素人さんが拳銃片手に威嚇してる
呪力はとても不安定なエネルギーだ。
魔導とはその不安定さを活用して現実を歪め、通常の手段では考えられない過程を経て結果を生み出す技術、いわば裏技だ。
現代において魔導師は高給取りであり、魔導の才を持つことは歓迎される。
だが、物事には限度がある。
「あの、聞いてはいけないことかもしれませんが、ライカさんは保健室通学か何かを……いや、保健室でもクラスはあったはず? なら、えっと、どういう……」
科学万能、魔導全盛の時代において度を超した魔導の才能とは何か?
答えの一例こそ、牧野ライカだ。
「保健室ではないけど、似たようなモノかな。魔導戦技部の部室あるでしょ。あそこが私の教室で、私の隔離場所。……万が一に暴走しても、被害が最小限になるようにって」
平均的な魔導一種と比較して一〇倍の呪力を保有するフレデリカの、さらに一〇倍の呪力を持つライカ。生ける魔導災害に分類されかねない力の源泉こそ、
――精霊ヴォルケーノ。
魔導師であれば誰もが妬み羨む至上の力を、ライカは制御できなかった。
過去には何百人もの人を巻き込んで暴走しかけたことがあり、春頃にも一度、別館そのものを破壊しかけてもいる。
教育機関としてはありえない人権無視な対応をされるのも、仕方ないほどの爆弾。
それが牧野ライカという少女だ。
「疑問。夏期休暇中、本機が観測した範囲になりますが、暴走の兆候は確認されませんでした」
「それはね、魔導戦技をやり始めたから。南雲くんや成美ちゃん、フーカちゃんのアドバイスを受けてからは、だんだんと安定してきたんだ。その前は、感情が動くのに合わせて呪力も動いちゃって。でも三年生に上がる頃に、ようやくまともよりになってね。ギリギリだけど、部活動をやってもいいよって、許可も出たんだ」
ライカに呪力を制御する才能がないわけではない。
むしろ、天魔付属全体で見ても上位に存在するほどに、才能がある。これはライカが混血の妖精種であることに起因するもので、自身の呪力のみであれば魔導一種と比肩しうるほどの緻密な制御が可能となる。
問題となるのが――精霊ヴォルケーノ。
ライカは生まれつきの精霊憑きであり、一つの身体に二つの魂が同居しているようなもの。
もちろん、同居と言っても主はライカ。自我や感情はあるが、精霊としては未熟なヴォルケーノでは人体という複雑な器を動かすことも維持することもできない。それどころか、未熟すぎて自身の霊体を維持することも出来ない。
だからこそ、ライカとヴォルケーノは対等なのだ。
ヴォルケーノはライカに呪力を提供し、ライカはヴォルケーノの存在を保証する。
精霊憑き、召喚士としては極めてまっとうで、まっとうすぎるからこそ完璧な制御などできない。もし制御できるとしたら、両者の関係は隷属や服従と言った一方的なものとなる。
「呪力の制御に俺のアドバイスが関係したとは思えませんが? 魔導戦技における目標設定と、一戦ごとの評価くらいしかしてませんよ」
「確かに直接的ではないけど、南雲くんは普段の態度からね。ヴォルケーノを一個人として扱ってたのに、私はちゃんと向き合ってたのかなって思って。だから自分なりに向き合ったていったら、だんだんと言うことを聞いてくれるようになって、制御も楽にできるようになって」
折り合えさえつけば、ライカは大きく飛躍する。
呪力の制御自体は得意であり、ヴォルケーノの協力がない状態でも無尽蔵の呪力を部活動への参加を許可される程度に制御して見せたのだ。これは精霊憑きとしては邪道の部類であり、もしまともな精霊憑きが見たら「なんであんな苦行をしているの? もしかしてドM? それとも修行マニア?」と首を傾げるほどの難行。
そこまでした身に付けた呪力制御の技量は魔導一種に比肩するほど。
ここに精霊憑きとして正道な、精霊側からの制御が加われば、もはや鬼に金棒である。
