フリーターが天職
天文宗家、天乃宮家。
現在は宇宙工学や魔導天文学に力を入れているが、最も有名な星詠みでもある。
未来を確定させる初空の未来視とは別系統の、未来を予知する能力を保有する。
「この香り、ドリップ式ですね。インスタントだと思っていたので意外です」
「俺の持ち込みだ。ストレスの溜まる職場だからな、コーヒーくらいまともなのを飲みたいんだよ」
「内海さんのように図太い人間がストレスを溜めるとは、随分と過酷な職場ですね。官公省庁からのスカウトは数多いですが、俺に宮仕えは無理そうです」
「黙れ悠坊。お前はバイトするだけで食っていけるんだから、宮仕えなんて考える必要ないんだよ。適当にでも剣人会に在籍して、仕事のパイプを維持するのが仕事だド阿呆」
剣聖という存在を最も評価しているのは、剣人会だ。
例えば奥伝相手に一時間指導をするだけで、何十万もの報酬が手に入る。
剣聖向けの仕事であれば数百万、千万単位も珍しくない。
「フリーターが天職というのはさすがにヒドい。真門くんもそう思わないか?」
「剣聖自体が個人事業主ですし、生きるために剣を振ってない以上、生活の糧を得る仕事は副業になるんじゃないでしょうか?」
「仕事が副業なら、本業はなんだと?」
「剣の探求そのものでしょうね。宮仕えしたら多分、好き勝手に剣を振る時間なんて取れるはずもないでしょうし、そんな生活、悠太先輩は耐えられないですよね?」
「……なるほど、道理だ。……しかし、自分がロクデナシの類いであったと気付かなかったとは……自分の未熟がイヤになる」
成績が悪いことにコンプレックスを抱いていたが、自身の社会人適性が壊滅的であると指摘されるのは堪えたらしい。
あからさまに、どんよりと気が沈んでいる。
「おいおい、今更過ぎるだろうが。お前の師匠と姉弟子を見てみろ。片方は山で酒飲んで剣振ってる引きこもり。もう片方は硝煙臭い悪所を好き好む遊び人。どっちもまっとうな社会人とは言えねえだろう? そんでお前も同類なんだから、なぁ」
「……反論したいのに、できない」
客観視しかできない自分の目に強い憎悪を覚える。
「さて、と。悠坊で遊ぶのはここまでにして、星詠みからの伝言ってのはなんだ?」
「悠太先輩に対するものなので、回復するまで待ってもらえますか? というか、ここまで追い詰める必要ないと思いますが」
「こいつは基本的に何言っても堪えねえからな。弱ってるときがある時は積極的に追い詰めるようにしてるんだよ。少しは叩いとかねえと、人間性ってのが育たねえからな」
「鬱憤を晴らす目的もありますよね?」
「当たり前だろう。野生の化け物が道路を耕したんだぞ。通行止めだの現場検証だのはまだしも、魔導省だの自衛隊だのとの折衝だ何だ、面倒なことが多すぎてやってられるか!!」
純血の妖精種など、そのままでも生きた災害である。
今回はさらに二体もの神造兵器を引き連れていたのだから、もはや戦争と同義だ。
おまけに天乃宮家と剣聖という特大の爆弾が関わったとなれば、上から下への大騒ぎになるのも当然だ。
「…………今回に関してだが、俺に非はないからな。むしろ怪獣映画的な展開を回避するのを尽力したからな」
「分かってるよ、お前は最善を尽くした。死者どころか軽傷者一人いないんだ。現場も上もさすがは剣聖だと褒め称えていたぞ」
「権威を守れたのは何よりだが、これが原因で無茶振りをされても困るな」
剣聖の仕事の一つに、化け物退治がある。
最弱かつ未成年であるため悠太に振られることは少ないが、一度対峙しているのであれば話は別。剣聖と化け物では、ほぼ確実に剣聖が格下となる。
格上殺しに必要となるのは情報であり、直接対峙したという一次情報を剣聖が握っているのであれば、その剣聖に仕事が来るのは当然の流れだ。
「その件であればご安心を。朱い妖精に関して、積極的に動く勢力はありません。あったとしても――天乃宮が潰しますので」
