大根やくしゃー
戦国時代にて、剣豪将軍と呼ばれた人物がいるのをご存じだろうか?
彼の人物の名は足利義輝。室町幕府の一三代将軍でありながら剣術に傾倒し、一之太刀という奥義を伝授されたとされている。
中々に濃いキャラをしている将軍ではあるが、非常にマイナーな人物だ。
むしろ、彼を殺した戦国の梟雄、松永久秀の方が有名であるが、彼自身も織田信長や豊臣秀吉、徳川家康といったメジャーな武将と比べればマイナーな部類に入ると言えば、剣豪将軍がいかにマイナーであるかが分かるというもの。
なぜ、そんなマイナーな剣豪将軍の話題を出したかと言えば、理由は単純。
魔導剣術部の劇が、彼の将軍をモチーフにした劇だからだ。
「……これは、劇に分類していいのでしょうか?」
アイリーンが困惑するのも無理はない。
劇の内容は、足利義輝の最後をモチーフにしている。
すなわち、松永久秀が率いる軍VS足利義輝(一人)という某無双ゲーのような構図で、延々と殺陣を演じているだけの内容だ。
「回答。部活紹介の観点においては、正しい内容かと」
「まあ、見た目だけは派手ですよね」
ただの一対多ではない。
魔導剣術のルール内で使用許可がある術式も容赦なく使用されているので、下手なハリウッド映画よりも迫力がある。ゲームで例えるのなら、無双ゲーに弾幕ゲーが加わったような、絶対にクリアさせる気ないだろうと叫ぶような状況だ。
そんな剣と魔導の嵐の中を、将軍役である一人の少女が暴れている。
「ただ、お姉ちゃんの技が地味すぎて飽きてきましたね。一足一刀とバレットだけでよくここまで圧倒できると感心しますが、興業としては失敗では?」
平均タイム三分。
過去一〇年において、剣豪将軍役が討ち取られるまでの時間だ。
出し物としては短いと感じるかもしれないが、訓練を積んでいても人は三対一になった時点で普通に負けるのだ。この三分のうち二分は見栄えを重視した打ち合わせありの殺陣。そこからプラスして一分も持っているのだから大したものと褒め称えるべきである。
それが普通だというのに、フレデリカを主役とした殺陣は一五分近く続いていた。
「失敗以前の問題として、あの無残なまでも不器用に殺陣をさせる方が間違っている。最初の二分ほどは動きがチクハグだったのは不慣れなことをさせたからだ」
「言われてみれば、最初はグダグダすぎてお通夜みたいに静まりかえってましたね。その後は動きが良くなって盛り上がりましたが、今は別の意味でお通夜みたいですが」
外に声が漏れないように簡易の遮音結界を張っているが、それがなければ小声でも目立つほどに静まりかえっていた。
大勢で囲っているのに、かすり傷一つ負わないフレデリカにドン引きしているのだ。
「フーは魔導戦技で対多戦を経験しているが、剣術部は一対一のみだからな。経験値の差が如実に表れているだけだ」
「だとしたら無慈悲な実力差ですね。まるでお姉ちゃんとお兄さんの鍛錬を見ているようです。――というか、よくよく考えたらお兄さんって何なんですか? お姉ちゃんは呪力って分かりやすい理由がありますけど、お兄さんは才能がないのに手も足も出ないって」
平均タイムが三分である理由の一つは、呪力がもたないことだ。
身体能力の向上はもちろん、心肺機能を強化して持久力を補助させるという使い方もあるため、呪力量イコール才能という構図ができている。また、術式そのものの効果や精度、省エネ性も過去とは比べものにならないほど向上しているため、呪力がなくなり術式の使用ができなくなった場合の戦力低下は目を覆うほど。
そのような環境において、術式を使用できないほど呪力が少ない悠太が剣聖と謳われているのは、控えめにって異常だったりする。
「そこは師匠の頭のおかしさが主な原因だな。武仙流は、剣を振っているだけで仙人になった師匠が創設した流派だぞ。人によって性質が違うから一概には言えないが、皆伝まで修めれば理論上誰でも仙人になれる流派が、普通なわけないだろう」
「じゃあ、お兄さんも将来は仙人になって寿命を克服するんですか?」
