売り言葉に買い言葉
「……納得いきません」
魔導戦技部の部室で、紀ノ咲成美は不満を口にする。
「設定に不満があっても今からでは無理だぞ」
「そっちは満足してます。時間とか技術とか容量とかで制約はありましたが、最初に考えてたよりも良い物になったんで大満足です」
「なら、何が不満なんだ? 俺の目が死んでるだ何だとかなら慣れろ」
「パイセンの目はそのままでいいです。生き生きすると逆にアレなんで。あたしが言ってるのは妖精ですよ! あの時の赤いやつ!!」
赤いやつとは、朱い妖精のことだろう。
神造兵器を複数操る化け物と遭遇後は、出会ったことが夢幻であるかのような平穏が続いていた。
「一方的に襲ってきて、そのまんま放置とかあたし達を舐めてるとしか思えないんですけど! どういう神経してるんですかね!?」
「格上相手に好戦的になってどうする。向こうが勝手に隙を作ってくれるんだから、舐めてくれる方が良いに決まってるだろう」
「分かってますよ、そんなことは。魔導戦技じゃ舐めてもらうために演技するんで……まあ、勝てないんですけどね!!」
「最近の魔導戦技はプロが入っているからな。俺も最後まで生き残らないから、後輩が生き残れなくても仕方ないだろう」
「……フーカ先輩は達成しましたけどね」
プロでないのはフレデリカも同じ。
経験は成美よりも上であるが、課題の難易度も高かった。
壁を越えたフレデリカと、超えられない自分。その差について考えてしまう。
「せめて文化祭までにはって思って頑張りましたけど……」
「今日がその文化祭当日だ。悔しい気持ちは分かるが切り替えろ」
二人がいるのは別館にある魔導戦技部の部室。
階下には生徒会室があるものの、メインである本館からは遠く客足も遠い。
文化祭が始まって一時間経過したが、客は誰一人いないのだ。
「少しくらいグチったっていいじゃないですか。――いや、そもそも魔導戦技部の部室があるからって、辺境に押し込めるとかどういうつもりですかね!? 実質隔離ですよ!」
「仕方ないだろう、実績も人数もいないんだから」
文化祭の一等地は、実績のある部活が優先される。
実績が乏しい部活はエンジョイ勢であることが多く、統率力がなく、見栄えのする展示を出すことが出来ないのだ。
「実績ならパイセンが出してるでしょうが。奥伝や魔導一種をなで切りにして、出れば総合一位を独占するのが実績でないなら何が実績かと」
「大会に出場して良い成績をだしたり、コンクールに出品して良い賞をもらったりだな。あと、それが実績だとしても部活じゃなくて剣聖に対する実績にカウントすべきだ。フーはギリギリ実績にカウントして良いだろうが、魔導三種を持ってるからな。学生の部活と言い張るのはちょっと苦しい」
「んな正論を聞きたくありません!!」
そもそも論として、魔導戦技を高校生の部活と言い張るのは無理がある。
参加するだけで一〇〇万単位の経費が発生し、参加するのは魔導資格持ちのプロか、資格間近のセミプロ。悠太が参加する回に限って言えば、超一流ばかりが集まる地獄と化す。
内申点を良くする要素にはなるだろうが、部活としては適正でないのが実情だ。
「ヒマなことが不満なら、遊びに行っても構わないぞ。本館周りを一通り見回った後じゃないと来ないだろう」
「結構です。ここでサボったら何のためのシフトなんですか。予定だって組み立ててるんですから、どれだけヒマでもやり通しますよ」
「シフトったって、ジャンケンで決めただけだろう」
「方法が何であれ、正々堂々の勝負の結果です。緊急事態でもないのに破るつもりはありませんからね」
どれだけ喧しく騒いでも、約束事をきちんと守ろうとするのは成美の美点だ。
破る意義を感じないので結果的に守っている悠太とは違う。
「というかですね、進んで一人になろうとするのは」
「――待て、人だ。おそらく客だ」