日本魔導界における三大派閥の一つ、企業閥。
天乃宮家そのものとも言える派閥の力を使えば、朱い妖精のスタンスを決定することも可能となる。
「事実ならありがたいが、疑問だな。天乃宮自身の手でケリを付けたい、という意味だと思うが、そこまでする価値があの妖精にはあるのか?」
「いいえ。天乃宮を含めて動くことはない、という意味です。あの妖精には、積極的に討伐する価値も意味もありませんよ」
疑問がますます深まる。
自分の手でケリを付けないのであれば、動かさない意味がない。
神出鬼没の妖精を捉えるのは難しく、天乃宮が働きかけずとも討伐に動く可能性は低いからだ。それでも動かないように働きかけるのであれば――動かないことが重要、という意味にしかならない。
「俺に対して、天乃宮当主からの伝言があると言ったな? もしや、朱い妖精に報復するな、という内容か?」
「大まかには。正確には、何があっても好きにさせろ。でも先輩にちょっかいをかけたら好きにしていい。ということです」
「殺すことでなく、探すことを禁じたい、と」
目を閉じて思考を巡らせる。
天乃宮当主がわざわざ釘を刺すことの意味を見逃さないように。
直近の記憶を俯瞰して、一つの結論を出した。
「……まさかとは思うが、世界の敵に関係していると?」
「僕も詳しいことは分かりませんが、あの妖精を野放しにすることで最終的な被害が減るんだそうです。回避はどうやっても無理ですから、次善策というヤツですね」
「天乃宮の星詠みでも、回避は無理なのか」
「残念ですが、強度で言えばあちらの方が上です。天乃宮の星詠みが、望む未来に行くための選択肢を知ることだとすれば、あちらは選択肢そのものを削ります。さすがに、ここまで削られることは何度もありませんが」
未来視と星詠みでは種類が違うと、初空の少女は語った。
真門が語ることは、言葉は違うが同じ内容であった。
「内海刑事があるのに聞かせても良かったのか?」
「知られたところで未来は変わりませんよ。この件で大きな影響力を持っているのは、悠太先輩を含めて数名しかいないので」
「数名か。あの朱い妖精、初空の未来視、天乃宮の星詠みは確定としたら、なるほど。俺に釘を刺すのも当然か」
もしくは、天乃宮家が各勢力に釘を刺したことで、数名にまで絞られたか。
どちらにせよ、天乃宮の星詠みは事後処理を含めた顛末を描いていると確信した。
「……残念ですが、初空は悠太先輩を舞台に上げた時点で役目を終えています」
「その言い方だと、天乃宮家は体勢を動かせる位置にいるということか」
「イエスでありノーです。ルート自体はほぼ固まっているようなので、微調整をしている段階だそうですよ。……本当は、回避ができるのならしたいようですが」
未来の確定は、未来視の中で最も強い。
初空が見たという赤い破滅は、首都圏を中心に展開される。
日本の影響力は最盛期と比べて落ちているが、経済規模だけでも世界最上位の一つ。
その国と首都が崩壊したとなれば、世界秩序にどれほどのダメージを与えるか、分かったものではない。これは天乃宮のみならず、世界情勢を多少なりとも理解していれば想像することが容易い未来。
だというのに誰も彼も、天乃宮の星詠みでさえ、被害を少なくする方策しか打てないのだ。
「確認だが、正当防衛はしていいんだな?」
「はい、それはもう。先輩の前に出てくるのは確定事項だそうなので、鬱憤はその時にぶつけてください。……ぶつけていいので、僕には何もしないでくださいね? ただのメッセンジャーなので」
「正当防衛ができるなら、それでいい。……斬り殺せる保証はないが」
再戦が確定したことを面倒に思いながら、冷めてしまったコーヒーを持ち上げるのだった。
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