ちゃんと懲りろ
取り調べから解放された悠太が、警察署から出てくる。
他のメンバーはとっくに解放され、悠太が先に帰るよう促したので全員が帰宅済み。
歩いて帰れるため関係はないが、終電もすでに発車した後である。
「遅かったじゃないの。待ちくたびれたわ」
夜もすっかり深まったというのに、悠太達を待つ人影があった。
「天乃宮か、歩きか?」
「車の免許はまだ取れないもの。おかげで警察官からは変な目で見られたわ」
「大事件に剣聖が関わったんだから、取り調べが長くなるのも仕方ないだろう。あと、真門くんが遅くなったことについては、そっちの当主に言ってくれ」
「……そうね。肉体言語で文句を言っとくわ」
天魔付属の生徒会長、天乃宮香織。
呪詛のエキスパートとして魔導一種を取得した彼女は、その呪詛故に鬼種の混血へと変貌している。人間種として例外的な怪力を発揮する綾芽を別にすれば、悠太が知る限りで最もフィジカルに優れた怪物だ。
その彼女に肉体言語でも文句を言われることとなった天乃宮家当主に対して、悠太は軽い道場を覚えた。
「ところで、米俵のように脇で抱えている小隈さんが、妙に煤けているというかボロッとしているように見えるんだが、肉体言語で文句を言った結果か?」
「まさか。私が綾芽にそんなことするわけないじゃない」
カラカラと軽妙な声で笑う。
同時に、怒気を含んだ呪力が呪詛となって揺らめく。
「これは純粋に折檻した結果よ。性懲りもなく二万キロオーバーのエルビス・サンドイッチを夜食にしたド阿呆に対する」
思わず半眼になった。
想像以上にくだらない理由だったからだ。
「お腹空いたから、仕方ない。真門も香織もいなかったから、自分で作るしかない」
「あんたらの後始末にかり出されたんだから当然でしょうが。別に夜食は怒らないけど、エルピス・サンドイッチを作るんじゃないわよ。先週言ったばかりよね? なのに同じことをするって、私のことをなめてるのよね? 違うとは言わせないわよ?」
「痛い。内臓が出そう」
抱えたまま、ギリギリと締め上げる。
言葉の通りに痛がってはいるが、死にそうではない。
綾芽の頑強さに呆れるべきか、頑強な綾芽を痛がらせる香織の怪力に心胆を寒がらせるべきか、悠太は反応に迷った。
「香織ちゃん、ここ外だからその辺にしない? あんまり過激なことすると、警察の人がお仕事しなきゃいけなくなるし……」
「それもそうね。この程度で根を上げるなら、私も躾に苦労しないもの。帰ったら改めて折檻するから覚悟しときなさい」
「……真門、助けて」
「ごめん、綾芽。ファミレスで注意してすぐにエルピス・サンドイッチ作るような子を助けることはできない。というか、今回ばかりはちゃんと折檻されるべき。ちゃんと懲りろ」
「…………でも、頑張った後だったし。妖精と人形を追い払うのは、さすがにカロリー使うから、補給しないと」
「ええ、それは褒めてあげる。いい仕事したわ。でも――あんたは食わなくても死なないし、死ぬまで弱体化しない永久機関でしょうが。ちょうどいい言い訳ができたからハメ外したことに対して怒ってるのよ、私は」
触れたら凍り付きそうな呪詛が綾芽に降りかかる。
もはや魔導災害認定される域に達しているが、警察はおろか監視網にも反応はない。
完璧に呪詛を制御し、外に漏らしていないことを意味しており、香織が魔導一種を保有するに相応しい魔導師である証拠でもある。
「天乃宮、念のために聞きたいんだが、朱い妖精は外から感知できたのか?」
「私個人がってことになるけど、まったく出来なかったわ。警察や魔導省はもちろん、ここを根城にしてる竜の古種も同じく。真門くんの報告と照らし合わせての話になるけど、結界にヒビが入ってようやく、ってところよ」
「化け物もピンキリだが、そこまでか」
天乃宮家当主の言葉で探すことができないが、それがなくとも難しいだろう隠蔽力。
力を使ってこれなのだから、隠れ潜む朱い妖精を見つけ出すなど、意図せぬ偶然に頼るほかないのかもしれない。
「……ところで、竜の古種というのはアレか? 四月頃にお前等が手を出した」
