不毛な口論
「なるほどなるほどー。そちらの方がスクラさんを討伐しようとした初空霊視官さんで、成美さんは夏休みの旅行を台無しにされて文句を言っている、ということですね」
互いに譲れないはずの言い合いを、アイリーンはそうまとめた。
「旅行じゃなくて合宿で、台無しのウサ晴らしというよりはケジメとかそっちの問題というか、必要だから当然ですって顔が気に入らないたたたた」
「当然も何も必要だからやったのよ。そりゃ倫理的にとか心情的にとかの問題があるのは分かるから必要がないならやらないたたたたたた」
「報告。不毛な口論に発展する可能性が高いため、物理的に諫めました」
部室で正座を強制された二人の後頭部を、軽く握りしめるスクラップ。
性能的に頭蓋骨ごと脳髄を潰せる握力があるのだが、適度に痛みを与えるに止めていた。
「スクラさんは良い子ですね。それに比べてお二人は」
ダメな子供を見下ろしながらため息をつく。
悠太は口を挟む余地はないと、ポツンと一人受付に座っている。
「まず、成美さん。スクラさんの件はもう手打ちになっています。賠償金代わりに色々と融通を聞いてもらっていますので、蒸し返すのはだめです。こちらも剣人会に対して相応の損害を与えているので、それを口実に色々と弱い部分を突かれて大変ことになりますよ。頭が良いのですから、分かりますよね?」
「……ぁい、分かります。分かりますから、スクラちゃんに手を離すよう伝えて……」
スクラップは視線で「どうしますか?」と問いかけるが、アイリーンはそのままでの意を込めて見なかったことにした。
「次に、初空霊視官さん――長いですので、初空さん。後ろめたいことをして罪悪感があるのは理解できますが、思春期真っ盛りの未成年に当たるのはよくありません。あなたの方が年下かもしれませんが、社会経験のあるなしは大きいのです。社会人としての必要悪を語るのであれば、自分が年下であることを免罪符に悪びれてはいけません。分かりますね?」
「……わ、分かるけ痛い痛い! ちょっとホント痛いからやめさせてよ!? 初空の人間として不適切な振る舞いをしたのは反省したからホントにやめさせてえええええ!!」
スクラップは視線で「どうしますか?」と問いかけるが、アイリーンはそのままでの意を込めて見なかったことにした。
「まったく、もう。うちの姉――もといゴミも似たような所がありますが」
アイリーンの姉、南雲フレデリカをゴミ呼ばわりしたことを、誰も指摘しない。
二人は脚部の痺れと後頭部の痛みでそれどころではなく。
スクラップは特に疑問を感じず。
悠太は関わりたくないため。
誰も、指摘しなかった。
「感情的に振る舞っても良いことはあまりありません。友人間で楽しむのであれば良いかもしれませんが、ビジネスや政治が絡む場面では弱みになります。特にスクラさんの件は大規模な魔導災害に繋がったかもしれない案件です。ケンカだとか自己満足のために気軽に扱ってはいけないこと、分かってますか? うちのゴミであっても、その程度は弁えているはずです」
「……アイリ。感情的と言うのなら、二度もフーをゴミと呼ぶのはやめた方が良い。何があったかは予想が付くが、八つ当たりをしているようにしか思えないぞ?」
「むむぅ、……まぁ、……ささくれ立っていますね、確かに。すみません、お二方。感情的になってやりすぎました。スクラさん、離してあげてください。それでこっちに」
「了承」
適度な強さで握っていた手を開き、すたすたとアイリーンの隣に立つ。
二人は後頭部を押さえながら、足を崩して楽な姿勢を、
「正座はそのままですよ。それとこれとは話が別です」
崩すことが出来なかった。
アイリから逃げられないことを悟った二人は、残された命綱にすがりつく。
「パイセン!」
「閣下!」
「……はぁ、アイリ。ここでの説教は迷惑だ。サーバーを置いてる奥の部屋で、防音結界を張ってからやれ」
