
それを考えれば、人の少ない別館に合法的に居を構えている魔導戦技部は恵まれているのだろう。……展示に人が集まらないという、根本的な問題から目を背ければ。
「落ち着いて食べれるのはいいけど、わたしは割とお腹が……お兄さんと回ってる間にちまちま摘まみましたから」
「そうなの!? お姉ちゃんを除け者にして、兄貴と楽しんでたの!?」
「除け者ではなく、劇の準備があっただけでしょう? 二〇点の大根役者にどんな準備が必要なのかは、まるで分かりませんが」
かはっ、とクリティカルが入る。
よろめきながらも悠太をにらみ付けるが、俺に何の関係がと首を傾げる。
「……ずるい。……ずるいずるいずるーい!!」
「何がだ?」
「兄貴だけアイリと文化祭回って楽しんでずるーい! わたしだってアイリと一緒に文化祭を楽しみたいもん! 一緒にご飯だべたいもん!! 夏休みにこっち戻ってからずっーっと、ずっっーーっっと、ガマンしてたんだもん!!」
子供返りしたような癇癪を起こされ、思わず目頭を押さえる。
このままでは校内を連れ回せないと、悠太とアイリーンは呆れながらフレデリカをなだめのであった。
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