ピタリと黙り、耳を澄ませる。
かすかにであるが、階段を上がる軽い足音が近付いてくる。
「喋ってたのに良く聞こえましたね」
「部室の下に鬼がいるからな。何が起こっても良いように気を張っている」
考えるまでもなく、鬼とは天乃宮香織のことだ。
鬼の呪詛によって混血の鬼へと変貌した、呪詛のエキスパート。魔導一種と天乃宮姓を名乗る故に暴走の危険はないに等しいが、敵に回れば悠太とて殺されかねない本物の魔導師。
ありえないと分かりながらも、互いが互いを警戒する。
悠太と香織とは、そんな間柄である。
「やっと……、見つけたわ……」
ドアを開けたのは、つばの広い帽子を被った小柄な少女だ。
息切れをしながらも、声変わり前の高い声音で、ハッキリと怒りを露わにする。
「なんでこんな変なところにいるのよ、閣下! おかげで探し回っちゃったじゃないの!!」
「何だ、俺のクラスにでも行ったのか? 今年は部活最優先だから、向こうの手伝いは基本的にしないぞ。ご自慢の目でも視えなかったのか?」
「あんた、分かってて言ってんでしょ。性格がねじ曲がってんじゃないの!? あたしの目はそんな便利なものじゃないのよバカ!!」
天乃宮家に並ぶ、未来視の大家。初空家の未来視。
十二天将が一人、天乙その人である。
「視えないなら視えないのを前提に調べればいいだけだ。下には天乃宮もいるし、借りを作りたくないなら別の伝手もあるだろう。なぜ使わない」
指で真下を指す。
その先にいる香織の顔を思い出したのか、少女はしかめっ面を疲労する。
「……無理して来たのよ。ただでさえ迷惑かけてんのに、うちの人間を使えるわけないでしょうが」
「派閥争いか何かか? 名家は大変だな」
「普段ならともかく、今は一枚岩よ。少なくとも建前上は」
「それは一枚岩とは言わないぞ」
「そこはいいの! でも、天魔付属の文化祭に来たのはあたしのワガママだから、それで人を使えるわけないって言ってるのよ!!」
耳に触るほどの高い声。
子供の癇癪に受け答えする姿に、成美はつまらなそうに頬を膨らませる。
「……パイセンの趣味に口出す気はないですけど、ロリはダメですって。剣聖なら許されるかもしれませんけど、遊びたいなら夜のお店に行く方が良いと思いますよ」
膨れたまま、思ってもないことを口にしてしまう。
悠太は気にする様子はないが、少女は真っ赤になって震える。
「……だ、だ――誰がロリよ! てか、遊びとか夜のお店とか、あたしがそういうんだって言いたいの!?」
ノドがかすれるほどの大声で、地団駄を踏む少女。
頬は真っ赤に染まり、怒りから涙がにじむ様に、成美は焦った。
「そ、そんなつもりないわ。というか、パイセンに言っただけで、あなたには言ってないというか……」
「あたし達三人しかいないなら、あたしとコイツに言ってるってことでしょうが!!」
「うぅ、うー……ごめんなさい」
「謝って済む問題じゃないわよ! 慰謝料よ! 慰謝料をよこしなさい!!」
売り言葉に買い言葉。
本気で言っていないことは悠太にも理解できたが、外がザワつく。
廊下へ顔を出し、空の目で俯瞰すると、隠れている護衛を感知する。悠太は身振り手振りで気にするなと意思表示すると、護衛も理解したと首を振る気配を向ける。
大事にはならないと安堵するも、二人はさらに感情的になって言い合っている。
(天乃宮にも聞こえてるだろうし、許容量を超えるのもマズいな。……ここは、力業で穏便に治めるしかないか)
周りの見えなくなった二人を放置して、悠太は展示物の準備を始める。
天乃宮家のサポートを受けて完成させた仮想空間アスレチックに二人を放り込んで、外に迷惑をかけないで鬱憤を発散させる腹づもりだった。
悠太は手始めに黙らせるべく、二人の顔を鷲掴みするのだった。
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