「ええ、アレよ。正真正銘、本物の純血の竜。古種として見れば若い部類だけど、竜種は純血の時点で規格外だし、大戦だって生き抜いた化け物の中の化け物よ。魔導師としても超一流だから、本当にふざけた個体よね」
「そんな存在でも、今回は動かないわけか。天乃宮家当主の要請で」
「ああ、聞きたいのはそれ? なら教えるけど、正当防衛以外じゃ絶対に動かないわよ。本家の魔導師である私を含めてね」
天乃宮本家の魔導師。
魔導世界において、その意味は重い。
天乃宮家では、生まれながらに天乃宮の姓を名乗る者は一人もいない。
その姓を名乗る条件は、天乃宮姓を名乗るに値する魔導師であること。この条件さえ満たせば、例え天乃宮の血を引いていなくとも、天乃宮本家の魔導師になることができる。条件については公表されていないが、魔導一種を取れる程度では満たせないことは確かである。
「もっとも動かしやすいはずの天乃宮も例外なく、か。当たり前の話だが、よっぽど赤い破滅を回避したいというわけか」
「回避じゃなくて、まっとうに乗り越えたいのよ。誰かが言っているとは思うけど、世界の敵ってただ排除するだけじゃダメなのよ。世界の敵に堕ちた理念を知り、その理念に沿って攻略をしない限り、碌な死に方をしないわ。だから誰も彼もが慎重になるのよ」
「うぬぼれるような発言はしたくないが、まさか俺に委ねられているのか?」
「初空の未来視に選ばれたのならそうなんじゃない? 私は未来視でも星詠みでもないから知らないけど」
薄々ながら気付いていたが、想像以上の厄ネタであった。
空を斬ることに繋がるのならと受け入れた自分に対してため息をつくが、後悔はない。例え厄ネタであると知っていても、空を斬ることに繋がるのであれば躊躇なく了承するからだ。
自身の業の深さがイヤになったとしても、否定するのならとうの昔に剣を置いている。
結局の所、空を斬ることに全てを捧げたロクデナシなのだ。
「世界の敵を相手にした経験はあるのか?」
参考になるとは思えないが、念のために情報収集をしようと試みる。
即座に否定されると思って身構えるが、香織は呼吸一つ分固まる。続いて綾芽と真門に視線を合わせ、呼吸三つ分考える。
「…………世界の敵ではないけど、私の呪詛も似た部類ね。すでに滅んだ大江山の鬼共の怨念を、長い時間をかけて鎮めてるの」
「混血の鬼になるほどの呪詛となると相当だな。しかし、大江鬼か。師匠も直接やりあったことがあると抜かしていたが……」
「事実でしょうね。武仙の記録は平安時代にはすでにあるし。もっとも、武仙と呼ばれるほどに極まってなかったでしょうけど、その辺は弟子のあなたが詳しいんじゃない」
「一応は。絶刀の理には至っていたそうだが、呼吸するようにはいかなかったらしい。単純に比較はできないが、今の俺くらいじゃないか?」
「ふーん、だとしたら記録に残ってる程度なのも当然ね。純血の鬼種と年がら年中殺し合いしていたんなら、中伝レベルでもガン決まりでしょうし」
戦場において、死兵ほど恐ろしい者はないない。
人を殺すというのは簡単なようで、実は難しい。手足を斬れば普通は止まるし、ショック死や出血死をする。だが、死兵としての覚悟と適性があるのなら、手足を斬られても相打ち上等で武器を振るう。
首か心臓を破壊しない限り止まらない武人など、悪夢でしかない。
「武仙の過去話は興味あるけど、もう遅いし帰るわ。こいつを折檻する時間もあるし」
「……香織、わたし、眠い」
「私も眠いわ。布団に入ったら寝過ごしそうなくらいに」
「じゃあ、寝た方が良いと思う」
「寝過ごすのがイヤだから、徹夜で折檻してあげるわ。遅刻するわけにはいかないし」
あまりにも理不尽な結論に、衝撃を受ける綾芽であった。
「……では、悠太先輩。僕もこれで」
「天乃宮の折檻音はうるさそうだが、真門くんは寝た方がいいぞ」
「心配してくれてありがとうございます。でも、慣れてるので大丈夫です」
ハイライトの消えた瞳で、真門はそう答えたのだった。
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