「そうでした。魔導戦技部はここで出し物中でしたね-。迷惑をかけてはいけませんので、スクラさん。お二人を奥の部屋に運んでください」
「了承。行動を実行します」
二人を脇に抱えて、アイリーンの後を追う。
無視できない体格差があるはずなのに、危なげはまるでない。
(さすがは神造兵器といったところか。あれと同型が、少なくとも二人)
事実として、朱い妖精を退けた。
街に被害を出したが、人的被害ゼロというのは望外の成果だ。
この記録を見たものであれば、さすがは剣聖と褒め称えるところだが、悠太は楽観していない。朱い妖精は自発的に退いただけであり、悠太という存在を恐れてもいない。予想外の小石に躓いて驚いた程度だ。
次の機会があったとしても、朱い妖精は悠太をすでに認識している。
奇襲のようなマネはもう通じない。
「質問。悩み事があるのでしょうか?」
「あるにはあるが、アイリの側にいなくても良いのか?」
「回答。本機の結界が破られない限り、アイリーンの安全は保証されています。――推測。悩み事は、本機に関わることではないでしょうか?」
軽い驚きを覚える。
神造兵器だけあって、スクラップの思考は軍事に偏っていた。鈍いとまでは言わないが、会話もせずに悩みの内容を当てるほど鋭くもない。
胸の内で成長を素直に称賛を送りながらも、なぜ当てられたのかに思考を巡らせる。
「……朱い妖精はどんな被害を出した」
「回答。人的、物的共に被害はゼロです。同型機および朱い妖精の攻撃は本機が全て防ぎました」
「全て……あれをか?」
「回答不能。あれ、に対する情報が不足しています」
「歯車の絨毯爆撃だ。他にもあったら情報提供をしてほしい」
「肯定。同型機は基本武装による攻撃のみであったため、本機でも対処可能でした。朱い妖精は本機および同型機に対する正規の制御コードを使用しましたが、スクラップである本機には通じず混乱。また、武仙が近付いたため退却を選択。以上が朱い妖精の行動になります」
「とびきり古い化け物だからな、さすがに師匠も動くか。……正規の制御コードとやらは、どんな形状をしているんだ? それを取り上げれば神造兵器は動かないのだろう」
「回答。制御コードは神代の魔導術式のため、視認は不可能です。本機と創造神との繋がりを断った剣であれば通じる可能性はありますが、認識と同時に精神が汚染される可能性が極めて高いと警告します」
あー、と気の抜けた声がこぼれ落ちる。
空を斬るという一点で極まっている悠太の精神は頑強で、化け物程度の存在では揺るがすことはできない。だが、スクラップは神造兵器。性能はともかくとして、存在の格は化け物を遙かに超える例外。
神との繋がりを理解するだけで発狂寸前の負荷がかかっており、制御キーを理解した場合、悠太が悠太でいる保証はゼロに等しい。
「予想はしていたが、厄介極まりないな。朱い妖精だけなら面と向かって対峙すれば届くだろうが、神造兵器が相手じゃ役者不足が過ぎる」
「謝罪。有益な情報提供が出来ませんでした」
「謝罪は必要ない。本来であれば、朱い妖精が正規の手段で神造兵器を動かしていることすら知らなかったんだ。それに、その話を俺にするために、危険を冒してまで来てくれたんだろう? むしろ俺が感謝しなければいけない。――ありがとう、スクラップ。おかげで助かった」
アイリーンは、文化祭と同時に行われている進路相談に参加するために上京した。
最初は護衛としてついてきたのだと考えたが、朱い妖精に狙われているなら話は別だ。武仙の加護がない東京では、また襲撃を受ける可能性が無視できない。
「…………受領。お役に立てたのであればなによりです」
スクラップは表情を変えない。
だが、悠太の目にはスクラップの中に歓喜が湧き上がっているように観えたのだった。
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