「ふと気になった時に師匠にも聞いたことはあるが、誰かに殺されて早死にするか、人として寿命を全うするかの二択だろう絶対にない、と言われている。俺の場合は、空を斬りたいだけだから、言われてみれば当然だが」
「寿命を延ばしてまで斬りたいわけではないと?」
「あくまでも努力目標だからな。間違いなく死ぬまで追求し続けるが、斬れないからといって自分を変えるつもりは一切ない」
命題をもつ魔導師と、求道思想である悠太の最大の違いはここにある。
魔導師にとって命題とは、どんな手段を用いてでも到達する絶対の目標。
対して悠太は、追求をし続けるが未達成でもそれはそれ。空を斬れようが斬れまいが、それ自体に自らを変えるほどの価値はない。
色即是空とは、そのような理なのだから。
「……そろそろ、終わりでそうですね」
「あれは松永久秀役の、剣術部の部長だな」
「強そうには、見えませんね? 体格も小さい方ですし」
「あくまでもまとめ役だから、強さだけで部長は務まらない。あと、彼の体格は平均的な部類だ。武道系は体格の大きさが才能に繋がるから、部内の平均値が高いだけだ」
「そうでしたか。……ところで、部長さんが出てきたらお姉ちゃんの動きが硬くなった気がするんですが、気のせいですよね?」
「間違いなく硬いな。ここで負けないと、と意気込んだ結果だろう」
部長の動きは平凡だった。
身体強化の術式を起動して、すり足で間合いを縮め、近付いたら一息に距離を詰めて、中段からの面を打つ。まるでお手本のように綺麗で、綺麗すぎて平凡な面。
ただ、基本に忠実というのは存外にやりにくい。
基本とは、まともにやれば崩しにくいという、普通にやる限りにおいては強いからだ。普通に強いからこそ基本であり、その基本を極めた先にあるのが、フレデリカの一足一刀。
彼女の技を見続けた観客達からは、彼の技はより凡庸に映っただろう。
そんな凡庸の面打ちは、見事にフレデリカの脳天を捉えることに成功したのだった。
「……えー、…………ええー、…………お姉ちゃん、さすがに棒立ちは……」
「言ってやるな。不器用なフーのことだ。少しでも動く余地を残していたら、反射的にカウンターを決めて劇の流れを台無しにしていた。ナレーションのアドリブに期待するという発想もないだろうから、アイツを足利義輝役に据えた時点でこの結末は決まっていたことだ」
「…………言われてみれば、確かに。アドリブに期待するほどの小器用さがあったら、そもそもあそこまでの無様を見せるはずもないですからね。……ああ、ブーイングがすごい。遮音結界で届かないのに、ブーイングしてるって分かるのはちょっと……」
観客の何人かは立ち上がって、何かを言っている。
いや、座っている観客の半数近くも、ヒドい顔で何かを叫んでいる。
おそらく「カネかえせー」だの「大根やくしゃー」だの「もうちょっと上手くやれー」だの「やる気がないのかー」だの、聞くに堪えない罵声だろう。
スクラップが、隣に座るライカの耳を塞いでいるので、もしかしたら予想以上の罵声かもしれないが。
「気は進みませんが、騒いでるうちに舞台裏に行きましょうか。体育館の裏側、でいいんすよね、確か」
「そうだな。念のために端の席に座っていて正解だったな」
ちなみにであるが。
劇など、体育館で行われる出し物は無料で観ることができるが、その周囲にはポップコーンやフランクフルト、ドリンクなど、劇のお供にちょうど良いフードメニューが展開されており、これらの売上は毎年上位に食い込むほど人気だったりする。
悠太達もオレンジジュースやチュロスを買っての観劇だったため、観客達と一緒になって「カネかえせー」と叫びたくなっていたのだった。
余談ですが、どこぞの最弱の剣聖さんが剣豪将軍役をやっていたなら、疲れ果てた末に討ち取られたという納得のエンディングになりましたが、彼は魔導剣術部ではないのと、雇用費が莫大なため、打診の上で実現しませんでした。
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