「……なのに、勝てないんだよね。前よりも生き残れるようになったのに、必ず負けて」
ただし、現時点で強いかは話が別である。
「仕方ありませんよ。剣聖のネームバリューに釣られて本職が集まってるんですから。俺に好き好んで挑むような連中は、格上殺しができるように色々と備えています。それらから見れば、先輩は呪力が無駄に多いだけの、ちょっとだけ危険な人ですから」
魔導戦において、呪力量は重要な要素だ。
呪力が多ければ扱える術式が増え、継戦能力も高くなる。だが、それだけで勝負が決まるというのなら、呪力が一般人の一〇分の一ほどしかない悠太が剣聖と称されることもない。
「お姉ちゃんと桁違いなのに、ちょっとだけ、ですか? お兄さんの価値観は理解できませんね、やっぱり。――ちなみにですが、お兄さんから見たライカさんの危険度は、どのくらいなんですか? もちろん、先輩後輩とか抜きにして」
「純粋な戦力評価ということか? だったら、呪力が多いだけの民間人だ。具体例をあげるなら、素人さんが拳銃片手に威嚇してるレベルだな」
「…………なるほど。確かに、ちょっと危険ですね」
「呆然。理解は示しますが、精霊の呪力が拳銃程度の危険度というのは、判断基準が狂っています」
「そうか? 暴風雨のように暴走しているならまだしも、十全に制御されている状態だぞ。引き金を引かなければ暴力にはならない、という意味で会心の例えだと思うが」
ライカは、恥ずかしさでなく嬉しさで顔を赤くする。
武器を武器たらしめる基準とは、人を傷付けるかどうかではない。相手を傷付ける危険性と、正しく使えば担い手を傷付けない安全性を両立していることが、武器の条件だ。
例えば、ダイナマイトという爆弾がある。
鉱山での爆破掘削などで用いられる強力な爆弾は、一定の手続きを踏まねば爆発しない。手間ではあるが、この手間があるから安全に使用できる。
だが、ダイナマイトが出来る前。原料であるニトログリセリンは些細な衝撃で爆発するため、人身事故が多発した。この事故は現場だけでなく生産工場でも起こっており、このような危険物を武器として活用するかと言われれば、否としか言えない。
これまでのライカに対する評価とは、このニトログリセリンへの評価と似ていた。
それが今では、安全性が確立したダイナマイトへと格上げになっているのだ。
顔を赤く染めるのも無理はない。
「ライカさんで拳銃なら、スクラちゃんはどういう評価になるんでしょうか?」
「核爆弾か何かだな。爆発する前にケリを付ける必要がある」
「そこまで警戒するんですか? いえ、ライカさんより高いのは分かるんですが、素人さんの拳銃との差があまりにも大きいような……」
「基準は、自身の暴力性をどこまで活用できるか、だ。どれだけの力があっても、指向性がなければ恐れる必要はない。真に恐れるべきは、必要なとき、必要なところに、必要なだけ、力を集中させられる者だ。スクラップはそれができて、先輩は未熟。簡単だろう」
「むー、よく分かりませんね。言い方は悪いですが、私にはどちらも脅威にしか思えませんので」
アイリーンは納得できないが、ライカにはよく分かった。
魔導戦技で実感している、というのが大きいのかもしれない。
ライカは決して弱いわけではない。状況さえ整えることが出来れば、ほとんどの相手を呪力量で圧殺できるのだ。奇襲が決まれば、魔導一種や奥伝を相手に勝ち星を挙げたこともある。
だが、状況を整えることが難しい。
これが出来るか出来ないかが、力の指向性に当たるのだろうと。
「――そういえば、三人はこれから回るところ決まってるの? 私はフーカちゃんが出るから、魔導剣術部の劇を見に行くんだけど、一緒に行かない?」
勇気を出して誘ったのだろう。
幸いなことに、顔の赤さについてはそう解釈されるライカであった。
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